初日の出までは起きられない
「ほんとにもう、信じられないっ!」
取り寄せた寿司を囲みながら、俺は怒られていた。
「まぁまぁ一緒に住んでるんだからそういうこともあるでしょう」
と、叔母のフォロー。
叔父もうんうん、と頷いている。
「久しぶりに会ってこの仕打ちはおかしいと思わない!?」
「そんなことを言われましても・・・」
俺がこの実家にいた時は美冬とはほぼ会話をしていなかった。汚物でも見るような目でずっと見られている気がしたのでお互いの為に、と避けていたのだ。実家を逃げるように飛び出したのも美冬から逃げたかったのかもしれない。
「大学の方は順調?」
叔母がさりげなく話題を逸らしてくれる。
「うん、まぁぼちぼち」
ぼちぼち。そう、ぼちぼちだ。色々あるにはあったが、それをすべて説明しようとすると年を越してしまう可能性があったので適当に答える。
「あーあ、いいな、大学生は。遊びまくりなんでしょ?」
この大みそかの日にまで友達と出かけていたやつが何を言うか。高校生も遊んでるだろ。
「あら、そんなことないわよ。ちゃんと勉強もしなくちゃいけないのよ?ねぇ?」
叔母の振りに「う、うん」と濁す。いやあんまり勉強はしてないですね。
紅白が始まり、他愛もない会話をしながら歌を聴く。食後の片づけを手伝っていると、美冬から「いい子ちゃんは大変ですねぇ」と嫌味を言われたが、無視した。俺はこいつをよく思っていないが、こいつも俺のことをよく思っていないのだろう。会話はいくらかするようになったが、その気持ちは変わっていないようだ。
気付けば時刻は23時半。もうそろそろ年越しだ。先ほどから台所に立っている叔母はそばの準備だろう。叔父も祖母もたらふく酒を飲み、こたつで寝転んでいるので俺と美冬の二人しかいなかった。会話も無く、ただぼーっと紅白を見ているとブブッと携帯が振動した。見ると、赤坂から『あけましておめでとう!年越してから送ると回線がパンクして遅くなるかもしれないから今のうちに送っておくわ!来年もよろしくな!』という少し早い年越し連絡だった。それに『こちらこそあけましておめでとう』と返信を打っていると急に、
「ねぇあんたの大学ってどんなところ?」
とテレビに釘付けになっていた美冬から急に聞かれた。
予想をしていなかったので少し驚きながらも、
「いいところだよ、講義の先生方も面白いし、ほんとに大学って色んな人がいるんだよ、この間もさ、」
と事細かく説明しようとしたら、
「そこまでは聞いてない」
と一蹴された。
なんだこいつは。ちゃんと話を最後まで聞け。
そんなことは言えず、「ごめん」とただ謝る。
それから叔母がそばを持ってくる間、俺らに会話は無かった。
蕎麦に舌鼓を打っていると、テレビでは年越しのカウントダウンをしていた。あと三十秒で今年が終わる。来年もいい年になるといいな。
『ハッピーニューイヤー!!』
テレビから流れるその声に合わせて口々に「今年もよろしくお願いします」と家族で挨拶をする。美冬もこちらを向いてはいなかったが、「よろしく」とぶっきらぼうに挨拶をしてくれた。
初詣。翌日1日の日中に行く、という人をネットで見て驚いた。初詣って年越しと共に行くもんなんじゃないの?少なくとも実家では毎年、年が明けてすぐの1時くらいには初詣へと行っていた。今回もそうだ。家族全員で近くの神社まで歩いた。いや酒の入った叔父は一向に起きる気配もなく、かといって祖母は足が悪いから行っておいでと結局、この三人のみとなってしまったが。
「寒いねぇ」
厚手のダウンジャケットを羽織った叔母がそう呟く。
「でもあたし、この空気好きだよ。静かだし、空気がピンと張りつめてて、音が空に吸い込まれていく感じ」
「お、詩人だねぇ。今年はそういう路線で行くの?」
「うるっさい!」
母娘で談笑している。それに続いて俺も歩いた。
近くの神社までは徒歩で十分ほどだ。この辺はほぼ田舎なので街灯もそこまで多くない。視線の先にすごく暖かそうなオレンジ色が見える。あそこが神社だ。
参拝を済ませ、おみくじを引く。末吉だった。女難の相あり、と書かれている。うるせぇこちとらすでに女難に遭っとるわい。おみくじを結ぼうか持ち帰ろうか悩んでいると急に叔母が、
「いっけない!鍋に火かけっぱなしだったかも!先に帰ってるからあんたたちはゆっくり来なさい!」
と言って走って帰ってしまった。50過ぎとは思えないほどの健脚だった。
でもそれは悪手だ。この二人を二人っきりにするな。ほら、もう少し気まずいじゃんか。
「か、かえろっか」
美冬に声をかける。「うん」と小さな返事が聞こえた。
実家までの道を俺が先頭を歩く。美冬は黙って後をついてきていた。何か会話をしたほうがいいんじゃないだろうか。忌み嫌われているとはいえ、この沈黙はつらすぎる。春宮との沈黙は全然つらくなたかったのに。中途半端な関係性なので何を話したらいいのか分からない。
「あ、寒い。あったかいの飲みたい」
うんうん悩んでいると急に美冬がそんなことを言い出した。道端には自販機があり、ご都合にもベンチもある。何か温かいものをここで座らせて飲ませろ、ということなのだろうか。
「でもうちはすぐそこだよ」
「今飲みたいの」
わがままだなぁ。
そう思いながらもホットココアを買ってやる。
「ほら、それ飲んだらすぐ帰るからね」
差し出したホットココアを奪いながら、それを一気飲みする美冬。そ、そんなに喉が渇いていたのか。量に応じて上を向いていく缶の尻を見ながら呆気にとられる。
ぷはっと缶から口を離した美冬は、
「あたし、卒業したらあんたの大学に行く」
と、今年初の仰天ニュースを発するのであった。




