コバルトブルーの涙
今日の講義はすべて終わった。しかし、俺はまだ大学にいた。
なぜか。まだ諦めきれていなかったからだ。知らない女子からチョコと一緒に告白されるのをなぁ!!!!!
だが時刻はすでに18時を回ろうとしている。これだけ待っても何も無いということはもうそういうことだろう。もう帰ってしまおうか。やっぱりそんな夢物語は無かったんだ。持参したリュックにはお昼に秋野から貰ったチョコが入っている。一個でも貰ったのなら去年の俺を超えたということで今日は満足して帰ろう。
余談だが、またあの人気のないベンチに俺は座って時間を潰していたわけだが、目の前では同じく人気が無いところを探しに来たんだろう、何人ものカップルがチョコの手渡しイベントをしていた。何組かはこちらに気付いたが、まぁあいつなら見られてもいいだろうという雰囲気でイベントは続行されていた。なんなん。いてまうぞ。
涙を拭きながら最寄り駅へ。帰宅ラッシュのタイミングに出くわしてしまったようだ。オフィスカジュアルの人間に交じって駅構内へ入る。交通系ICカードが読み込まれているスマホを手に取り改札口へ進もうとすると、「藤宮さーん」という声が聞こえた。そちらを見やると、いつかの飲み会後と同じ位置にその人はいた。
「藤宮さん、遅いですよー。なにやってたんですか?」
東だった。
「そっちこそこんなところで何してるの?」
東に近付く。
「今から帰るところで。よかったら一緒しませんか?」
「まぁ別に、いいけど」
東と一緒に改札口を通る。ホームまで向かっている間、先導する東の後を追った。東はいつも先を行くなぁ。
電車はすでに到着していた。出発まで幾ばくも無い。いつもなら見送って次の電車に乗るのだが今日は、
「やばい!藤宮さん!もう電車来ちゃってますよ!!」
と言い、東は俺の手をとり駆け出すのだった。こんな寒い中、女の子の手はあったかいんだなぁと全然別のことを考えていたら点字ブロックに足をとられて俺は盛大に転んだ。鳴り響く出発の笛。電車はそんなことなんて露知らず、出発していった。
「大丈夫ですか藤宮さん!」
俺は情けなさ過ぎて顔を上げられなかった。
「わ!膝も擦りむいてるじゃないですか!」
東に言われて見ると、履いていたジーンズが破れそこからは血が滲みだしている。それに気付いた瞬間に痛みも襲ってきた。
俺はこれ以上、情けない姿を見られたくなくて、
「いや!ぜんっぜんだいじょうぶ!」
と言って立ち上がった。
「全然大丈夫って顔じゃないですけど」
東は口に手を当て笑った。
仕方なく歩いてホームへと降り、そこのベンチに座る。次の電車は十分後だ。
隣同士に座って東に気付かれないように膝を見ると、あの、なんというか、すごく、グロテスクだった。擬音で伝わるかどうか不安だが、ジュクジュクとしていた。それ以上そこに神経を研ぎ澄ませるともっと痛みが出そうな気がして目を逸らした。帰ったらちゃんと消毒しよう。
「雫ちゃんから何か言われました?」
東は一連の確認が終わった俺にそう問いかけた。
「何かって?」
「あの、時間制限とか何やら」
「あ、あぁ、言ってたね」
いつまでも結論を出さない俺に業を煮やした秋野から提案された、クリスマスまでに結論を出せという時間制限。俺はそれを受け入れた。
「雫ちゃん、ちょっと暴走しちゃうときがあるんですよ。気にしなくていいですからね」
思い出させられるのは昼のことよりもFPSを一緒にプレイしているときの秋野だった。あれは暴走というか、なんというか。
「それを聞いたってことは雫ちゃん、チョコ渡したのかぁ」
それは小声で聞き取ることはできなかった。
「え、なに?」
「い、いえ!別になんでも!」
掌を顔の前で振りながら東は誤魔化す。そこで気付いた。東の指に貼られたたくさんの絆創膏を。
「あれ、怪我してるの?」
「え、あ、あぁ、これですか!?そ、そうですね、ちょっと・・・」
「大丈夫?」
俺は心配になって東の手をとる。
「ちょ、ちょっとやめてください!」
俺の手は東に振りほどかれた。
「あ、ご、ごめんなさい」
「いや、こちらこそ・・・」
それからは電車が家の最寄り駅に着くまで二人して無言だった。
電車を降り、アパートへ向かう。そこでもまだ無言で少し居心地も悪くなっていた。早く帰りたい。
「少し、寄り道しませんか?」
突然、東はそう提案してきた。
「え、どこに?」
「まぁまぁ、近くですから。いいでしょ?」
「いいけど」
東が俺を連れてきたそこは、去年東と一緒に来た公園だった。
「やっぱりここは落ち着くなぁ」
「おい俺のお気に入りスポットだぞ」
ベランダが無くなったからな!!誰かさんのせいで!!
「いいじゃないですか、減るもんじゃなし」
「そうだけど・・・」
二人してあの時のようにベンチに座る。
「さすがに冷えますね」
「そうだね」
高台に位置するこの公園はほんとに寒かった。
「私ね、最近なにか嫌なことがあるとよくここに来るんですよ」
「そうなんだ」
「はい。藤宮さんとここに来た時のことを思い出しながら」
「そう、なんだ」
「藤宮さん。私は藤宮さんが好きですよ」
「え、なに急に」
「言いたくなるんです、藤宮さんを見てると。好きって言うともっと好きになる気がしませんか?そういうことです」
分からんでもない。
「あなたの弱いところが好きなんです。守ってあげたくなる。これって母性なんですかね?」
「ちょっと分かんないけど」
「そうですか」
ふふっと笑う。
「雫ちゃんの話、どう思いました?」
「どうって?」
「それまでに決めるのか、決めないのか」
「うん・・・」
話を聞いた時は正直、面を食らったがちょうどいいといえばちょうどよかった。この関係がずっと続くのが理想だったが、そんなこと、それこそ夢物語だ。
「決める。決めるよ。大丈夫。今まで待たせてごめんね」
「そうですか!分かりました!待ってますね!」
明るく取り繕いながらも東は少し悲しそうな顔をしていた。
「そうだ、これ。バレンタインです。手作りですよ」
「もしかして指の傷はこの時の?」
「まぁ、そうですね。私、料理へたっぴなので」
舌を出して恥ずかしそうに笑う東。
「あ、ありがとう。大事に食べるね」
「はい!」
「寒いし、もう帰ろうか」
「私は、私は、もう少しここにいます」
「そう?じゃあ先に帰るね」
「はい、ありがとうございました」
「こちらこそ」
アパートに向かうために階段を降りる。角を曲がる寸前で振り返ると、空に向かって東が泣いていた。その真意は分からないが、今戻るのは何か違う気がして俺はそのまま歩みを進めた。




