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友人と隣人は仲良くなっておけ

猛烈な体の怠さで目が覚めた。枕元に置いていたスマホを手に取ると、赤坂と坂口からのメッセージを受信していた。不在着信もあったが、それに気付かないほど寝てしまっていたようだ。メッセージは安否を確認するものだった。それに震える手で『風邪をひいた。しばらく大学に行けないかも』と短く返信をする。枕元に置きなおした携帯が長く震えた。電話だ。画面には坂口という文字。


「あい、もしもし」


「おう、藤宮、大丈夫か?何か買っていこうか?」


「まじで、いいのか?」


持つべきものは友人だ。


「当たり前だ。少し待ってろ」


「ごめん、頼む」


電話はそこで切れた。体調は悪いが、坂口を迎え入れる準備をしなければ。


声を出しながら上体を起こす。それだけで少し疲れるような気がして体調の悪さを再確認した。テーブルの上には先日、春宮から借りた土鍋が置かれている。これも返しに行かなくちゃな。土鍋の中にはちょっとしたお礼としてクッキーの詰め合わせを入れた。心なしか少し悲しそうだ。


カーテンを開けるとすっかり陽が落ちていた。俺は何時間寝ていたのだろう。ゾンビのように部屋を徘徊する。着心地の悪さをずっと感じていた寝巻はやはり汗でぐっしょりだった。坂口が来る前にシャワーを浴びて着替えよう。


本来ならば風邪をひいたときはシャワーなど浴びず、濡れタオルで体を拭くのが最善だろう。そうするべきだった。今回も。体全体が気持ち悪くてそんなこと全く考えなかった。早く解放されたい。それしか頭になかった。汗で重くなった衣服をすべて脱ぎ、全裸になった瞬間に後悔した。寒すぎる。


ただでさえ冬だ。室温はそれほど高くない。むしろ一桁だろう。そんな中で風邪をひいた者が全裸にでもなろうものならそこはもう地獄である。ガタガタと震える体。冷える汗。倦怠感で一向に進まない足。なるほど、ここが生き地獄か。


それでも前に進めようとした足がふと止まる。眼下にはvtuberを特集した雑誌が。表紙には我らが推しである西連寺夢子。俺は江戸時代にキリスト教信者をあぶりだすために用いられた『踏み絵』を思い出した。当時は「いや死ぬぐらいなら踏んだらいいじゃん、キリストも許してくれるさ」と高らかに嘲笑したものだが、いざその場面になるとどうだ。踏めるか?これを?信者というほど崇拝してるわけではない。今となっては体調も最悪だ。誰かに見られているわけでもない。むしろここで足を踏み外そうものなら体調の悪さも相まって見ていられない状態になるだろう。そうだ、踏め。夢子も許してくれるさ。


踏めなかった。


強引に動かした足は、しかし地面を掴むことなく空を切った。テーブルの脚に強かに打ち付けて脇のベッドに飛び込む。おいキリスト教信者どもよ。今ならお前らの気持ちが分かるぞ。踏めないよな。分かるよ。おい江戸幕府。よくも踏み絵なんぞ思いつきやがったな。お前らは悪魔だ。一生恨んでやる。


過去の偉人に恨みを吐きながら起き上がる。こんなことをしている場合ではない。シャワーを浴びないと。


そしてゾンビはまた浴室へ歩を進めた。


少し無理をしたからだろうか。若干、体調が良くなっていた。バスタオルで体を拭いていると呼び鈴が鳴った。急いで服を着てそれに対応する。坂口がコンビニの袋を片手にそこに立っていた。


「お待たせ、大丈夫か?」


「坂口様、お待ちしておりました」


「なんだそれ。とりあえず水とプリンとゼリー。風邪薬と一応頭痛薬も。あとは適当に食えそうなもん買ってきた。ほれ」


袋を受け取るとずっしりと重かった。一体いくら使わせてしまったんだろう。


「うつると嫌だから俺はこれで帰るわ。安静にしろよ」


「あ、ありがとう」


「あ、汗とかかいてないか?体拭いてやろうか?」


おかんかよ。


「それともなんかあったかいものでも作ってやろうか?何か食って薬飲まないと」


いや彼女かよ。


「大丈夫。さっきシャワー浴びたし」


「シャワー!?無茶してんなぁ。まぁいい、何かあったら呼べ。寝ていなければ三十分以内には駆けつけてやるから」


おかんでも彼女でもなく、ただ神だった。坂口神。信仰していい?


「よろしくお願いします」


「おう、またな。明日も無理しなくていいからな。お大事に」


後ろ手を振りながら坂口が去っていく。それを見送ってから俺も部屋に戻った。


坂口から受け取った袋からゼリーを取り出し食べる。半分ぐらい食べた所で吐き気を催したのでそこで薬を飲んでまた寝ることにした。滑り込んだ布団はすっかり冷たくなっており、しかし火照った体には非常に気持ちが良く、数分としない内に意識を手放した。


次に目が覚めたのは翌日の昼だった。昨日よりは起き上がることに抵抗がなく、すっと起きられた。体温はまだ微熱ではあるものの、昨日よりかはずいぶん下がっている。無性に日光が浴びたくなり、カーテンを開ける。そこで窓際に見慣れぬものがあった。窓を開けてそれを確認する。それは丸められたビニール袋のようだった。中からは昨日坂口に貰ったような、消化に良さそうな食べ物が入っていた。


俺は寝ぼけてこんなところに置いたのか?と思ったが、その中から出てきたメッセージカードを見て、すぐに違うと悟った。そこには、


『風邪ひいたんだって?ごめん、盗み聞きはよくないと思ったんだけど昨日の夜の会話、聞いちゃった。早く良くなるといいね。これ、少しだけど食べて。お大事に。 愛』


とあった。


いや天使かよ。

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