春宮愛の場合②ー1
PCの電源を落とし、ベッドに体を落とす。
「はぁー、疲れた」
天井をぼんやりと眺めながら音楽を聴く。スマホから流れてきたその曲はこう歌った。
『伝えたかったこと、伝わったのかな。』
あの件があってから私は事あるごとにそのバンドの曲を聴くようになった。これは『you were here』という曲の一節だ。今はその歌詞が身に染みる。本当にそうだよね。伝わっているのかな。君の昨日と明日に、私もいたい。
ベランダに立つのが好きだった。風を浴びながら行き交う人の姿を見るのが好きだった。隣室との仕切り板は取り外されてプライベート感は一切、無くなってしまったがそれでもその趣味を辞めることができなかった。あの人たち一人一人にもそれぞれの人生があるんだよなぁと想像するのが好きだった。
隣室の窓が開く音がする。隣人の彼がマグカップ片手にベランダに入ってきた。飲み会の時も思ったが、気の利く人だなほんとに。それを受け取り、ココアを一口飲むと体が温かくなるのが分かり、気を許してしまったのか、先日あったことを彼に相談した。そしたら彼も自分の身の上話をし始めた。そうだ、この人にもこの人の人生があるんだ、最初は冷たくしちゃってごめんね。私は心の中で詫びた。
話はなぜか、告白へと変わった。なにそれ結局、君も他の人と同じなんだね。そんなに私のことを知らないはずなのに君も中身じゃなくて外面で決めるんだね。もう分かった。じゃあ君はもういい。その告白にもいつもと同じようにそっけなく対応した。初めて男友達というのができるって思ったのに。すぐに付き合おうとするなんて。やっぱり男は嫌だ。
翌日、ひょんなことから昼食を共にすることになった。まぁいいか。さっさと食べてすぐに離れよう。あまり食べるのは早い方ではなかったが、彼らが会話をしている間に食べ終えることができた。早く脱出しないと。席を離れた時に後ろ手で彼が東千夏と一緒にクリスマスを過ごすと聞いた。え、なにそれ。君は私のことが好きなんじゃなかったの。女の子なら誰でもいいのね。見損なったわ。
それからはもやもやして何事にも意欲をもつことができなかった。もう、なんで私がこんなに悩まなきゃいけないの。いつもならこんなことないのに。そんな時に、街角であるバンドの曲を聞いた。楽器店の店頭で流れていたミュージックビデオを食い入るように見る。好きな声だ。耳にもスッと入ってくる。このバンド、好きかも。
家に帰ってそのバンドを検索する。曲一覧にはなんと、彼が言っていたラフメイカーという名前があった。すごい偶然もあるものだ。さっそくその曲を再生する。曲の迫力と歌詞に圧倒される。鉄パイプで窓を割る方法以外、思いつかなかったのかと少し笑った。そうか、ラフメイカー。直訳で『笑顔を作る者』私も笑顔にされてしまった。そうか、彼はこれになりたいのか。それも、私の。
彼の力量を試す、というわけではないけど少しだけ彼に興味を持った私は彼に気持ちを告げた。友達になろう。君のラフメイカー、私に見せてよ。鉄パイプを持ってきて。私の心の窓を割りに来て。楽しみに、待ってるから。
年明け。冬休みをいいことに大好きな睡眠を貪っていた私はピンポンという呼び鈴で飛び起きた。時計を見るとお昼になりそうな時間だった。無視して二度寝を決め込もうかと悩んでいると外から、
「春宮さーん」
という声が聞こえた。これは千夏ちゃんか。あの飲み会以降、ちょくちょくと仲良くさせてもらっているが、人の睡眠を邪魔するとは何事だ。文句を言ってやろう。そうやって玄関を開けたら彼も一緒にいるものだからひどく驚いた。ふと、自分の姿に気付く。やばい、こんな姿は男性には見せられない。悪態をついてその場から離れる。というか、なんで一緒にいんのよ。スキーとかなんとか言ってたし。どういうことなの。
そのあと、千夏ちゃんの部屋に行って事の詳細を聞いた。スキー合宿を行うそうだ。でも確かにこの冬はどこにも行っていない。彼も行くなら私も行こうかな。
現地に着くと、まず雪の多さに驚いた。東北とはいえまだ関東に近い方だと思う。なのにこの雪の多さはなんなんだ。シャトルバスが来るはずだが、まだその姿はない。目の前では千夏ちゃんが彼にしきりに雪玉を投げている。雪玉なんて最後に作ったのは何年前だっただろう。私もそれを真似て彼に雪玉をぶつける。慌てふためく彼の姿が非常に面白かった。
バスで居場所を無くしていた彼を席に誘導する。ちょっとした罪滅ぼしの気持ちもあった。でも、なんかちょっと離れすぎじゃない?もしかして避けられてる?
