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東千夏の場合②

思えば、この人生でこんなに人を好きになったことはなかったのではないか。


最近はそんなことばかり考えてしまう。彼との思い出のこの公園で星をこんなにも近くで感じながら私はぼーっとするのが好きだ。ここにいればまた彼が来てくれるのではないかと期待をしたりもしたが、特にそんなこともなく私は一人だった。まぁ会いたくなったら部屋に行けば会えるんだけどね。


思い返すのは彼との思い出。


クリスマス。私のキャラ的に勇気を振り絞って、というのが似合わないと思ったから軽く彼を誘ってみた。すでに予定がないことは彼の友達に聞いて確認済み。少し誤魔化されたけど、半ば強引な形で彼と一緒に過ごせることが決まった。嬉しい。何を着ていこう。


当日は予定の時間よりも早く準備を始めたはずだったのに気付くとすでに予定の時間の十分前となっていた。走ればまだ間に合う。私は無我夢中に走った。待ち合わせの場所に着く間に心臓は鼓動を速めていった。もちろん走ったからではない。まぁそれも多少は要因としてあるだろうけど、ちゃんと待ち合わせをして会うのはこれが初めてだ。緊張するに決まっている。


息を切らして待ち合わせ場所に着く。彼はすでに到着していて、私を待ってくれていた。その顔を見た瞬間に好きだなぁと思った。彼を見るたびにその気持ちが加速していく。もう、止められない。


「お、おまたせしました」


私の言葉に彼は「うん」と手を挙げる。けっこう待たせてしまったのだろうか。その手が少し震えているのが分かって、手を握る。


「こうすると、あったかいですよね」


我ながらちょっと臭かったと思う。女の子は少女漫画のシーンを再現したくなる生き物だ。これで一つ夢が叶ったとも言える。


私は事前に練っておいたプラン通りに歩を進める。彼に紹介したいお店があった。そこは以前、家族とお祝い事がある度に利用していたフレンチのお店だ。いつからか行かなくなってしまったが、その理由についてもいつか彼へ言わなくてはいけないかもしれない。好きな人に隠し事はしたくないから。幻滅されるかな、驚かれるかな、でもまだ、今はその時ではない。将来的に私を選んでくれたら、その時に言おう。


食事は以前と変わらずとても美味しかった。お店の老夫婦は私のことを覚えてくれていたようだったが、特に介入することもなく『お店』と『客』の境界線を保ってくれていたようだった。その気遣いがとても有難くて涙が出そうになる。そう、今じゃないの。


次は展望台だ。前に話した時に展望台は行ったことがないと言っていたからプランに入れた。でも私の思いとは裏腹に人がたくさんいた。これじゃあ、入れないじゃない。しまったぁ、今日は私のパーフェクトガールの部分を見せるつもりだったのにぃ。そうして後悔していると彼から誘いがあった。行きたい所?え!?もしかしてホテルとか!?やめてよ、私は付き合う前にそんなことはしない女なの。まぁでも勝負下着はしっかり着けてはきているけど!


彼についていったら、そこはなんの変哲もない普通の公園だった。でもどことなく素朴で彼らしいなと思った。さっき歩いた商店街がイルミネーションも相まってすごく綺麗だ。彼にとっても特別な場所らしく、どうしてここに連れてきてくれたのかと尋ねたら、なんてことないただの彼の優しさゆえだった。少しだけ彼の特別になれた気がして本当に特別な日になった。


最近、雫ちゃんが彼にちょっかいを出しているらしい。今まで自分から人と関わりにいくなんてしないような子だったのに一体なにがあったんだろう。聞くところによればたまに一緒にゲームもしていたらしい。私はゲームのことはあまり知らないからそこに割って入ることはできないけれど、少し妬ける。


そんな雫ちゃんがこれまた珍しいことを言い出した。スキーをしたいというのだ。あんなにインドアでゲームばかりしていた雫ちゃんがなぜまたそんなことを。理由を聞く前に彼を誘おうと提案されたからやっぱり二人して何かあるんだと思ったけど、彼本人は全く知らないそぶりをしていた。彼のことだから嘘はつけないと思うし、嘘もすぐにばれるし、じゃあこれはどういう策略なの?彼と、春宮さんも誘うことにした。春宮さんとの直接対決だ。私の方が魅力的だって分からせちゃうんだから!


