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飴と鞭

件のバレンタインデーが近づいてきた2月の上旬。

俺は寒さに震えながら自室のベランダに立っていた。ちょっと鼻歌でも歌いながら。


なんでそんなところにいるんだって?前回が確か1月の下旬の話だったと思う。あの時に3人に会って以降、本当に、誰とも、会わなかった。今までは話したりはしないものの、ちょくちょく大学構内で誰かしらの姿を見ることはあった。なのに。最近は。ほんとに全く誰とも会わないのだ。


赤坂はバイトで奔走しているし、坂口はたまに会うけどもそこまで話すことはなかった。そんなわけで、俺は大学でまたしてもぼっちとなった。なったというか戻ったというか。


そんなわけで誰とも会話をすることもなく直行直帰を繰り返していた俺は、過去を振り返りながらもしかしたら今までの出来事はすべて幻だったのでは、と思うようになった。全部俺の妄想で。全部俺の夢で。


まぁ端的に言ってすごく消極的になっていた。消極的にして否定的だった。陰の者と化していた。


でも俺の何かが、いや大丈夫、あれは全部現実だ、安心して。と言うものだからこうして寒空の下、ベランダに立っているというわけだ。ここにいればまた春宮が姿を現してくれるような気がして。


少しだけ鼻歌の音量を上げてみる。もちろん、近隣住民へ迷惑がかからない程度に。これで気付いてくれたらいいんだけど。


というか今の俺、けっこう滑稽じゃないか?誰とも話す相手がいなくて寂しくなって俺に気付いてほしくてこんなかまってちゃんみたいな行動を。いかん、また恥ずかしくなってきた。ほら見ろよ、この俺を。みっともなくて恥ずかしくて情けない今の俺を。いやごめんやっぱり見ないで。


もうやめよう、またvtuberの動画でも見よう。そう思い、室内に入ろうとしたら、隣室の窓が開く音を聞いた。


「あれ?やっぱり藤宮じゃん。なにやってんのこんな寒い夜に」


狙い通りというのはおこがましいか、そもそも呼んでるようなもんだったしな。でもとりあえずは結果オーライ。春宮がベランダに出てきてくれた。


「あ、あぁ、春宮、奇遇だね」


文字面だけ見れば普通に喋っているように見えるだろう。しかし、本当は、


「あ・・・あ、あぁぁぁあぁ、ひゃりゅみゃ、くぅぎゅうだねぇぇえ」


となってた。寒いからだ。身も心も凍えていた。当たり前だ、ベランダに3時間もいれば誰だってそうなる。


「あんた大丈夫?早く部屋入んな?」


「い、いや、でも」


せっかく春宮が出てきてくれたのに。


「そこで何してたかなんて知らないけど、風邪でもひいたら大変でしょ。早く戻んなさい」


確かに少し体が熱っぽいような気がする。今日は黙って引き下がるか。


「う、うん」


「夕飯なにか食べたの?一応薬飲むのよ」


「あーっと・・・」


夕飯。時刻はすでに21時を回っている。そういえば何も食べてない。


「うそ!夕飯まだだったの?ちょっと部屋で待ってなさい!」


そこまで言うと春宮は部屋へ引っ込んだ。俺も部屋に戻り、暖房の風を浴びた。あぁ、体が体温を取り戻していく。


それから10分後ぐらいだろうか。部屋の呼び鈴が鳴った。カメラで確認してみると、春宮が何かを両手に持って立っている。


急いで玄関を開けると、「はいはい、どいたどいた」と言いながら春宮が部屋に入ってきた。両手に持っていたそれは小さい土鍋だったのだとその時に分かった。


「あんた鍋敷きは?どこ?」


「鍋・・・敷き・・・?」


「無さそうだし、もうこれでいいか」


春宮はその辺に落ちていた漫画雑誌を下敷きに、その土鍋を置いた。


「今日の夕飯の残りだけど、鍋焼きうどん。これならあったまるでしょ?」


「あ、ありがとう」


春宮が蓋を開けると、中からは大量の湯気と共に出汁の甘い匂いが部屋中に広がった。あぁ、その匂いだけで体が温まる。


「食べ終わったらいつでもいいから鍋返しにきて。今日はそれ食べてあったかくして寝るのよ。あ、薬も飲むのを忘れずにね」


おかんみたいだな。少し笑えた。


「ちょっと、なに笑ってんのよ」


「いや、なんでも。助かるよ、ありがとう。何から何まで」


「いいのよ、こういうときはお互い様でしょ。じゃあ、またね」


「うん」


春宮が去ったあと、俺は鍋焼きうどんを啜った。汁は甘いながらも油揚げの塩加減が食べるのを飽きさせない。一緒に茹でられた卵は半熟で、箸で優しく割ると鍋全体に卵の黄身が広がった。それに麺を絡めてまた啜る。添えられているネギも非常に柔らかく、甘い。こんな鍋焼きうどんだったら毎日食べたい。


春宮の部屋に向かって「ごちそうさまでした」と手を合わせた後、春宮の言うとおりに今日は早く眠ることにした。薬箱を漁ったが、あいにく風邪薬を切らしており、まぁこんなに温まっているし、大丈夫だろうとベッドに横になった。


短時間とはいえ、この部屋に春宮が。しかも手料理までご馳走になっちゃって。やっぱり今日は最高の日だった。夢じゃなかった。よかった。ありがとう神様。


翌日、しっかり俺は風邪をひいた。

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