スキー場でレンタルしたウェアに着替える。あまり色の種類は無かったが、その中でもお気に入りの色を選べた気がする。試着室を出ると、彼がすでに待っていてくれた。承認欲求に近いものがあるが、いつもとは違う姿を褒めてもらいたくて彼に感想を求めたが、特に何も無く少し悔しかった。
それから少し動画で勉強をして、いざゲレンデへ。スノーボードの扱いはすごく難しく全然自分の思うようにいかなかった。止まることもできず、突っ立っていた彼に勢いよくぶつかる。うわぁ、ごめんなさい、やっちゃった。他の二人を見やると、遠くの方でキャーキャー騒いでいたのでこれを機に、と思い切って彼に再度感想を聞く。かわいいって言ってくれた。そうなの、私はかわいいの。いつも聞くその言葉が、今日はなぜだか無性に嬉しかった。
ホテルに戻ってみんなで夕食を摂った。いや、やはり米所。米が美味しいのなんのって。これは太って帰ってしまうかもしれない。あ、でもスノボしたからプラマイゼロだな。むしろマイナスか。ふと彼を見ると米を頬張りながらニコニコしていた。一緒だった。
彼ともう少しお話がしたくてお風呂に入るように促した。私も頃合いを見計らってお風呂に行こう。
露天風呂で少し熱めの湯に浸かっていると、男湯の方でも誰か入ってきたことが物音で分かった。最初は足音のみだったが、誰もいないことが分かると鼻歌も追加された。あまり上手ではないその鼻歌は彼のものだと分かった。それに少し笑った。彼は知らずの内にラフメイカーとなっていた。もう才能だよそれ。
それから少し話をした。急に『月が綺麗ですね』って言われてびっくりした。それ告白だよちゃんと分かってる?とりあえず誤魔化した。慌てる姿が面白かったからもう少し続けたかったけど、あんまり意地悪するのもね。
露天風呂からあがって、もう一度シャワーを浴びた後、また内湯にじっくり浸かった。サウナにも入った。せっかく安くないお金を使って来てるんだから楽しまないとね。
部屋に戻ったら大の字で千夏ちゃんが寝ていた。すごいなこの子は。胸元もはだけているし、下着も丸見えだ。誰に見られるわけでもないけど、千夏ちゃんの尊厳のために隠しておこう。雫ちゃんはいなかった。私とすれ違いでお風呂に行ったのかな。
喉が渇いたので冷蔵庫を開ける。何も無い。千夏ちゃんが起きた時用に水も買っておきたい。それに私の体は今すごくコーヒー牛乳を欲している。エントランスに売っている自販機があったはずだ。そこまで行くか。
エントランスはすでに照明が落とされ、真っ暗だった。しかし、自販機の光で二人の人影があることが分かった。まぁどこかの宿泊客だろう。気にも留めずに自販機へ小銭を入れる。その二人から声が聞こえてくる。あの声は彼と、雫ちゃんか?雫ちゃんの声はあまり聞いたことがないけど、あれは雫ちゃんだ。二人で何をやっているんだ?呼び止めようとしたけれど、なぜそれを止めようと思ったのか今の私には分からなかった。彼が誰と過ごそうか勝手じゃないか。私は部屋に戻った。
帰りの新幹線で、眠る二人を置いて彼の車両に行ってみた。もやもやしているものをはっきりとさせたかったからだ。すると、彼もまた眠っていた。その寝顔が少し可愛くて起こすのも忍びなくて私は隣に座った。しばらくすると、彼が起きたので昨夜のことについて聞いてみたらはぐらかされた。そうなんだ、私には言えないことなんだね。分かったよ。もう聞かない。