お酒をたらふく飲んでしまった。二十歳になったこともあり、私は自分のお酒の強さを把握していなかった。すぐに酔っぱらってしまい、すぐに気持ち悪くなった。それを春宮さんが介抱してくれた。優しい。天使か?雫ちゃんは一人でどこかに行っているらしい。ほんとにあの子は変わったなぁ。


良いことだとは思ったけど少し寂しくもあった。あんなに千夏ちゃん千夏ちゃんと言いながら後ろをついてきてくれていたのに。しみじみ。私はお酒で痛くなった頭でそんなことを考えていた。


「私、藤宮さんにチョコを渡そうと思ってるの」


旅行から帰ってきてすぐに雫ちゃんからそんな相談をされた。あぁ、友チョコってやつでしょ?いいんじゃない?と適当に返事をしたら怒られた。え、本命なの?なんで?


聞いたら雫ちゃんも彼に惹かれてるんだって。なんでなの?その気持ちは分かるけど、私の気持ちを雫ちゃんは知っているはず。そんなの、あんまりだよ。


続けて雫ちゃんは時間制限を設けるなんて話もし出した。それはどういうことなの?私を思って言ってくれてるの?それとも自分のため?


彼も雫ちゃんも遠くに行ってしまう気がした。どちらも手放したくないと思うのは私のエゴだろうか。その日、私と雫ちゃんは初めての大喧嘩をした。もう知らない。みんな勝手にすればいい。


雫ちゃんもライバルになるならバレンタインはちゃんとしなくちゃ。一から勉強してチョコを作った。料理はあんまり上手じゃなかったからすごく時間がかかった。市販のチョコを切るときに何度も指を切った。痛いな、やめちゃおうかな。私が作るよりも市販の方が美味しいよね。その方が喜んでくれるよね。


そんな弱気になる度に脳裏には彼の笑顔があった。いやだめだ、やっぱり自分で作らなきゃ。またあの笑顔が見たい。チョコは気持ちだ。市販じゃ伝わらない。そんな意地で完成させたチョコは決して形が良いものではなかったけれど満足できるものとなった。あとは渡すだけだ。


バレンタイン当日に中庭に佇む彼の姿を見つけた。早く渡してしまおうと思って駆け寄る。しかし、彼に近付く一つの影があった。雫ちゃんだった。手には綺麗にラッピングされている箱がある。ほんとにチョコを渡すんだ。


だめだと思ったけど、限界ぎりぎりまで近づいて聞き耳を立てた。そうしたら雫ちゃんはほんとに彼に時間制限の話をしていた。止めようかと思ったけどここで私が出ていっても話がこじれるだけだと思ったから辞めた。チョコ、どうしよう。このままだと渡せないな。


ベランダに置いておけば顔も見なくていいと思ったけどやっぱり直接渡そうと思い直す。大学では雫ちゃんに見られちゃうかもしれないからこっそり駅で待伏せしよう。


人が込み合っていたが彼の姿はすぐに分かった。好きな人を見つける女の子の目はすごいんだ。私は彼に声をかける。一緒に帰ろう。道すがらでチョコを渡そう。ちょっとだけ雫ちゃんの顔がよぎったけど、気付かないふり。


二人でホームに向かっていたら電車が来ていることに気付く。急がなきゃ。彼の手をとり走り出す。でもすぐに彼は後ろで転んでしまった。思わず、大丈夫!?と近寄ると膝を擦りむいていて血が出ていた。うわ、痛そう。彼の顔を見ると強がっていた様子だった。それにまたキュンとする。私の母性が疼く。


電車を逃し、二人でホームに座った。彼に雫ちゃんからの話をどう思ったのかを聞く。話の内容はこっそり聞いていたから、少し誤魔化しながら。ちゃんとフォローもした。喧嘩してても私はちゃんと気配りができる女なのだ。


彼が私の指を見てすごく心配してくれた。見られるのが恥ずかしくてちょっと強引に振りほどいた。そこから彼は黙っちゃった。悪いことしちゃったかな。


家の最寄り駅に着いても彼は黙ったままだったから誘った。寄り道していかない?あの思い出の公園でチョコを渡そう。


二人でいると口が滑る。私は自分の気持ちが溢れるのを止められなかった。再度、雫ちゃんの話について聞く。そうしたらそれを受け入れるという話だった。できるだけ明るく取り繕う。いつものように。なんてことなく。明るく、元気に。


ふいに涙が零れそうになる。あぁ、きっと私は選ばれない。彼の目が決して私に向かないことはもう分かってる。恋が終わる。私の初めての恋が終わってしまう。ずっと好きでいたかったなぁ。ずっとこうしていたかったなぁ。ねぇ、私を選んでよ。ずっとそばにいさせてよ。お願いだから。


そんなことは絶対に言えずに心の内に秘める。チョコを渡して彼と別れた。その後ろ姿も、心配そうに振り向く顔も、屈託なく笑う顔も、全部好きなの。私を一人にしないで。


そう思ったらもうだめだった。涙が止められなかった。夜の空は、私の声を何も言わずに飲み込んでくれた。

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