エスパーな親友と物静かな女の子
翌日。
それこそ俺は飛び跳ねるように大学へ向かった。恋をすると人はこんなにも心が、足が、軽くなるのか。油断すれば顔まで綻んでしまいそうだ。気を引き締めないと。
顔に力を込める。なんとか嬉しい気持ちを閉じ込める。しかし、それは坂口の、
「なにニヤニヤしてんの」
という一言で失敗を悟った。
「なんでこんなに広い構内で坂口にこうも会うんだろうか」
「そりゃお前、友達だからじゃないか?」
「こええよ、もうストーカーの域だよ」
今日も今日とて坂口と遭遇した俺は、講義終了後に一緒に昼食をとることとなった。
席につくと、開口一番、
「新しい恋でもしたのか?」
と、坂口が聞いてきた。エスパーかよ。
「新しいって、だからふられてないんだってば」
坂口は未だに信じ切れていないようで、俺は失恋したと思い込んでいる。
「でもその顔、分かるぜ。女だろ」
繰り返すが、坂口は大学に入ってからできた友人だ。幼馴染とかそんなものでも全くない。なのにこいつはなんでもすぐに当ててくる。俺が分かりやすすぎるだけなのか、ほんとに坂口がエスパーなのかどちらかだ。
「ところで、なにか良いバイト先知らない?」
俺はこれ以上、胸の内がばれるのを恐れて強引に話を変えた。
「急だな。金が入用なのか?」
「ちょっと最近、出費が多くてさ」
vtuberに金を使ってることは絶対に言わない。これからも言うことはないし、言ったことも無い。
「今すぐにはちょっとわかんないなぁ。どっかあったら連絡するよ」
「ありがとう」
坂口はその顔の広さでまさかのバイト先まで斡旋ができるのだ。うわさ話や又聞きでだいたいの情報が坂口に入ってくる。情報屋かよ、と以前つっこみをしたことがあったが、その時坂口は一瞬だけ険しい顔をしたかと思ったらすぐに高笑いをしていた。否定も肯定もしないのか、と思ったがこの話題には二度と触れない方がよさそうだ、と思った。
「じゃあ、後で連絡するわ」
そう言って、坂口は席を立った。
「あ、そうそう」
坂口は足を止め、こちらを振り向いた。
「あんまりvtuberに金使うなよ」
と言って、坂口は去っていった。
あいつはどこまで知ってるんだろう。
次の講義まで時間があったため、そのまま時間をつぶしていると東が遠目で見えた。避けられているのか確証は無かったが、こちらからは話しかけない方がよいと思い、見て見ぬふりをする。すると、東は足早に駆け寄ってきた。
「藤宮さん、これからお昼ですか!?」
例えば、もし東に尻尾があったら今頃はぶんぶんと振っていそうな様子で、目をキラキラさせながら話しかけてきた。
「もう終わったよ」
「えー、ずるーい!私とごはん食べるって約束したじゃないですか!」
「いつ誰がそんな約束をしたんだ」
そんな他愛もない会話で、「よかった、避けられてなかったんだ」と安堵していると、東ともう一人友達らしい子が一緒にいることに気が付いた。
「東さん、その子は?」
「下の名前で呼んでっていったじゃないですか!!」
「言ってないだろ」
「ちぇっ。この子は私の友達で秋野雫ちゃんっていいます」
ぺこっと後ろにいた女の子が顔を出す。
東とは正反対のとても大人しそうな女の子だ。一瞬だけ目があったかと思ったらすぐに逸らされてしまった。恥ずかしそうに顔を赤らめて俯いている。ちょっと似た空気を感じるな。
「この子は私のなので、触っちゃいけないですからね!」
言いながら、東は秋野をぎゅっと抱きしめる。
パーカーにショートパンツという出で立ちの東だったが、それでもその胸はパーカー越しでもぎゅっとつぶれているのが分かる。いつかもっと仲良くなったら何カップか聞いてみよう。
「あ!いやらしい目してる!いこ、雫ちゃん!なにされるかわかったもんじゃないよ!」
東はそう言って秋野を連れていく。秋野は東にいつも振り回されているんだろうなと、その様子を見ながら思った。ただ、最後にこちらを見て小さく頭を下げていたので、悪い子ではなさそうだと感じた。
「あんな正反対な友達もいるんだな」
俺の日常はこうして過ぎていく。