暗い海に光る星
「いやー、食べた食べた」
「美味しかったねぇ!」
俺たちは食事を終えて店を出た。描写はほぼ焼き鳥のみだったが、どれもこれも料理はすべて美味しかった。後に知った話だが、あの店は個人営業のそれで料理長は以前、都内で三ツ星のレストランを経営していたらしい。ほんまもんのシェフやないかい。
「じゃあ、帰ろっか!」
酒で良い気分になった春宮がそう言う。まだ一緒にいたいと思った俺はアルコールの力を借りて春宮に提案した。
「ちょっと酔い覚ましに行かない?」
「どこに?」
「まぁちょっと歩こうよ」
「まぁいいけど」
少しだけ訝し気だったが、それでも春宮はついてきてくれた。
以前にも言った通り、俺は夜の散歩が好きだ。何度も通っているあの公園は東にも紹介してしまったし、もしかしたら一人になれないときがくるかもしれない。それを懸念してずっと、別の公園を散歩がてら探していた。今日はこっち方面を攻めてみようかなと地図アプリをスクロールしているとある場所を見つけた。実際に向かってみると、そこは写真で見るよりも美しく年中灯っているライトアップはさらにそれに磨きをかけていた。わざわざ遠方から来る人もいるようでまばらながらも人は絶えることはなかった。カップルばかりでいたたまれない気持ちになり、すぐさま帰宅したのは言うまでもない。
徒歩で10分程だろうか。俺たちは目的の公園に到着した。
「海だー!!!!」
春宮はその公園の奥に見える海に向かって走り出した。やはりアルコールが入っているせいか、少しテンションがおかしい。
塀に手を置き、暗い海を「わーっ」と言いながら眺める春宮の背中に近付く。
「ここ来たことあった?」
「んーん、あることは知ってたけど来たことはなかった!」
「そっか、よかった」
「あっはっは!なんも見えねー!!!」
酔っぱらいは海を見ながらはしゃぐ。
「あ!あれ!なんだっけ!ジャックポット!?」
「テトラポッドな。それコインたくさん出るやつ」
「てとらぽっどかー!浮いてて楽しいのかな!?」
「浮いてる?テトラポッドは足元にあるやつだよ」
「あしもと?」
「しかもたぶんだけど、航路標識のことをテトラポッドって言ってる?」
「こうろひょうしき?」
「そう、あの光りながら浮いてるやつのことでしょ?」
「なに言ってるかわかんねー!!!」
あっはっはと笑い転げる春宮。めんどくさいな酔っぱらい。
その海を隔てる塀は手前側で一段高くなっていた。塀に腕を乗せるためには一段登ることになる。もちろん春宮もそうやって一段登ったわけだが、笑いすぎて平衡感覚を失ったのだろう。一歩後ずさった足は一段下の地面を掴み損ねてよろけてしまった。
「あぶなっ」
それを見て咄嗟に春宮の肩を掴んだ。足は持ってはいないが、俗に言うお姫様抱っこのような形だ。必然、顔と顔の距離は縮む。
スノボ旅行の時よりも顔が近付く。
「あ、ありがと」
「う、うん」
「え、えっと、あの」
その体勢を知ってみるみる春宮の顔が赤くなる。
「う、うわぁ!ごめん!」
春宮がちゃんと立ったことを確認してからその場を離れる。普段の俺からは想像できないほどの速さだ。擬音で言うならシュバっとでもつくことだろう。
「え、えへへ、危なかった」
「き、気をつけてね」
「うん、ありがと」
春宮は塀から離れて歩き出す。
「ねぇねぇ」
「ん?」
「なんでここに連れてきてくれたの?」
いつか東から同じ言葉を聞いた気がする。
「酔い覚ましって言うのは建前でしょ」
んふふ、と不敵な笑みを浮かべながら春宮は続ける。
「私と一緒に来たかったんでしょ」
図星だった。でもそれを認めるのはなんだか悔しくて精一杯の虚勢を張る。
「そ、そんなことないし」
「ふふ、かわいっ」
春宮は目を逸らした俺を見て笑った。
「ここ、来たことないって言ったけどほんとは来たことあるんだ。一人だったけど。周りはカップルばっかりで全然楽しくなかった」
ライトが春宮を後ろから照らす。
「でも今日は楽しい!お酒が入ってるってこともあるけど、君と一緒だからかな」
照らされた春宮は輪郭をぼかしていく。
「また一緒に来ようね!」
そう言って笑う春宮は、どのライトよりも儚げで美しかった。




