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テラローザの苦渋

相対性理論。

1905年に、かのアインシュタインが発表したこれは、ざっくばらんに説明すると『好きなことをしている時は時間の進みが早い』というものだ。もちろん皆にも経験はあるだろう。好きなゲームをしている時、好きな漫画を読んでいる時、好きな小説を読んでいる時、ふと時計を見ると寝なければいけない時間とうに過ぎているという経験を。それだけ夢中になっているということだが、そういう時は時間も気を利かせてゆっくり進んでもらいたいものだ。


そんな一般常識レベルの知識を得意げにひけらかした俺は最高にクールを演出していた。小中学校では運動ができるやつがモテた。高校ではちょっと不良っぽいやつがモテた。じゃあ大学では?クール系だろう、ちょっと陰を落としたミステリアスなやつがモテるに決まっている。そう、今日の俺は最高にクールだ。


大学一年の時にクールを演出した結果、ただの日陰によくいるようなコミュ障となり下がったわけだが、そんなことはすでに過去の遺物。今の俺はあの時とは違う。今年こそはチョコを貰うんだ。


そう、そんな今日はバレンタインデー。世の男どもが血眼になってチョコを追いかける日だ。この一年の間の女子との総決算と言ってもいい。男の戦いだ。


全然チョコなんて興味ありませんよ、という風な態度で大学へ。「ずっと電車で見かけていました!一目ぼれです!付き合ってください!」とチョコを差し出しながら告白してくるような女の子がいるのではないかとドギマギしながら電車に揺られたが、全然そんなことはなく普段通りの登校だった。知ってたけど。期待なんてこれっぽっちもしてなかったけど。別に泣いてないけど。


午前中は光陰矢の如しという具合に終わった。先の相対性理論の話を用いるわけではないが、本当に矢の如く終わった。その間、本当に何も無かった。構内でも「ずっと見てました!好きです!付き合ってください!」とチョコを貰うイベントでもあるのではないかとドギマギしていたが、やはりそんなことはなかった。学習のしない男。それが俺。だから別に泣いてないって!


昼食をとろうと、食堂へ向かう。が、辞める。食堂はたくさんの人が集う場所だ。もし、そこでチョコの手渡しイベントでも目撃した日には俺のこの涙は血と変わり、手元にあったフォークかなんかでそいつを襲ってしまう気がしたからだ。いやしないけど。さすがに。でも羨ましい。


そして俺は購買でパンを購入し、いつかの中庭のあのベンチに腰かけていた。去年も思ったがこんな2月中旬に快晴とは、関東地区というのはなんて素晴らしいものだろう。実家にいた頃は、日中でも厚い雲が空を覆いつくし、太陽の光を妨げていた。冬の期間が長く一年の日照時間は全国で一番少ないそうだ。太陽の光というものは精神面にも作用するらしく、何年も自殺者数が全国で一番多いなんてこともあったらしい。おそろしや。


太陽を眺めながらパンを齧っていると、ふいに「隣、いいですか?」と声が聞こえた。この中庭は寒い時期ということもあり、人気はあまり無い。皆、暖房のついている食堂に行ってしまうからだ。なので、人に話しかけられるという予知を全くしていなかった俺はその声に「ひゃ、ひゃいっ!」としどろもどろな返答をすることしかできなかった。反射的にそちらを見やると、その声は秋野雫からのものだと分かった。


「なんだ秋野か」


「なんだとは失礼ですね、こんな美少女がクール気取りの冴えない男の隣に座ってくれるだけでもありがたいと思ってください」


「はぁ、すみません」


秋野の声が出ている。前述のとおり、周りには人がいない。声を聞かれる心配がないから、ということなのだろう。ていうかクール気取ってるのバレたんですけど。そんなあからさまだった?


「それ、似合わないからやめた方がいいですよ」


「え?」


「その、前髪」


家を出発する前にクールというのはなんなのかと熟考した挙句に思いついたのがこの前髪。ワックスでガッチガチに固めたそれは左目を覆い隠すように垂れ下がっている。


「ただの廚二病に見えます」


鏡で見た時は最高にクールだと思ったが、すぐに恥ずかしくなってぐしゃぐしゃと髪を潰した。これがいけなかったのか!


普段通りの前髪になったのを確認して秋野が言う。


「ところで今日はなんの日か知っていますか?」


知ってるに決まっている。


「え、え?し、知らないけど?なんかイベントでもあったっけ?」


でも知らないふりをした。


「嘘つくの下手過ぎませんか」


けらけらと秋野が笑う。


「まぁ、隠し事が下手な方がいいですけど」


「え、そうなの?」


「そりゃあ。信頼に置けるじゃないですか」


「そんなもんか」


じゃあ下手くそなままでいいや。


秋野は俺に茶色と白の包装紙に包まれた箱を差し出す。


「はっぴー、ばれんたいんでー」


恥ずかしそうに俯いている。


「あ、ありがとう」


受け取るとずっしり重かった。


「これは言わなくていいことですが、一応言っておきます。手作りです。本命です。三人目とはいえ、私はあの二人には負けないつもりでいます。早く、選んでください」


真剣な顔で秋野は続ける。


「というかここまで待ってくれる女の子もいないですよ。千夏ちゃんもそうですけど、理解がありすぎます。普通は別の男の人の所へ行っちゃいますよ」


「う、うん、そうだよね」


結論を先延ばしにすることだけが得意な男は反論ができずに俯く。


「でもまぁこんな美少女だらけで目移りしてしまうという藤宮さんの気持ちも分からなくはないです。結局、一人の人間には一人の人間しか幸せにできませんから」


「そう、だね」


「でもこちらにも限度というものがあります。なので、勝手ながら期限を設けることにしました」


「え?」


「今年のクリスマス。そこで藤宮さんが誰と一緒に過ごしたいかで決めてもらいます」


「そんな勝手に」


「勝手も何もありません。これが私の、いえ、私たちの意思です」


「私、たち?」


それは、つまり。


「でもチョコは正真正銘、本命なので心配しないでくださいね」


そこまで言うと秋野は立ち上がる。


「それでは」


呼び止めようと俺も立ち上がる。でもなんと言えば。言葉が出てこない。


「あぁ、そうそう」


そんな俺を露とも知らず、歩き出した足を止め秋野が振り向く。


「これからは全力なので覚悟しておいてくださいね」


ウィンクをした秋野は足早にその場から去った。


俺はただ茫然とその場に立ち尽くすしかなかった。

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