友達のなり方
大学は冬休みへと突入し、俺は実家に帰る準備をしていた。
その最中、頭ではずっと東の言葉が反芻されていた。
『待ってあげますよ、藤宮さんの心が決まるまで』
心が決まるまで、というのはどういうことなんだろう。春宮にフラれたことは知らないだろうし、未だに俺の気持ちが春宮に向いてることは分かっていますということなのだろうか。そんなにバレバレなのだろうか。待っていてくれている、それは悪い言葉で言うならキープしているということだ。いつまで待ってくれているのかも分からないし、俺もそろそろ腹を括らねばならないのかもしれない。いや、でも。
否定言葉は自分を楽にする。そうと決めるのは自分だし、それに対して否定言葉を使うことで結論付けることもなくずっと先延ばしにできる。要するには逃げだ。時には人は逃げることも大事だという話もあるが、最終的にそれを決めるのは自分だ。先延ばしにしたところでいつかそれに向き合わねばならない時が絶対に来る。それが後か先かというだけ。
「はぁーあ」
午後の早い時間から荷造りを始めたのに、頭の中で回り続けるその問題のせいで一向に進んでいなかった。時計を見ると午後六時。陽もとっぷり暮れている。地元はすでに雪が積もっていることだろう。少しコーヒーブレイクと洒落こもうか。
特に待ち合わせをしていたわけではない、タイミングを見計らったわけでもない、本当にたまたまだ。ホットコーヒーが入ったマグカップを手にベランダへ出ると、春宮がそこにいた。正確には春宮の部屋のベランダに。
「よっ」
春宮がこちらに気付き、右手を挙げる。
「よ、よう」
あの件についてぐちぐち悩んでいたのは俺だけだったのだろうか。春宮は何事も無かったかのように普通だ。俺はこんなに悩んでいるのに。落ち込んでいるのに。
春宮のその様子に少しばかりの憤りを感じながら、部屋に戻るのも違うかなと思いつつ、そのままベランダの縁に背中を預ける。会話は、無かった。沈黙はコミュ障には耐えがたく、少し大きな音を立てるのを意識しながらコーヒーを飲む。まだ熱かった。舌を火傷した。
大人気新作ゲームの御三家よろしく口を開けて外気で舌を冷やしていると、ひと際強く冷たい風が吹いた。こちらもずいぶんと寒くなった。
沈黙を破ったのはまたしても春宮だった。
「聞いたよ、ラフメイカー。いい曲だね」
びくっと体が震える。もちろん寒いわけではない。春宮の方からあの話に触れてくるなんて想像もできなかった俺はまぁうん、びっくりした。
「鉄パイプ持ってくるとかありえなくない?」
「それは、歌だし。比喩じゃない?」
「そうだよね」
ちなみにだが、仕切り板は未だ修繕されていない。手配はされているはずだが、年明けにでも大家に聞いてみよう。
「好きなの?あのバンド」
「うん、中学生の時から追っかけてる」
「そうなんだ。他になにかおすすめあるの?」
ん?なんだ今日はグイグイ来るな。
「そうだね、やっぱり代表曲と言ったら、天体観測かな。あとファンに根強いものといったらKとかがいいよ、切ないけど。最近だと、朝ドラの主題歌にも起用されたなないろって曲がいい」
「あ、それ知ってるかも。話題になってたから」
「うん、聞いてみて」
坂口はあまり音楽を聴かない、赤坂は音楽は聴くがジャンルは全く違った。好きな音楽のことを話せる友人はいなく、こうして話すのは最高に心地よかった。
「ラフメイカーを聞いて君の気持ちが少し分かった気がする」
春宮は急に真意に触れた。
「私はいままで人を好きになったことがないの。恋愛感情も分からない。告白されることはたまにあったけど、よくわからなくて全部断ってきた」
俺は何も言えずに口をつぐんだ。
「だから、君のラフメイカーになりたいって言葉は今までのどの人とも違って少し揺らいだ。あんな風な告白のされ方は初めてだったから」
黙って春宮の話を聞く。
「んー、だから、なんていうのかな。ちょっとだけ君のことを知ってみようと思った」
風向きが、変わる。
「君の第一印象は最悪だった、もうほんと友達にすらなれないなって思った。でも、それから君のことを観察していたら思ったよりも嫌な人じゃないのかなって分かった。告白してくれたのも嬉しかった。でも私はさっき言った通り、人を好きになるってことが分からない。だから少しずつ分かっていきたいって思う。その相手を想像したら君が出てきた。だから君のことを分かろうと思う」
真剣な顔で春宮が続ける。
「付き合うとかはまだ失礼だ。何をすればいいかとかも分からないし、好きなのかどうかも分からないし。でも友達にならなれると思う。友達に、なりませんか」
強くてニューゲームなんて世の中にはない。でもこれならある。
コンティニュー。
「こちらこそ、喜んで」
まだ終わってなかった。この恋にはまだ『続きから』があった。もう少し、じたばたしてみよう。
連絡先を交換し、各々部屋へ戻った。
それからの荷造りが異常なほど捗ったのは言うまでもない。




