人は小さいことでも幸せになれる
平日は大学へ行き、週末は準備に明け暮れていたらすぐにゴールデンウィークとなった。準備が全然苦ではなかったのはもしかしたら俺も結構楽しみだったからかもしれない。出不精だけど、そういうアウトドア的なのは好きな方なのだ。山育ちだしね。
昨晩に千夏ちゃんからメッセが届いた。集合場所は最寄り駅とのことだが、前回のスキー場の時みたく電車で行くのか?と聞いたら当日のお楽しみです、と返事がきた。つまるところ、行先も移動手段も知らされていなかったわけだ。そんなわけで俺は当日の9時に大量の荷物を持って、駅前でメンバーを待つこととなった。集合時間ぐらい教えてくれよ。
程なくして、今回の主催者である千夏ちゃんが現れた。荷物は少し大きめのリュックだけだ。
「あれ、藤宮さん、早いですね。まだ集合時間の30分前ですよ、てか荷物多すぎません?」
「俺に集合時間って教えてくれたっけ?」
「え?あー、へ、へへ」
わざとらしく後頭部に手を当てながら笑う千夏ちゃん。少しいらっとする。
「なんでそんなに荷物多いんです?」
「だって山に行くんでしょ?寝袋とテントとあと飯盒とか?いるじゃん。忘れる人もいるかもしれないと思ってちょっと多めに準備したけど」
「コテージに泊まるって言ったじゃないですか、テントいらないですよ。あと普通にベッドあるんで寝袋もいらないです」
「え?」
完全に忘れていた。いらないじゃんこの荷物。
「あ、雫ちゃんだ。おーい!」
「ちょっと千夏さん、一回家に帰らせてもらえません?」
「そんな時間ないです」
「なんてこと」
その後、赤坂と美冬、春宮も続々と合流し、残るは坂口カップルのみとなった。皆、口々に今日晴れてよかったねとか、楽しみだったーとか話している。俺は両肩に乗る荷物で正直、肩がもげそうになっていた。
「重そうだね、大丈夫?」
春宮はあれから、ほんとに元気を取り戻してくれたようでいつもの春宮に戻っていた。しかし、本人のSNSでvtuberとしての活動を一旦休止するという旨の告知があった。今さら、という気がしなくもないが、その話題には触れない方がいい気がして誰もその話を話題に上げるものはいなかった。今はそれでいいと思った。
「ありがと、大丈夫」
荷物を足元に降ろしながら、春宮を手で制する。馬鹿正直にいつまでも持っていた俺が悪いのだ。
「林間学校って私行ったことなかったんだ」
遠くを見ながら春宮がぽつりとつぶやく。
「そうなの?」
「ちょっと体が弱かったんだよそのとき。そういうイベントは行ったことなかったから千夏ちゃんに感謝しなきゃ」
遠くを見ていたわけではなく、その視線の先には千夏ちゃんがいた。
「俺、小学生の時はキャンプとかたくさん行ってたから火の起こし方とかは任せて。薪用の斧も持ってきてるし、なんでもできるよ」
「えー、すごい!頼りになるね!」
こういう時に活躍しておかないとね!
「あ、コンロあるんで火つけなくても大丈夫ですよ。あと薪は割られているのを購入済みなので斧もいらないです」
遠くで話していたはずの千夏ちゃんが急にこちらを見てそう言う。俺がすごく楽しみにしてたみたいで恥ずかしいんですけど。
「次のお楽しみだね」
耳元でぽつりと春宮が呟く。もうこのイベントはこれだけで楽しかったと言わざるを得ないかもしれない。
「ところで坂口コンビ遅くない?」
千夏ちゃんに声をかける。
「あー、あの二人には別件でお願いしたことがあるので。でもそろそろ来るんじゃないかと・・・あ、もしかしてあれかな」
そう言いながら駅のロータリーを見る。俺も同じようにして見ると、一台のハイエースが流れ込んできた。目の前に止まると、助手席の窓が開く。
「ごめんね、レンタカーの手続きに時間かかっちゃって。お待たせ」
遠藤さんがそう言いながら手で挙げる。
「このメンバーで免許持ってるの坂口さんだけですからね。こちらこそありがとうございます。運転、よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げる千夏ちゃん。
「おー、任せとけ!」
坂口が胸を張りながら、
「あれ、藤宮、なんでそんな荷物多いの?」
と聞いてきた。
うるせぇ、もうこれには触れるな。