ゲームとココアは人を狂わせる
「SE(南東)方向より敵襲!わたしが前に出るからフォロー!」
「はい分かりました!」
「NW(北西)より別パ!牽制して!」
「はい!!」
「だーっ!お前どこから来たんだ!」
「はいすみません!」
「おめぇじゃねぇよ!!!」
「はい!!!!!!」
軍人演習?ちがうよ、これゲーム。
秋野さんと連絡先を交換してすぐ、俺らは一緒にあの時のFPSゲームをプレイすることになった。対面ではあんなに大人しかった秋野さんも、
「ちげぇよ!ここはNE(北東)方向から展開すんの!」
「はい分かりました!」
それはそれは教官のようなお姿へ変貌していた。
「くっそ!あと2パだったのに!」
ヘッドフォンの向こう側で何かを強く叩いた音がする。怒られているわけでもないのになぜか緊張する。例えば飲食店で店長らしき人がバイトの子を怒っているのが目に入ると、自分が怒られていると錯覚してしまうような、あんな感じだ。
「すみません藤宮さん、わたしゲームのこととなると性格変わっちゃって」
「いやいや全然大丈夫だよ、気にしないで」
一戦終わるたびに秋野さんはこうしていつもの大人しい感じに戻るのであった。ギャップすご。
「藤宮さんと一緒にするゲームたのしいです!」
「HAHAHA、ありがとう」
俺はずっと戦々恐々としているが。
ボイスチャットを始めてすぐに秋野さんが言っていたのだが、相手の顔を見る必要がない分、ボイスチャットでは饒舌になってしまうのだそうだ。声がすごくかわいいので対面でもたくさん話してほしい。
「今日はこの辺で終わりにしましょうか」
「あ、そうだね、もうこんな時間か。長々と付き合わせてしまい、申し訳ない」
「いやいやわたしの方から誘ったんですから!」
「まぁじゃあどっちもどっちってことで」
「そうですね」
秋野さんからふふっと笑い声が漏れる。
「学校でも話しかけていいですか?」
「もちろん!楽しみにしてるよ」
「ありがとうございます!ではまた!」
「うん、また」
ぶつっというボイスチャットが切れる音を確認してからヘッドフォンを外す。時計を見ると時刻はすでに24時を回ろうとしている。16時から始めたから8時間プレイしていたのか。そりゃ目がシパシパするわけだ。
16時時点は、まだ陽が出ていたのでカーテンは開けっ放しだった。閉めようと近付いたところ、ベランダに人の気配があるのを感じた。覗き込むと、春宮がベランダの縁に腕を乗せて外を眺めていた。こんなに寒いのに、どうしたんだろうか。ちなみに、ベランダの仕切り板は全交換となるらしく一時的にすべて取り外されている。
秋野さんとのゲームで舞い上がっていたのだろうか。少しテンションの高かった俺はあることに思いつき、踵を返してキッチンへ向かった。
「外はもう寒いよ、大丈夫?」
ココアが入った2つのマグカップを手に俺はベランダに躍り出た。こういう気遣いができる男が地味にモテるんですよね。知らないけど。
「こんばんわ」
春宮はこちらを見てぼそっとつぶやいた。心なしか、少し落ち込んでいるようだ。俺が差し出したマグカップを手に取ると、「ありがとう。あったかいね」と頬をこするような仕草をした。無性に気になって東の部屋を見やると、電気が消えており物音ひとつしなかった。邪魔はなさそうだ。
2人並んで川を眺める。時折、ずずっとココアを飲む音以外は何も聞こえなかった。冬特有のあの突き刺さるような空気とシンと静まった空間に、世界に2人しかいないみたいだと錯覚する。当時は「ばっかでー!そんなことあるわけないだろ!」って思ってたけど実際にあるもんだな。しかもそれが、好きな人となんて。
「私ね、友達を傷つけちゃったかもしれないの」
2人の空間にニヤニヤとしながら酔いしれていると、春宮がぽつぽつと話し始めた。
「いつも遊んでた友達だったんだけど、ほら、友達の境界線ってあるじゃない?この友達はここまで喋っていい、この友達はこれは喋っちゃダメ。そんな感じのこと」
「でもこんな言い方したくはないんだけど、ちょっと私、調子に乗ってたのよね。その境界線を無視しちゃってその子にひどいこと言っちゃった。あんまり強い子じゃないからその言葉で傷つかせたかもしれない。そう思うと眠れなくなって」
「謝った方がいいとは思うんだけど、勇気が足りなくて」
そこまで話すと春宮は黙りこくってしまった。
確かに俺は友達が多い方ではないが、なんでも話せる坂口とは違ってまだ赤坂には話していない、話せないこともある。そういうことだろう。
「俺さ、小さい頃に両親を亡くしてるんだ」
何を言えば正解なのか分からなかった。だから正直に自分の気持ちを伝えることにした。
「事故でさ。物心つく頃にはもう親戚の家にいたから、写真の中でしか両親を知らないんだよ」
春宮は俯いたまま、時折相槌を打ちながら俺の言葉に耳を傾ける。
「親戚とはいえ、やっぱり遠慮しちゃってさ。その家には女の子がいたんだけど、その子ともあんまり仲良くなくて。俺は逃げるように高校卒業と共に家を出た」
ココアが、ぬるくなってきた。
「しばらくしてその家から荷物が届いた。たくさんの食材と、封筒。その中には俺名義の預金通帳と手紙が入ってた。そこには『あなたの家はここなんだからいつでも帰っておいでね』ってあった。なんでか無性に涙が出てさ。ずっと甘えてほしかったのかなって思ったらもうだめでさ。笑っちゃうよね」
川の方で小さく魚の跳ねる音がした。
「だから、なんていうかな。ありきたりなことを言うけど、言葉って思ってるだけじゃ伝わらないんだよ。ちゃんと話さないと。謝りたいなら、謝らないと。話そう、ちゃんと」
顔を上げた春宮がこちらを向く。何かを言おうとして口をつぐむ。
「でも・・・」
その顔がなぜだかひどく愛おしく見えて、俺はずっと思っていたことを口に出してしまった。
「俺は春宮が笑顔でいてくれないといやだ」
「・・・え?」
「俺は春宮の笑顔が好きだ」
その口は止まらなかった。
「俺は春宮のラフメイカーになりたいんだ」
「なに、それ」
「春宮の元気がないときは笑顔にさせてあげたいし、ずっと笑顔でいてほしい。できればずっと、隣で」
「それって・・・」
「春宮のことが好きなんだ。付き合ってほしい」
一目ぼれから始まったこの恋。止まれなかった、伝えてしまった。時期尚早だと思った。でもだめだった。伝えずにはいられなかった。これから育んでいけばいいんだ。
そんな恋は、
「ごめん、そういうことはまだ考えられないかな」
という春宮の声で終わった。
「先に部屋戻るね。相談のってくれてありがと。またね」
春宮はバツが悪そうに部屋へ戻った。
そこに残るは、空のマグカップが二個と魂が抜けて弁慶のごとく立往生をしている成人男性の姿だけだった。




