突然の申し出
一度に五人もの人間がいなくなったものだからあんなに騒がしかったリビングは急に静まり返ることになった。春宮の様子を伺うと、コテージが珍しいのか、キラキラした目で内装を眺めている。なにそれかわい。
美冬はロッキングチェアに座りながら携帯をいじっていた。現代っ子だ。こんな時ぐらい自然を楽しめばいいのに。と、そんな美冬が急に、
「春宮さんって言いましたっけ」
春宮に声をかけた。
「え、あ、はい?」
コテージの全容を確かめようとしたのだろう、立ち上がろうとした春宮がその声に止まる。
「先日の柚季の演説はどうでしたか」
携帯から視線を上げずに、何の感情もこもっていないような声色でそう聞く。そうだ、美冬も同じアパートに住んでいるのだからこの間の誕生パーティの一連が聞こえなかったはずはないのだ。全く考えてなかったけど。でもこの聞き方は少し意地が悪い。そう思い、間に入った。
「お前、そういう言い方は」
「柚季は黙ってて」
ぴしゃりと言い放たれ、俺はもう何も言えなくなる。兄の尊厳とは。
「どうだったんですか」
依然、顔を上げない美冬は続けざまにそう言った。
春宮は少し緊張しながら、「嬉しかったよ、私のことを想ってくれてて」と言うが、美冬はそれに返事をしなかった。俺が実家にいた時の『話しかけるな』状態の機嫌の悪さが伺えた。正直、トラウマである。
しばらくして、携帯をポケットに勢いよく入れて立ち上がる。何かされるのではないかと身構える。一呼吸おいて美冬はこう宣言した。
「言っておきますが、柚季は私のなのであんまりちょっかいかけないでもらえますか」
きっと春宮を睨みつけ、コテージから出ていく。それ以上何も言わせないと背中で語る美冬を見送りながら台風一過ってこういうことを言うんだなって思った。
「あの子が噂に聞いていた妹さん?」
「あぁ、そう、橘美冬。」
「はー、すごい子だね」
「まぁ、物おじせず言いたいことを言いまくるやつだけど、よかったら仲良くしてあげてよ」
「うん、同じ部屋だし。なんとかするよ」
「よろしくね」
今のことがあったおかげで前途多難だなぁとは感じるが、春宮だったらなんとかするだろう。そんな安心感が春宮にはある。
「藤宮はどこか行かないの?」
「お昼ごはん食べすぎたから、ちょっと休憩してから決めるよ」
「そっか、じゃあさ・・・」
そこで春宮は言い淀む。その様子を見て、俺の頭に昭和の漫画よろしく電球が光り輝く。脳内では、ある有名なセリフが浮かんだ。
『狭い密室、男女二人、何も起きないはずが無く・・・』
という妄想は、
「コテージ探検しよう!!!」
そう言う春宮のキラキラした目に打ち砕かれた。それはそう、そんな展開にはならない。知ってた。いつもそう。
「まぁいいけど」
「やった!じゃあついてきて」
そう言いながら春宮は先に行く。ソファから立ち上がりその後を追った。
このコテージは、玄関を抜けるとLDKになっている。右手にキッチンがあり、左手には大きめのソファとテーブル。その間を抜け、廊下の突き当り右手の扉がトイレ、正面は風呂、左手には洗面所がある。リビングの後ろには二階に続く、途中に踊り場がある階段(のちに調べたが『かね折れ階段』というらしい)があり、そこには四部屋のツインルームがあった。これでこのコテージの全容はすべてだが、中でも特筆すべきは風呂の広さ。大の大人四人が足を伸ばして入れるほどの広さだったが、近くに温泉があるのでこれに入ることはきっとないだろう。そして、もう一つ。キッチン脇の外に繋がる扉を開けると、そこには屋根付きのウッドデッキがあり、なんとBBQコンロが備え付けられているではないか。もうそれだけで気分は最高潮、ウッドデッキの階段を降りるとファイヤーピットまである。このロケーション最高すぎるぞ。
ウッドデッキの背もたれに身を預けると小さな森の奥に川が見えた。おそらくあそこに坂口たちは向かったのだろう。あとで見に行ってみるか。そう思いながら、風を感じていると、隣に同じように並んだ春宮が、
「そういえばさ」
と言った。目を向けると、
「千夏ちゃんは下の名前で呼ぶんだね」
目を伏せながら悲しそうに呟いた。
「あー、うん、そう呼べって言われたから」
罰が悪いというのはこのことだろう、俺はしどろもどろになりながらそう答える。
「お願いしたらそう呼んでもらえるの?」
「えっと、うん、そうだね」
「じゃあ私のことも下の名前で呼んでよ」
急な突風が吹いた。なびく髪を必死で抑えながら春宮はそう言った。