スカーレットに花束を
東と別れて俺は家へと帰ってきていた。
あの涙の訳は、いくら考えても分からなかった。俺がその理由じゃなければいいんだが。
腹が減ったので夕飯の準備をしよう。
男の一人暮らしで炊事など全くしないだろうと思う人もいる。しかしどっこい、それは間違いだ。こちとら貧乏学生。飯に使える金などたかが知れている。炊事をした方がなんだかんだ金が浮くのだ。ご飯の量はどれだけあったっけ。量によってはおかずの種類が決まる。茶碗一杯程度ならもう丼にしてその上に乗る程度のおかずでいいや。二杯以上の量があるならばワンプレートおかずでもいいかもしれない。多量に作りすぎたら明日も食べれるし。
炊飯器を開ける。窯がない。空っぽだ。
はて、とシンクを見る。そこには水につけられた窯が悲しそうにこちらを見ていた。なるほど。確かに今日は米ではなくパンの気分だった。近くの大手ハンバーガーショップにでも行こう。別に窯を洗ってまた米を研いで炊飯器にセットして一時間待つのが嫌なわけではない。ほんとに。どうしてもパンが食べたくなってしまっただけなのだ。こればかりは仕方のないことなのだ。
でも今家を出て東と鉢合わせしたらどうしよう。さっきのことがあった手前、気まずいことこの上ないぞ。あ、そうじゃん、今日の俺はチョコがあるじゃん。腹が膨れるほどではないだろうが、それを今日の夕飯と洒落こもう。登山の時は必ずといっていいぐらい貴重な食べ物らしいぞ。エネルギーは十分にとれるはずだ。
そうしてテーブルの前に座り、リュックを開けた時に窓ガラスがトントンと鳴った。カーテンはすでに閉め切っているのでその正体はここからじゃ分からない。東の訪問で慣れているとはいっても急に窓ガラスが叩かれればひどく驚くこと間違いなしだ。それに、さっきの今で東が来ることはありえない。カーテンの奥を凝視しながらどうしようかと悩む。ここで勢いよくカーテンを開けた日には、そこに誰かいた時が怖すぎる。霊感は皆無と言っていいほど無いが、もし誰かいたらもうこの家には住めないかもしれない。
もう一度、トントンと音が鳴った。もう、うるさいな。分かったよ、開ければいいんだろ開ければ。誰が出てきても驚いてやるものか。どうせ誰もいないなんてオチだろ。知ってる知ってる。
意を決して俺は窓へ歩み寄った。そして深呼吸を一度挟み、勢いよくカーテンを開けた。しかし、案の定、そこには誰もいなかった。ほらもう誰もいないじゃーん!!!今日は風も強いし、なにか風で飛ばされたものが都合よく窓に当たってただけなんだ。連続して音が鳴る理由は分からないが、何かが当たってたんだ。そうそう、『幽霊の正体見たり、枯れ尾花』って言葉があるぐらいだ。何かの勘違いだったんだろう。はっはっは。笑止。
今度はピンポンと呼び鈴が鳴った。うおうぅ!と飛び跳ねるぐらいに驚いた。こんな少しビビっている時に呼び鈴はやめてほしい。怖すぎるから。玄関扉の覗き穴から相手を見ようと思ったが、ふとあるホラー映画のワンシーンが頭に浮かぶ。覗き穴を覗こうとした登場人物がそこから千枚通しのようなもので目を突かれるというものだ。スッと玄関扉から遠ざかる。いや、怖い。どうしよう。見るものすべてが怖すぎる。
もう一度、ピンポンと呼び鈴が鳴る。俺はもう覗き穴を覗くことはできず、玄関に座り込んでしまった。早くいなくなってくれ。心からそう願った。すると、扉の奥から、
「あれ、帰ってきてると思ったのになー」
と声が聞こえた。正体が分かって心の底から安堵する。
足音が部屋の前からいなくなる。それを確認してから勢いよく扉を開けた。
「ご、ごめん!お待たせ!」
春宮は自身の部屋の前で、「お、いたいた」と顔を綻ばせた。たたっとこちらに歩み寄り、
「はい、チョコ」
と手に持っていた箱を差し出してきた。
「あ、ありがとう」
「チョコ、誰かから貰ってるかもと思ってショコラケーキにしてみたんだ。おんなじのばっかりだと飽きちゃうもんね」
悪戯っぽい顔で春宮が微笑む。
「それじゃね」
春宮はそう言って自分の部屋へ向かう。
春宮の優しさに感動しながら手の中のそれの重さを感じてると、俺の口が意思と反して開いた。
「あ、ゆ、夕飯食べた?よかったらご飯でもいかない?」
きょとんとした顔で春宮は止まった。




