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新居の匂いは嫌いじゃない

そして、時間は現在へと戻る。

時刻は朝10時。俺は昨晩、家無しになったその足で漫画喫茶へと歩を進めていた。

それから今までずっと俺は昨晩のミユちゃんの生放送の切り抜きを見ていた、延々と。本当は嘘だった、というか夢だったんじゃないかと思いたかったからだ。それでも画面から流れる音声はずっと知らない男の声だったし、俺の知らないプライベートのミユちゃんがそこにいただけだった。いくら更新してもミユちゃんのSNSは先日の生放送開始を告げるものが一番上のままだし、トレンドはずっと同じものが表示されている。もしかして、今時間が止まっているのかと勘違いするほど、俺の時間も昨晩から止まったままだった。

もう充電が赤く表示されている携帯がブブブと着信を告げる振動をした。見ると、大家さんからの電話だった。赤く腫れた目をこすりながら電話に出る。(ビデオ通話ではないからなんの意味もなさないけれど)


「はい、もしもし・・・」

「あー、もしもし、昨晩は大変だったわね。大丈夫だった?」

「特にけがとかはしていないので・・・」


大家さんは高齢間近のおばさんだ。両親がいない俺の素性を知って色々とよくしてもらった。大家さん自身もアパートの1階に住んでいたので食事面では本当にお世話になった。


「そう、それならよかった。今はまだショックが大きいだろうし、大家としての事務的なものだけ先に伝えちゃうわね」


それから、大家さんからお金のことや今後の住まいのことについて聞いた。大家さんは他にも賃貸物件を持っているらしく、別の所に半年ほど無料で住まわせてくれるとのこと。火災保険が下りるとはいえ、無料で住めるとはありがたい。本当に。


「助かります。ありがとうございます」

「いえいえ、いいのよ。こちらの不備もあることだし。まぁ少し古い建物で申し訳ないけど我慢してちょうだい。それでいつ頃いけそう?」

「いつでも大丈夫です」

「じゃあ今日の午後にでもアパート前で落ち合いましょ。住所は・・・」


大家さんから聞いた住所をPCで検索する。住んでいた場所とさほど変わらない、地下鉄の駅一つ分離れた住所だった。よかった、これなら大学にも不自由なく行けるし、バイト先にも迷惑は掛からなそうだ。


「ありがとうございます。それでは午後に」


と言って電話を切る。他の不動産屋は知らないが、こんなに迅速で動いてくれて助かる、今夜は布団で眠れそうだ。・・・いや待てよ、寝具は火事で燃えたが、新しい部屋にそういうのはあるのか?買っていく必要があるんじゃないか?かろうじて財布と携帯は避難時に持ってきてはいたが、あの寝具は購入時、吟味に吟味を重ねて購入したものだ、今更ながらあれが燃えてしまったのはひどく残念だ。


それから数時間が経ち、大家さんとの待ち合わせの時刻となった。

聞いた住所付近をうろうろとしていると車に乗った大家さんから声をかけられ、一緒に向かう。そこには以前住んでいたものよりも、もっとレトロな建物がそびえたっていた。


「ワンルームだけどトイレと風呂付き。オートロックも無いし、扉のたてつきもあまり良くないけれど、とりあえずここがあなたの家よ、202号室ね」


1階に3部屋、2階にも3部屋、合計6部屋のそのアパートは外見こそツタや草で生い茂っていたが、室内は最近リフォームでもされたのだろうか、すごくキレイであった。トイレもウォシュレット付きだ。こんないいところに無料なんてありがたい。


「じゃあ、また何かあったら連絡するわね」

「これだけしていただいてありがとうございます。せめて俺も何かできることはありませんか?」

「いいのよ、ほんとに。こっちの落ち度だって言ったでしょ。それよりもこれからたくさんやることがあるんじゃなくて?」

「そう、ですね。とりあえず布団を買ってきますかね」

「そうね、それがいいわ。車が必要だったらいつでも言って。私、近くに住んでるからよほど忙しくなければ来れるわ」

「なにからなにまでありがとうございます」

「いいって言ってるじゃない。じゃあ鍵はここに置いておくから」


そう言って、大家さんは手を振りながら扉を出て行った。ベランダに出て大家さんの車を見送る。しばらくそこで風に当たる。川が近いからだろうか、よい風が頬に当たる。心地いいが、虫がすごそうだなと思った。さて、買い物に出かけますか、と意気込んだところで携帯が短く振動するのに気付いた。また電話かと思い取り出すと、それは充電が切れたという通知だった。


「充電器も買わなきゃな」


俺は大家さんから受け取った鍵で施錠し、家を出た。この辺の地理にはあまり詳しくないが、大家さんとの車の中で聞いた近くの大型ショッピングモールへの道を思い出しながら歩いた。ていうか寝具買いに行くんならあのまま大家さんに車を出してもらった方がよかったのでは、と思い後悔した。携帯の充電も切れているし、素手で持ってくるしかないか。いやこの距離歩いて持っていけるか?ひたすらに辛そう。


帰り道を想像し億劫となりながら見知らぬ道を歩く。そうだ、あとでこの辺を散歩してみよう。一番近いコンビニがどこにあるかも知っておきたいしな。川もあるようだから落ち込んだ時用に先に場所を把握しておこう。


これから来る新生活に胸を躍らせ、ミユちゃんのこともこのまま忘れようと思っていた矢先、ネット上では新たな波乱を迎えたことなど、今の俺には知る由もなかった。

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