センシティブな隣人の声
いざ向かおうとすると足がすくんでしまうのはやはりコミュ障という名の所以だろうか。
無事にタオルギフトも手に入れた。シャワーを浴びて髭も剃った。そこそこ小綺麗な格好も、していると思う。そして今は玄関前だ。右手にはタオルギフト、左手は玄関の取っ手。あとは回して家から出るだけ。なのに、それができない。本当に自分という人間が嫌になる。もう、明日でもいいんじゃないかと思ってしまう。
今までもそうだった。
友達と喧嘩したとき、後々冷静になってみると自分が悪いんだと気付く。気付いたらもうだめだ。数少ない友達だ。こんな俺でも友達でいてくれるんだ、謝って、仲直りしないと。でもできない。足がすくむ。怖い。人に会うのが。例え、それが友達でも。
でも、もうそれも終わりにしなくては。社会に出たらそうも言ってられないんだ。いけ、柚季。今こそ男になるんだ。
意を決して扉を開ける。すぐさまに、ドンッと鈍い音がした。何かに、当たった?
今度はゆっくりと扉を開ける。そこには、あの大型ショッピングセンターの案内板で衝突した女の子が、そこにいた。
「いったぁ、どこに目つけてんのよ!なんで一日に二回もぶつからないといけないのよ!ほんとむかつく!!!」
人違いかな?
俺の知ってるあの子はこんな口調ではなかった。あれだ、きっと双子とか年子の姉妹とかなんだ。うん、きっとそう。
「あ!あんた、さっきお店で私にぶつかってきたやつじゃないの!なに!?なんか私に恨みでもあんの!?」
人違いじゃなかった。紛れもなく、あの子だった。なに?この短時間で精神でも入れ替えられた?
「す、すみません、まさか人がいるとは思わなくて」
「謝って済むとでも思ってるの!?ほんとコミュ障うざい!!」
こわぁ。
「ほんと気をつけなさいよね!」
そう言いながら、彼女は憤る気持ちを微塵も隠さず、ドカドカと大きな足音を立てながら隣の部屋に入っていった。隣の、部屋に。
「えええっぇぇっぇえっぇええっぇ!!!!!!」
「なによ!うるさいわね!静かに!!!」
扉の奥に消えたかと思った彼女がまた扉から顔を出してそう叫ぶ。俺はわっと手を口で抑えながらコクコクとうなずいた。ふんっと言いながら扉を力いっぱいバタンと閉める。俺はその場に座り込んだ。お隣さんへの挨拶難易度、爆上がりしたんですけど。
何分そうしていたか分からないがようやく立ち上がった俺はすごすごと部屋に戻った。よし、このタオルは自分で使おう!あんなのと関わりたくない!悪いの俺だけど!
夕食を済ませ、夏休みの残り日数を数えながら憂鬱な気分になっていると、隣からまた声が聞こえてきた。以前まではベランダに出て耳を澄ませないと聞こえなかったのに今日は壁越しでも聞こえる。よほど大きな声を出しているのだろうか。ちなみにだが、彼女と反対の部屋は空き部屋とのことだったので声がするのは彼女側だと断言できる。
俺は、いつものように何食わぬ顔をしてベランダに出る。さっきよりも聞こえる声が大きくなる。
「ああぁっ、だめです、そんなの!ひどすぎます!」
卑猥な声が聞こえたのは気のせいだろうか。
「い、いたいっ!その技は反則です!」
なんの技なんだろう。はやる気持ちを抑えながら耳を立てる。
「そんなのすぐ壊れちゃうっ!」
股間も抑えながらさらに聞き耳を立てる。今の俺はクリティカルの目を出している。
「だめ!まだイかないで!はやいっ!」
もうだめみたいです。
俺はこの数日続いた強風により、もはや引っかかってる状態でしかその位置を固定できていない仕切り板をそっと外し、身を乗り出す形で室内を覗こうとする。誰かに見られているという意識?うるせぇ、今はこの目の前の光景を目に焼き付けるのが何より大事なんだ!!!
カーテンの隙間から見えたのは、PC画面だった。そこには昨今、人気を博しているFPSのゲーム画面が表示されていた。あっ、ゲームか。
「だからいくのはまだ早いって言いましたのに」
敵陣に詰めるのが早かったってこと、か。全部ゲームの話、か。ゲーム内チャットをしながら友達と遊んでるだけって、ことか。
あーはいはい知ってましたよ、と心から残念に思いながら仕切り板を戻し、自室へ。もう惑わされないようにヘッドフォンを装着し、聞こえないようにする。ついでに何か動画でも見るか。
俺は小鳥遊ミユが引退してから一度も開いていなかった動画サイトを開く。
もうvtuberは見たくはなかったが、以前見ていたおかげでおすすめ欄にはvtuber関連の動画がずらっと並んでいる。悲しいかな、また俺は生放送とタグつけられていたvtuberの動画をクリックしてしまっていた。
『また同じ過ちを繰り返すのか』
『いいじゃない、女を忘れるためにはまた別の女が必要なのよ』
俺の中の天使と悪魔が口論している。うるさいな、ちょっとどっか行ってろ。
画面に表示されるは、2DCGの可愛らしいキャラクター。ゲーム配信のようだ。さっき見たお隣さんがプレイしてたのと同じゲームだ。偶然というものもあるものだな。
キャラクターはお上品な口調でひどくセンシティブな言葉を繰り返している。おっと、また股間が。
というところで一つ違和感があった。ヘッドフォンを外してみる。わずかだが、隣の部屋からはまだ声が聞こえる。動画サイトをPCではなくスマートフォンで開く。同じ生放送の動画を開き、ベランダへ音を立てないように出る。そこで、隣室から漏れる声と、動画の声を聴き比べてみる。
多少のラグはあるものの、うん、同じだ。
隣の女の子、vtuberだ!!!!!!!!!