墓穴を掘る隣人
あれから一週間が経った。西連寺夢子のSNSも動画チャンネルも一切の更新が無いまま、日時だけが過ぎていった。そして、春宮本人も全くその姿を見ることはなかった。大学でちらりと見ることぐらいはあるだろうと高を括っていたが実際はそんなことはなくどうやら大学自体にも来ていないようだった。
一度、部屋に訪問した。つい昨日のことだ。呼び鈴を鳴らしたところでなんと言えばいいか考えていないことに気付いた。「よう、配信見てたよ、大変だったな」と正直に言うか、それとも「大学来てないみたいだけど大丈夫?」とそ知らぬふりをするか、悩みに悩みぬいた結果、しかしそれは杞憂に終わった。何度呼び鈴を鳴らしてもついぞ部屋から春宮が出てくることはなかったからだ。
純粋に心配だった。顔バレというものはvtuberにとってはおそらく今後の活動に多大な支障をきたすだろう。春宮は美人だからそこまで気にしなくてもいいとは思うが、そんな俺の心配など無用なぐらい本人はきっと落ち込んでいる。そんなときに俺はなんと声をかけてやればいいのか、その答えは出ないまま俺は日々を過ごした。ベッドでただ横になることしか俺にはできなかった。
その週末。土曜日。突然俺の部屋に来訪があった。扉を開けるとそこには千夏ちゃんが立っていた。
「こんにちわ!暇ですか?暇ですよね?遊びに行きましょう!」
「強引」
しかし、存分に気を落としていた俺は今そのあけらかんさに少しだけ救われた。
「なんか顔色悪いけど大丈夫です?」
「あぁ、うん、大丈夫だよ」
事情を話すわけにもいかず俺は適当にはぐらかした。
「そうですか、遊びに行くのやめます?」
「いやせっかく誘ってくれたんだから行くよ」
気晴らしにもなるし。千夏ちゃんには聞こえないように言葉を漏らした。
「あ、ところで前に言ってた先輩はどうなの?」
「あー、実はですねぇ」
言いにくそうに手をもじもじとさせる千夏ちゃん。もし具合が良くなったのなら喜び勇んで報告してくるはずだ。この態度は変わらないということだろうか。
「いやいくら連絡しても音沙汰がないというか」
「そうなんだ」
「いくら呼んでも出てこないし」
「家にも行ったんだ?」
「そりゃもちろん。何かあったら大変ですから」
「心配だね」
「そうですね」
それきり千夏ちゃんは黙ってしまった。悪いことを聞いてしまい、少し自己嫌悪。その時、俺の腹がぐぅと鳴った。それに気付いた千夏ちゃんが、
「お腹減ってるんです?」
「あー、うん」
今思い出したが今日はまだ何も食べていなかった。そりゃベッドで延々横になっていたのだから当たり前だが。
「ちょっと失礼しますね」
俺の返事を待たずに千夏ちゃんは部屋に上がり込んできた。まるで自分の部屋かのように冷蔵庫を開ける。
「あ!ちょっと!」
「うへぇ、何も無いですね」
「貧乏男子学生の財力を舐めるなよ」
冷蔵庫には水のペットボトルが二本と卵が数個。あとはマヨネーズしかない。
「藤宮さん、どうやって生きてるんですか」
「まぁ、これで、なんとか」
冷蔵庫の脇からゼリーを取り出す。
「常に病人みたいですね」
「いいでしょ」
「褒めてはないです」
すっと立ち上がった千夏ちゃんは、
「仕方ないですね。ご飯でも行きましょ、ついでに」
「作ってくれる流れかと思ったのに」
「卵二個で何を作れと。ご飯も無いですし」
「そりゃそうか」
「じゃあ行きましょ」
千夏ちゃんに続いて俺も部屋を出る。階段を降り始めたところで千夏ちゃんが、
「あ、そうそう」
と言って逆に階段を昇り始めた。俺の脇を通り抜けなぜか春宮の部屋へ。慣れた手つきで真っすぐ呼び鈴を押す。
「春宮さん、ご飯いきましょー」
周囲に千夏ちゃんの声が響く。なぜ春宮を。誘っていたのだろうか。
呼び鈴を連打しながら春宮の名前を呼び続ける千夏ちゃん。しかし、家主はそこから出てくる気配は無い。
「今日もだめかー」
諦めたように千夏ちゃんはまたこちらに歩いてくる。そして、
「ほら、やっぱり出てこないんですよ」
と言った。
「ん?」
ちょっと待てよ。
「先輩って春宮のことなの?」
千夏ちゃんは俺の顔から鋭い勢いで目線を逸らした。
「あ、あー。えっと」
千夏ちゃんの目線はそのまま左上、上、右上と移動し、結局は、
「そ、そうです」
と白状した。