川の流れのように
川とは素晴らしいものだ。川の流れと言うものはいつも同じではなく常に変わっていくものだ。それはまさに人生と同じもの。誰一人として同じものはなく、その人によって変わっていくものだ。なるほど、確かにこれは歌の案になってもおかしくはない。そりゃいつまで経っても色あせないわけだ。川は人生。そう。そういうこと。
「一人で何を喋ってるんだ?」
坂口が振り返りながら怪訝な顔をした。
「人生と言うものに焦点を当てて考えてみた」
「なんだそれ」
笑いながら坂口はそう言った。
春宮が連れられて行ったあと、一人であのコテージにいるのも忍びなく、坂口たちが釣りをしていた川に降りてきた。川の横幅は10メートルくらいだろうか。そこまで大きな川ではないが、水は透明に近く、身を乗り出せば川底まで見えそうだ。
「藤宮は釣りやんないの?」
坂口と並ぶようにして釣りをしている赤坂もそう言ってくれるが、俺はなぜか気乗りしなくその申し出を手で制した。
「俺は人生というものに考えるのに忙しいんだ」
遠藤さんがそれを聞いて吹き出した。ひどい。
「春宮さんと何かあったのか?」
気付くと、坂口が釣り竿を置いて俺の横に腰かけてきていた。
「エスパー?」
「なにが?」
屈託のない笑顔でそう返してくる坂口。
「いや別にないよ、ほんとに」
「ほんとか?」
「ほんとだ」
本当だ。別に心配されるようなことはない。何かあったのは本当だけど。
「そうか、ならいい」
どこか寂し気な表情でまた釣り竿を取りに行く坂口の背中を目で追いながら「でもこいつ情報集めるの好きだからただ心配しただけじゃなさそうだな」と思った。
釣り竿を振る面々を横目にただ川を眺めていたら夕飯時になった。ぼーっとするのは好きだ。時間が早く過ぎてしまうのは残念だけど。「そろそろ飯だな、戻るか」そう言いながら釣り竿を手に戻ってくる坂口たちの後を追って俺もコテージへ戻った。
扉を開けると温泉組もすでに戻ってきていたようだ。つけっぱなしのテレビを他所に談笑している。それを横目にキッチンへ向かった。すぐその輪に入れないのは、もう説明は不要だろう。
「なになに?なんの話ー?」
そう言いながら赤坂と遠藤さんがその輪に入っていく。強い。これが俺にないものか。目線をそらしながら俺はいつの間にか届いていた食材の前に立った。予約時にコテージの管理者に注文をしておくと、コテージに肉や野菜、あとバーベキューの道具などが届けられるシステムを注文したと言っていた。それがこれである。
「もう準備するのか?」
坂口がカウンターの奥から声をかけてくる。
「野菜とか切るだけだし、ちゃっちゃとやっちゃおうかと」
別に俺が入れる場所が無いからやることもなく暇なわけではない。断じて。
「私、手伝おうか?」
春宮が先ほどの輪の中からそう声をかけてくる。当然、その中の会話は止まり、皆の視線が俺に集まる。やめろ、見るな。
「いや大丈夫。くつろいでて」
包丁を探すふりをしながらその視線から逃れる。少しずつ慣れてきたとはいえ、やはりその目はまだ怖い。
「分かった、ありがと」
春宮のその言葉を最後に俺へ向けられた視線はすべて無くなった。少し寂しかった。人見知りのかまってちゃん、それほど面倒くさい人種は無い。
ピーマンや玉ねぎをざっくばらんに切りながら会話に耳を澄ましていると二階から足音が聞こえた。会話に夢中な面々はそれに気付かず、俺だけがそちらに目を向けた。目をこすりながら美冬が降りてきたのだ。
美冬は笑い声をあげる一同を一瞥した後、真っすぐに俺の横に立った。そして、俺と同じようにして具材の準備を始めた。俺は緊張した。何を話せばいいのか、どこから切り出せばいいのか、何か会話をした方がいいのか、そう考えていた。しかし、それは俺の独りよがりだった。美冬はほどなくして口を開いた。
「さっきはごめん」
俺は日中に行われた騒動を思い出しながら、こいつ謝ってばかりだなと素っ頓狂な事を思った。
「それは俺にじゃないだろう。謝るべきは他にいるはずだ」
「そう、だね」
会話はそこで終わった。