なんなら好きじゃない女の子にも格好つけたい
俺はいったいどれぐらいの間こうしているだろう。
余裕を持ってもう一日大学を休むと、風邪をひいていたことなど無かったかのように体調が良くなっていた。むしろ、たくさん寝たおかげで風邪をひく前よりも元気になってしまったぐらいだ。坂口にちゃんとお礼しないとなぁ。もちろん、春宮にも。
サプライズ的なものとして、土鍋にクッキーの詰め合わせを入れてはいるが、ベランダに置いてあった物資の件もある。これだけじゃ足りないよなぁ。そう思って追加で買ってきたケーキ。これで準備は整った。あとは春宮に返すだけだ。
そんなわけで俺は今、土鍋とケーキを持って春宮の部屋の前にいた。あとは呼び鈴を押すだけだ。ここまで来てようやく気付いたのだが、これ、呼び鈴押せなくない?両手ふさがっちゃってますけど。
一旦、この廊下にどちらかを置いて呼び鈴を押すか?いや、土鍋は食べ物を入れるものだ、例え底だとしてもこの誰が踏んだか分からないような所に置きたくはない。ケーキなんてもってのほかだ。食べ物が入っているのに外箱に砂でも着いてる日には食欲も無くすというものだ。つまるところ、俺はにっちもさっちもいかない状況に陥っていた。
ここで一度部屋に戻り、呼び鈴を押して出てきてもらってから土鍋とケーキを持ってくる、という最良の方法が頭に浮かぶ。でもすぐに却下する。なぜかって?この返しに来るという行為でさえ、とびきりの勇気を振り絞って来ているのだ。一度部屋に戻ってしまったら「急がないって言ってたし、また今度でいいや」となるに決まっている。
そう、コミュ障は適当に理由をつけて先延ばしにするのが大の得意なのだ。ケーキ?そんなん一人で食ってやるよ。
でも現状、それ以外の打開策はあるわけも無かった。ここからどうしようかなぁと悩んでいると、室内で物音がするのが分かった。忙しいのかな。もしそうであれば出直すのもやぶさかではないぞ。
その物音はすぐに足音だと分かった。こちらに近付いてくるからだ。え、あれ、どうしよう。もしかして玄関開ける?玄関開けたら人がいるってなかなかのホラーじゃないか?自分が出かけようとして玄関開けたら知り合いとはいえ人がいたら、俺だったら驚いてその場で尻もちをつく自信がある。
あたふたとしていると、やはりその玄関の扉は開かれた。外開きのそれは俺の想像以上に幅があり、勢いもよかった。一歩後ずされば避けられる。しかし、コミュ障はあまり運動神経が良くなかった。コミュ障にできたことといえば、腹部付近で持っていた土鍋とケーキを守るように上体を曲げることだけだった。思惑通り土鍋とケーキを守ることはできたが、その扉は俺の顔面に鈍い音を立てて当たった。
鼻にダメージを貰ったおかげで出る涙。それに呻いて後ずさる。わずかに開かれた視界で飛び散った鼻血を捉えた。
「うわっ、藤宮!大丈夫!?なにしてんの!?」
それを見た春宮が急いで歩み寄ってきた。
買い物にでも出かけるのだろうか。小綺麗にしている春宮は今日も可愛かった。
「うん、だいじょうびだいじょうび」
「え、なに?」
「あ、そうそう。これ。ありがとう、美味しかった」
鼻血がボタボタと流れるのを感じながら土鍋を差し出す。幸いなことに飛び散った鼻血は土鍋には降りかかっていなかった。
「う、うん、それは別にいいけど」
鼻血を出しながら淡々と喋る男はよほど気味が悪いだろう。困惑した表情の春宮がおそるおそる土鍋を受け取る。
「あとベランダに食い物置いてくれてたでしょ?あれも助かった。ほんとにありがとう。これ、少しだけど」
妖怪鼻血出し男はそれを意に介さんという様子でなおも続ける。
「え、別に、いいのに」
猫ならぬ、妖怪の恩返しだ。
渡す途中に、ケーキの外箱には少し鼻血がついていたことに気付く。ケーキは土鍋よりも下に持っていたはずなのにどうしてそこに。いいや、ショートケーキが入ってるからもし何か言われたらイチゴジャムじゃないかなと言って誤魔化そう。
「わぁ、ありがとう!私ケーキ好き!」
春宮の顔が綻ぶ。僕はあなたが好きです。
「よかったら上がってく?一緒にケーキ食べよ?」
なんたる幸運。彼氏以上でしか到達できない女の子の部屋にこんなコミュ障が入ってもいいのか?我ぞ?
「それに、」
そう続けて春宮は口をつぐんだ。先を促そうと首を傾げる。
「鼻血の処理もしないといけないでしょ・・・?」
俺が鼻血を出しながらも話し続けるものだから、触れてほしくないということを悟ってくれたのだろうか。優しい。この天使、優しいぞ。そりゃ好きな女の子の前で強がりたい男なんて山ほどいるさ。もちろん俺もそれに含まれている。こちらから鼻血に触れないのを察してくれたようだ。
「いや、大丈夫、これから出かける予定あるし、願ってもない申し出だけど今日はもう帰るよ」
行きてぇえええぇぇえ!!!!!春宮の部屋に入りてぇえええぇぇぇ!!!!!
そうだ、春宮のことだからもしかしたら半ば強引に部屋に入れてくれるかもしれない。迅速な処置が必要だからとか言って。女の子には格好つけたい年頃だ、一度断っておいてもう一度誘われたら入れてもらおう。二回目と言ったらもう断るのが逆に失礼だし。よっしゃ来いよ春宮!もう受け入れる準備はできてるぜぇ!!!
「そっか、なら仕方ないね。ケーキありがとう!じゃね!」
そう言って春宮は部屋の中に戻っていった。
??と頭の上に浮かべながら自分も部屋に戻る。その跡には少量の血痕が悲しそうに付着していた。




