君の笑顔が見たいんだ
「なぁ、ほんとにこんなことで喜んでもらえると思ってるのか・・・?」
赤坂は俺の耳元でそう呟く。
「わからん!しらん!」
「なんだよそれ・・・」
「でもこいつの考えることだ。上手くいくに決まってるさ」
そうフォローしてくれる坂口。
「あぁ、そうなってくれることを祈るよ」
もちろん自信なんて微塵もありはしない。
「チョコのコーティング、大変だったんですから、あとでちゃんと見返りくださいね」
千夏ちゃんも小声で俺に告げる。
「もちろん。助かったよ、ありがとう」
俺はそう言いながらも上の階、春宮の部屋の窓から目を離さない。
ここは、アパートの裏手であり、コンクリートブロックが積み上げられている擁壁の奥は俺がベランダからよく眺めていた川が流れている。この時間、聞こえてくるのはその川の音だけだ。それを耳に受けながら俺は春宮の家の窓と腕時計を交互に見ていた。電子表示のそれが23:59を告げる。
「時間だ」
「よし、頑張れよ」
音がしないように俺の背中を叩いた坂口はそのまま物陰へと消える。赤坂も後ろ手に親指を立てながら坂口に続く。千夏ちゃんも手を振りながらアパートの陰へと消えていった。それを見届けてから俺は一つ、二つと深呼吸をする。皆の前ではそうして格好つけながらも心臓の鼓動は高く、早く鳴るばかりだった。時間になってほしくない、怖い。そんな感情ばかりが俺を包み込む。でも、やるしかない。
時計が4/12の零時になった。俺はまた一つ大きく息を吸い込んだ。しかし、その息は吐かない。それに、俺は声を乗せる。
「春宮ー!!!」
ここは閑静な住宅街だ。俺の声は闇に木霊した。
「春宮ー!!!!!」
俺はもう一度、声を張る。
「聞こえてるか、春宮!いやもう聞こえなくていい!いやでも聞いてほしい!何も言わなくていいからそのまま聞いてくれ!」
その部屋の主が出てくる気配は無い。
「俺はオタクだ!vtuberオタクだ!ずっと応援してたvtuberが辞めちゃって、そこで出会ったのが夢子だった!西連寺夢子だ!知ってるよな!俺は彼女に救われたんだ、夢子は、彼女は、そんなこと一ミリも思ってないだろうけど、俺は彼女に救われた!ずっと支えてもらって、生きていく活力を貰ってた!生きていく楽しみを、貰ったんだ!」
「そんな彼女が今つらいことになってる!助けたいって思った、なんとかしてあげたいって思った、おこがましいし、いらないと思う、でも俺は手が届く範囲だったらみんな幸せでいてほしいと思うんだ、それが、一番大切な人ならなおさらなんだ・・・」
目が少しずつぼやけていく。泣いてる場合じゃないだろ、伝えるんだ、全部。
「春宮!君なんだろ、俺を支えてくれたのは!俺を救ってくれたのは君なんだろ!だから俺も君を助けたいんだ!頼んでないっていうだろうけど、それでも俺は、俺は・・・」
今日一番の声を張る。
「君が、好きだから!!!」
しかし、その窓から顔を出す者はいない。そこから数分待ってみるが、特に状況は変わらなかった。空を仰ぎ、涙が零れないようにするが、重力に逆らえず溢れた涙が頬を伝った。これ以上流れることが無いよう、必死に目をつぶると、こつん、と俺の頭に何かが当たった。咄嗟に下を見ると、個包装された飴玉が一つ落ちていた。頭を上げると、
「近所迷惑でしょ、なにやってるの」
涙声でベランダに立つ春宮がそこにいた。
「と、届いた?」
「なにがよ」
「声」
「うるさいほどね」
「そっか、よかった」
「ばぁか」
俺めがけて飴玉をもう一つ投げながら春宮はそう言った。