新しい挑戦者が現れました!
それから、二人並んでコテージへ戻った俺たちは挨拶もそこそこに自分たちの部屋へと戻った。湯上りゆえなのか、それとも名前を呼んだという恥ずかしさからなのか、顔の熱は未だにとれずにいた。しかし、好きな人を名前で呼んだという高揚感と独占欲から俺はそれはもう非常に滑稽なほど舞い上がっていた。それは同室であった赤坂が部屋に帰って来てからも続いていた。
「おう、早かったね藤宮」
「えー?うーん、そうだねぇ」
「うわ、顔がきもい」
理由を話せないもどかしさから、俺は赤坂に向かって枕を投げた。赤坂は怪訝な顔をしながらも、自分の枕を投げてよこした。それが決戦の合図だった。実弾が二つしかない枕投げ。片方が二つの枕を独占してしまえば簡単に終わるような戦い。しかし、二人ともその手法をとることはなかった。この歳になっても枕投げとか、と嘲笑されるような気がしたが、今はそれが楽しくて仕方なかった。千夏ちゃんの「うるさい!!!早く寝てください!!!」という一喝がくるまでそれは続いた。おかげでその夜はゆっくりと寝れた。赤坂のいびきで何度か起きてしまったが。
翌朝。いつもより少しだけ早起きした俺は顔を洗いに洗面所へ向かった。窓からはアホみたいな日光が差し込んできている。昨晩は確かにカーテンが閉まっているのを見ていたから俺よりも先に起きている人がいるのかもしれない。
静かに階段を降りるとリビングのソファに美冬が座っていた。
「もう起きてたの?」
美冬は振り返ってこちらを見た。その手にはコーヒーカップが握りしめられている。
「うん、まぁ」
罰が悪そうな顔で美冬はコーヒーカップの縁を手でなぞった。
「春宮さんと仲直りした」
「・・・そうか」
謝れたのか、と俺は一人安堵した。
「・・・春宮さんのことが好きなの?」
「え?」
心臓がキュッとする。なんと言えばいいのか逡巡する。
「春宮さん、いい人だもんね。かわいいし」
美冬は誰に言うでもなし、中空に向かって呟いた。
少しの沈黙。美冬は続けて口を開く。
「昨日、二人で川にいる所、見ちゃった」
「仲良さそうで正直、嫉妬した」
「私が、一番、柚季の近くにいたのに」
「あんなに一緒にいたのに」
「私じゃ、だめなの?」
顔を上げると、いつの間にか美冬はこちらに向かって真っすぐに立っていた。
「私は、柚季の一番になれないの?」
少し涙を含ませた瞳で俺を見る美冬。
「俺、俺は・・・春宮が」
そう言いかけた時、俺の脇をすり抜けて秋野が現れた。足音もしなかったのでその急な来訪者にひどく驚いた。それこそ飛び上がるほどに。
「お熱いですね、お二人さん」
眼鏡をくいっと上げながら秋野は俺たちの顔を交互に見た。
「朝っぱらから恋愛リアリティショーですか?」
すぐさま目線を秋野から逸らした。なんでこんなタイミングで。そしてなんかちょっとキャラがぶれてる。
「橘美冬さん」
「え?はい」
俺のことを無視して美冬の傍に立つ秋野。嫌な予感がする。
「あなたも参戦しませんか?」
ほら来た。
「参戦?」
「今、私たちは藤宮柚季争奪戦の真っ只中にいます」
なにその名前。
「争奪戦?」
美冬は聞き返す。
「そうです、実はあなたのライバルは他に二人います」
「二人!?」
美冬の突き刺さるような視線が俺に放たれた。朝の日光よりも鋭いそれに俺はまたもや目を逸らす。
「そうです、東千夏と、私秋野雫も藤宮柚季を愛しています」
「愛・・・して・・・?」
「臆病な藤宮さんは誰か一人にすることもできず、右往左往としています。滑稽ですね」
ちらとこちらを見やる秋野。それにはいやらしい笑みが張り付いていた。
「業を煮やした私たちは時間制限を設けました。今年のクリスマスまでに一人を選ばないと全員藤宮さんの前からいなくなる、と」
え!?それは初耳!?そう思いながら秋野を見ると綺麗にウィンクしてみせた。
「クリスマス・・・」
「でも私たちもそれまでただ指をくわえて待っているわけではありません。それぞれ自分の武器で藤宮さんを手に入れるため、奮闘している真っ最中なのです」
胸を張る秋野。ちょっといたたまれなくなってきた。
「柚季は物じゃない」
憤慨したように語気を強めて美冬はそう言った。
「もちろんそれは分かっています、でも藤宮さんが悪いんです。どうせ一人が幸せにできるのは一人だけだというのに、この子も可愛い、こっちも可愛いと目移りしてばかり。こうでもしないと自分の気持ちにふんぎりがつかないでしょう。学生の時間なんて貴重なのです。こちらも希望のない一人の人間に割いているような時間はないんです」
喋っているうちにヒートアップしてきたのか、美冬の口調も強くなっていた。
「さぁ、どうです、橘美冬さん。あなたも参加しませんか?」
握手を求めるように手を差し出す秋野。美冬はそれと秋野の顔を交互に見比べてから口を開いた。
「手段は問わないのね?」
「それはもちろん。料理でも言葉でも色仕掛けでもなんでもいいですよ」
意を決した顔で秋野の握手に応える美冬。
「やるわ」
「分かりました」
そうして二人で熱い握手を交わしたあと、こちらを振り返って秋野は微笑んだ。
「正式に四人目の候補が現れましたよ、藤宮さん?」
とりあえずこれを俺の目の前でやるなよ。