金の落とし方には自信あり
それから数日経ち、俺は未だに頭を抱えていた。
なんで俺は春宮にあんなことを。何もフラグも立っていないのになぜあんなことを言ってしまったんだ。春宮は知らないふりをしてくれたが、あれで俺の気持ちに気付いたしてもなんらおかしくはない。そして俺はその時のことを思い出してはごろごろと部屋の中を転がり回るのであった。
その間、なぜか東の襲撃は不思議と無かった。
てっきりこれからも何かと理由をつけて訪問してくるだろうと思っていたが、なんの音沙汰もなく、大学でも会うことはなかった。まぁ東に対しても事故とはいえ押し倒すなんてことをしてしまったんだ、それも無理はない。
なんとか現実から逃れようと動画サイトを開く。
またしても西連寺夢子が生放送をしていた。
動画こそ見てはいなかったが、SNSで彼女をフォローしているため、生放送開始の通知は受け取っていた。いやしかしここ毎日生放送をしているのではなかろうか。
たかが配信といえど、2時間近くも一人で喋るのだからそれは疲労感がすごいことだろう。配信したことはないから分からないけど、一人で2時間なんて考えるだけで嫌になる。
そのまま西連寺夢子の生放送を見ながら、ふと春宮のことを思い出す。
以前の生放送で隣室からも同じ音が聞こえてきたというものだ。
当時は、たまたま同じ動画を見ていたから、ということで結論付けたが、今になりほんとに同一人物だったらと考えるようになった。まぁ例え、同一人物だとしてもどうしようもないのだけど。
画面の中の夢子はチャットでリスナーと雑談をしているようだった。リスナーからの質問に夢子が答え、リスナーは滞ることなく夢子に質問や最近あった面白いことをチャットにして投げかける。質疑応答のようなものだ。春宮はそんなに知り合った仲でもないが、どちらかというとガサツな方だと思う。しかし、夢子はそれはそれはお嬢様で春宮とは似ても似つかない。やはり、同一人物説はありえなそうだ。
最初こそSNSを見ながら生放送をBGM代わりとして聞いていた俺だったが、気が付けば画面を食い入るように見入ってしまっていた。夢子の一挙手一投足に全集中を注いでいた。そして静かに鼓動が高鳴る。喋り方や声、立ち振る舞い、言葉の選び方など俺の大好きポイント総なめ選手権だったらぶっちぎりの優勝だった。
心臓の脈が速くなる。小鳥遊ミユの悲劇から数か月。俺は新たな宿り木を見つけた。俺という名の鳥がようやく静かに休める場所を見つけた。飛び続けるのにはもう疲れた。ただただ、静かに休める場所が欲しかった。もう、休んじゃってもいいよね。
これは配信者によって様々だろうが、夢子は生放送の最後にスパチャをくれた人の名前を一人ずつ呼んでくれるコーナーを設けているようだった。そして、そのコメントが生放送中に読まれていなかった場合に、改めて返答をするというシステムだ。知らぬ間に夢子は有名人気vtuberとなっていたようでコメントの流れも非常に早かった。そりゃこんだけ可愛くて声も可愛くて話し方も上品だったら人気がでないわけがない。
コメントが読まれていくのを羨ましく思いながら眺めていると、知らず知らずのうちに手が動いた。それはもう今まで何度も何度も反芻した動きだ。もはやもうそこに俺の意思は無いとも言える。手が勝手に、とはよく言ったものだ。そしてコメント上に赤く彩られた文字が新しく現れる。
『応援してます!』とんがり
またやってしまった、というような後悔など微塵もない。今俺にあるのはただこの子を応援したいというその気持ちだけ。無収入?そんなもん知るか。俺はこの子を応援したいんだ!!!
コメントを読み進める夢子が俺の赤いスパチャに気付いた。
その顔がぱぁっと明るくなる。そう、この瞬間が好きなんだよ。気付いてくれた瞬間がさ。夢子はすぐに、
「わぁっ、とんがりさん赤いのありがとうございますっ!はじめましてかな?今までコメントもらったことないよね?初めてが赤いのなんて私すっごくうれしいっ!夢子の配信で癒されてくれたらうれしいなっ!ありがとうっ!また来てねっ!」
俺の恋が始まった瞬間だった。