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猫と温泉はほぼ同じ

街を歩いていて旧来の友人にばったり会うよりも、人と約束をして会うのとどちらが気が重いかというと俺は圧倒的に後者だった。時間が迫るにつれて時計ばかり気になってしまうし、その時間までと決めた暇つぶしも全く頭に入ってこない。これはコミュ障という枠を超えて、ほぼほぼの人間がそうだと思うが。


秋野に連れられて向かった食事会場では、すでに春宮と東が着席しており料理に舌鼓を打っていた。現れた俺に「おそーい」だの「先に食べてる」だの言葉を投げかけた二人は、しかし俺のことなど見ていなかった。目の前に広げられた料理しか目に入っていなかった。まぁ、俺なんてそんなもんですよ。


ふと、ある記憶が蘇る。あれは学生時代に消極的な自分を治そうと、意を決して入部した野球部のある日のことだった。部活の準備をするために部室へ向かうと室内では他の部員の笑い声が響いていた。声から察するに同級生のようだ。それに自然に加わることができれば俺のこの性格も治ったと言えるのでは。勇気を振り絞って扉を開けると、途端に止まる会話。部員たちはバツが悪そうに俺をすり抜けグラウンドへ。なんの一言も交わすことができないまま、俺の勇気は燃え尽きた。


そんなことがあってから俺は一人静かに過ごすことを決めたのだ。人の楽しい時間を邪魔するようであれば俺は一人でいい。


でも目前には三人の女友達。そして俺を受け入れてくれている。なんと幸せな空間なんだろうか。俺はここにいてもいいんだ。脳内では昔見たアニメの登場キャラクターが口々に「おめでとう」と拍手をしてくれている。あの主人公はまさにこんな気持ちだったのだろうか。知らんけど。


適度に談笑をしながら、料理を口に運ぶ。そこにはこの土地ならではの料理が所狭しと並んでいた。その中でも一番美味かったのは米だった。米をおかずに米を食えるぐらいだった。さすが米所。


事前の打ち合わせで明日は早起きと決まっていた俺らは夕食後に少し集まったあと、早々と解散することとなった。ここへ向かうバスの車中、「今夜は寝かせないぞ~」とトランプ片手に豪語していた東は夕食時に出された酒をたらふく飲んで半分寝ている状態だったし、春宮は慣れないスポーツで身体を酷使し過ぎて筋肉痛がひどいと言っていたし、俺も風呂に入りたかったのでそれに賛成した。春宮に言われて気付いたが、確かに全身あちこち痛い。温泉でじっくり身体を休ませるとしよう。


猫と温泉は似ている。どちらも類まれなるリラクゼーション効果を持っているし、どちらも温かいし、どちらも液体である。え?猫は液体ではないって?猫を飼ったことがある方ならお分かりだろうが、たまに軟体動物かと思われる柔らかさを猫は披露するときがある。軟体動物とは主にクラゲのような生き物を指す。そしてクラゲは体の九割以上が水だという。つまり、軟体動物はほぼ水だと言える。猫は水。そういうこと。QED。


多少強引な考えをひけらかしながら温泉に入っていると、奥の扉から人が入ってくるのが見えた。もしかして、あの奥は、もしかして。


眼鏡をかけるほどではないが、遠くのものは普通に見えない我が両の眼を必死にこらせながらその扉の脇に掲げられている看板を見る。それには露天風呂の文字。やはりそうだ。露天風呂に関しては俺はうるさいんだ。どれどれ、ここのホテルの力量を計ってやろうではないか。


喜び勇んでその扉を開けると、なんとまぁ寒いこと寒いこと。できるだけ寒気を身体に当てないよう、縮こまりながら階段を下る。下りきった先に露天風呂があるそうだ。いやしかし、寒いな。なんなら雪だって降ってるし。でも雪を見ながらの温泉なんて格別じゃないか。寒いけど。湯冷めしちゃうんじゃないの。


寒さで縮こまる息子をなんとか励ましながら俺は露天風呂へ到着した。そこには誰もおらず、貸し切り状態だった。外気が冷たすぎるせいで一面、白いもやで充満している。もしかしたら漫画やアニメよろしく露天風呂は実は混浴で、そのもやの中には女の子が、なんてことを期待して胸を躍らせていたが、しっかりその奥には高い塀があるのだった。こんな世界なのだからそういう所は融通してほしい。


湯に足をつけると、内湯とは違って少し温度が高めだった。まぁそれも当たり前か。こんなところでぬるま湯とかだったら内湯に続く階段を上っている途中で高確率で風邪をひくことだろう。


「あちち」と言いながら身体全体をお湯に預けると、そこには幸福が広がっていた。ここが、ヘブン・・・?


温泉の効能にはあまり興味はないが、確か美容系と保湿系が挙げられていた気がする。肌がすべすべになるんだとか。これ以上、綺麗になったらどうするのアタシ。と、一人オカマごっこをしていると高い塀の向こうから、


「藤宮」


と聞こえた。

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