家よりも大事なもの
翌日。漫画喫茶の一室に俺はいた。自分のSNSにアクセスし、トレンド、今何が世界で注目を浴びているか、という項目に目を通す。日本でのトレンド一位は、と・・・
『小鳥遊ミユ、彼氏発覚』
俺は再度、頭を抱えた。スマートフォンを放り投げ、夢じゃなかったのかと昨夜のことを思い出す。そういえば俺は自分の住む場所も無くしたんだった。
昨晩、俺は呆然としながらもだんだん燃え広がっていく自分の家を見ていた。自分の家が無くなっていくのも最高にショックだったが、なによりもミユちゃんに彼氏が、というか結婚も視野にいれているとは、自分が滑稽すぎて笑ってしまう。
「ちょっとあんた、大丈夫かい?」
下の階に住むおばさんが俺に話しかけてきた。
「って、あんた泣いてるじゃない。そんなにショックだったの?」
そりゃ毎週行われる生放送に毎回赤スパ投げてた子に裏切られたんたぞ、ショックじゃないわけあるか。なんて言えずにただ泣きじゃくっていると、誰かが通報したんであろう、到着した消防隊員の一人が近寄ってきた。
「こちらにお住まいの方ですか」
それにおばさんが対応する。消防隊員が言うには、通報の遅れと建屋が木造なため、おそらくこれから消火活動を行っても全焼となることは避けられない可能性がある、とのことだった。いっそのこと、俺も燃やしてくれないかな。
消防隊員の方々の必死な消火活動を遠巻きで眺めながら、ふと焼きそばを食べるために沸かしたあのお湯はどうなったのか、と頭をよぎったが、考えないことにした。たぶん、ちゃんと消した。うん。それにしてもよく燃えるなぁ。木造だからか?ミユちゃんも今夜か、明日の朝ぐらいには炎上するだろうし、俺の家も炎上ってか、はっはっは。笑えねぇよ。
消防隊員が俺に近付いてきて、出火に対して心当たりはないかと尋ねられたが、俺は気が気じゃなかったのもあり、本当のことをいうことができなかった。特に思い当たりません、と告げると連絡先を聞かれ、消防隊員は他の住民の所へ向かった。本当に俺だったらどうしよう。ミユちゃんと火事、その二つの問題が一気に押し寄せてきたので、もうほんとに死んでやろうかと思った。
気付いたら消火活動が終わっていた。やはり全焼となってしまった。火の元確認のため、消防隊員が数人、敷地内へと歩いて行った。俺はなぜかちゃんと部屋から持ち出していたスマートフォンでSNSに『家燃えた。終わった』とつぶやいた。悠長である。
それから手当たり次第、友人に今日泊めてくれないかと連絡を試みたが、誰も都合が合わなかった。薄情なやつらだなぁと思っていたら、敷地内に入っていった消防隊員の一人が俺を含む居住者たちの方へ歩み寄ってきた。
「原因は漏電でした。一階廊下から火が出たと考えられます。今後のことは明日にでも連絡があると思います」
心底、安堵した。少なくとも一つの問題が解決した。俺のせいじゃなくてよかった。
いつ来たのか分からないが、大家が警察と話をしている。
身寄りがいない俺にとっては今後のことについて相談したかったが、忙しそうだったので明日改めて連絡をすることにしよう。
居住者たちはおそらく家族たちに連絡しているのだろう、スマートフォンを持って右往左往している。俺はそっと、その場から離れた。