初めての告白はカシスオレンジの匂い
理想の自分、というものを想像したことがあるだろうか。
例えば、明日に控えているテストで高得点を取り、周りから表彰される自分。例えば、会社のプレゼンで自分の伝えたいことを最大限に伝えることができ、大成功する自分。例えば、想像していた通りの創作物をそのまま形にできた時の自分。
千差万別。おそらく一人一人その理想の自分というものは違うだろう。人の数ほど、それは違うと断言できる。そして、俺のそれは『女の子に告白される自分』だった。
「私と付き合ってもらえませんか!」
今日知り合った彼女、東さんはそう俺に言った。
まさに理想の自分を体現したのだ。嬉しくないはずがない。東さんはその容姿でもってしても、俺なんかとは釣り合わないぐらいだ。前述したとおり、東さんは小柄で可愛らしく、ただその身長へ行くはずだったエネルギーはすべて胸に集約されたのではというほどのをお持ちで、髪は一切、染髪したことがないのではないかというぐらい真っすぐにして綺麗な黒。まさに全男が夢にまで見た最高に可愛いロリ巨乳が東さんであった。
それほど可愛い子が俺に告白してくれているという現実に俺はただただ打ち震えていた。ただ、それと同時に疑念が膨れていた。
罰ゲームとかなにかか?
いや、俺も仕方がないと思う。もう言ってしまえばこんな性分なのだ。旨い話には必ず裏があるとそう考えることしかできないのだ。だってこんな根暗コミュ障だぜ。ありえないだろ。きっと俺があの飲み会で席を外した時に何かしらのゲームが行われて、じゃあ奴にちょっと夢を持たせようみたいな感じでこんなことになったんだ。いや、でも待てよ、あの飲み会後の坂口と赤坂の態度からいってそんなことはありえるのだろうか、あんな単純なことで片方はひどく後悔し、片方は今日会っただけというやつのためにあんなに怒ってくれた。女性側の提案だとしてもあの二人がそれを止めないはずがない。
あ、そうか、分かった。俺はこれから壺を売られるんだ。あのなんか誰が作ったのかわかんないあの高いやつ!
そこに帰結した俺は、じゃあちょっとこの子を困らせてやろうという気持ちになった。ちょっとめんどくさいやつを演じれば売られることもないだろう。すぐに立ち去ってくれるはずだ。せっかく告白まがいのことをしてくれたんだからそっち方面で困らせてやろう。
勇気を振り絞ってくれたのか、はたまた演技なのか分からないが、東さんはその可愛いくりっとした瞳を少し潤させながらじっと俺の返事を待っている。その瞳に少し罪悪感を感じながらも、俺は質問を投げる。
「えっと、その、気持ちは嬉しいんだけど俺のどこを好きになったの・・・?」
東さんはその問いに少し逡巡としながら、でも必死に言葉を紡ぎながら言った。
「大学構内であなたを見ました。半年前ぐらいのことです。講義が終わって帰ろうとしたときに雨が降っていたので鞄から折り畳み傘を取り出しました。ふと、横を見ると傘を忘れたであろう人が立ち往生をしていて、傘を貸そうか悩んでいるとあなたが颯爽と現れ、その人に傘を渡してすぐに雨の中を走っていきました。その姿がヒーローに見えて」
ピュアかよ。
半年前のことなど記憶にはさらさら無いが、当時は小鳥遊ミユを全力で追いかけていた時だ。おそらく生放送の時刻が近づいていたせいで余程急いでいたのだろう。むしろ傘が無くなって喜んでたぐらいだきっと。
「それから構内でたまにあなたを見かけたので知り合いづてにあなたのことを聞きました。最近まで登校していなかったことも聞きました。少し心配でしたが、こうして今日あなたと会えただけで嬉しかったんです」
ごめんなさい、それも小鳥遊ミユ関係です。ほんとに凹んでいたんです。
「今日の飲み会でもあなたの優しさを再認識しました。人への気遣いが長けており、自分のことなんて後回し。その姿を見ていて私、気付いたんです。あ、これって恋なんだなって」
え、やだ、好きになりそう。
「思えばずっとあなたのことを目で追っていた気がします。ずいぶん見かけるなって思っていたけど、違ったんです。私があなたのことを追っていたんです。もうこれって好き以外ありえないですよね」
てへへっと顔をくしゃっとして笑う東さん。壺を売られるなんて勘ぐってごめんなさい。
ほんとに可愛い子だなって思った。こんな子に告白されるなんて俺は本当に幸せ者だ。
「・・・返事を聞かせてもらえないでしょうか」
ありがとう。ほんとに嬉しい。でも俺の口から出たのは、
「ごめん、ちょっと付き合えないかな」
という意外な一言だった。