浴衣の破壊力は世界規模
ある程度滑れるようになった俺たちは、しかしそのリフトの高さと速さに尻込みをする結果となり、すごすごとホテルへ戻った。皆で口々に「陽も暮れていたし」「上に登って滑れる人の邪魔をしたら悪いし」「不慣れだからもしかしたら途中で落ちてしまうかもしれない」というもっともらしい言い訳を並べることでリフトを回避した。でも心なしかその顔はほっとしていた。
明日の午後には帰る予定になっているので早起きをしてできるだけ人が少ないうちにリベンジをしようということになり、夕食までの間は各々自由行動ということになった。
「やっと一人になれる」
部屋に戻った俺はベッドに横になりながらそうつぶやいた。いくらかコミュ障は治ってきたように思えるが、やはり他人とこれだけ長く一緒にいるのは心に悪い。知らない天井を眺めながら家に帰りたい、と願った。コミュ障には少し、辛い。
ベッドでゴロゴロしていると、思い出すのは春宮のことだった。
「まだ感想、聞いてないんだけど」
その光景が未だはっきりと思い出せる。いつものクールな表情ではなく、何か不服そうな、頬を膨らませるような女の子らしいそれに俺の鼓動は高鳴った。簡単にいうとギャップ萌えというものだ。ただただ可愛かった。俺の心の思い出アルバムの鍵付きフォルダに厳重に保管しておこう。でもあの言葉にはどういう真意があったんだろう。可愛いなんて言葉はおそらく聞き飽きてると思うのだが。あ、承認欲求ってやつ?
部屋の呼び鈴で目が覚めた。疲れて寝てしまったのだろう。ここのホテルは源泉かけ流しの温泉があると受付時にフロントで聞いた。寒いながらも運動したせいで汗もかいている。くそう、夕食までの時間で温泉に行こうと思っていたのに。
ピンポーン
呼び鈴がもう一度鳴る。こうしてる場合じゃない。とりあえず対応しないと。
ベッドから飛び起きて扉を開けると、そこには浴衣姿の秋野が立っていた。温泉に入ってきたのだろう。髪はすでに乾いているようだが、頬が少し紅潮している。色っぽ。
「夕食の、時間、です」
たどたどしい口調で秋野はそう言った。
「あ、あぁ、いまいくよ」
「温泉、行って、なかった?」
「なんか寝ちゃってたみたいで」
「すごく、よかった」
「そうなんだ、あとで行ってみるね」
「うん」
そういえば秋野が面と向かってこんなに話してくれたのは初めてなのではないだろうか。ボイスチャットではたくさん話してくれるのでそんなに違和感は無かったが、直接声を聴いたのはずいぶん久しぶりな気がする。
「こっち」
秋野に促されて後に続く。確か夕食は食事会場で実施されるはずだ。部屋食?貧乏学生にそんな金はない。
場所はすっかり忘れてしまったので黙って秋野の後ろを歩く。ふいに背中を見てみると、バスタオルでの拭き漏れがあったのだろう。浴衣が身体に張り付いているのが見て取れた。ただでさえ、身体のラインが浮き彫りになる浴衣だ。そんなことがあったならもう身体のラインがおまえ、もうこんなの着ていないのと同じようなものじゃ
「どうか、した?」
振り向いた秋野と目が合う。
「い、いや?なんでも??」
「そう」
急いで目を逸らしたが、きっと間に合っていなかった。俺の目線に気付いた秋野は自分の浴衣を少し手直ししてから、
「はずかしい」
と言った。
浴衣の色っぽさも相まって秋野はいつもよりずっと可愛く見えた。片目を隠していたその前髪は今はダッカールで固定されているので顔全体がよく見える状態になっているし、頬が紅潮しているせいでいつもの白い肌がなおも美しく見える。もしかして、秋野ってめちゃくちゃ美少女なのでは??
同じ階に泊まっているのだろう、男性二人組が奥からこちらに歩いてくる。すれ違いざま、男性は立ち止まっている俺たちを訝し気に交互に見た。しかし、その男性は秋野を見た瞬間にひどく驚いた顔を見せた。それを視界の端に捉えながら見送っていると、後方から、
「見た?今の子アイドルかな。めっちゃ可愛かった」
「でも男付きだろ、やめとけよ」
「彼氏羨ましいなぁ。俺もあんな子と付き合ってみてぇ」
こちらに聞こえないように配慮してくれたのかその声は小声だったが、でもばっちり耳には届いていた。秋野にも聞こえていたのだろう。さっきまでほんのり赤かったその頬は一層、赤らんでいる。
秋野は意を決したように顔を上げると、
「今夜、ちょっと、散歩に、行かない?」
と言った。




