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皇女は金の夢を飲み干した

 マカユナ帝国皇女ラーラシュアは、父とその官吏妖精に連れられ、人外者も参加する舞踏会にいた。



 そこでラーラシュアは愛というものを欲した。



 それもただの愛ではない。世界樹からの愛を欲したのだ。


 

 

 真冬の月影から紡いだ布で磨かれた日光石のシャンデリアが開場を華やかに煌めかせる。ドレスの妖精刺繍や宝石が日光石の光を反射していて現実味のない空間となる。


 壁側に寄せられている机の上には数多の見知らぬ料理達。その匂いは人外者達のうっとりとしてしまう匂いにかき消されてしまっているが、それでも食欲は消えず、美味しそうに見える。


 酒も珍しい種類が多く振る舞われており、皆思い思いに食事を楽しんでいる。


 ラーラシュアもその一人だ。



 しかし幾ら酒を飲もうと喉の渇きが消えなくて、食事をいまいち楽しめきれていない。


 重い溜息が腹の底から漏れ出る。原因はただ一つ。ラーラシュアはしっかりと己の感情を感じとっていた。




 ラーラシュアは人間達に容貌を讃えられてきたが、所詮人外者には敵わないのだと理解して弁えている。


 しかし、この無謀な愛に踊って、人生最初で最後の無謀を冒して見せようではないか。


 ラーラシュアは物珍しさを売りにしようと考えていた。相手は精霊のため、人間であるラーラシュアと性交したら崩壊してしまう。なら世界樹を他の事で楽しませてみせ、ラーラシュアと居るのはプラスになるのだと示すしかない。



 その機会は今だ。



 この機を逃したらもう世界樹に会えることはないかもしれない。だったら一か八かの賭けに出る方が己の心にとっては優しいのだ。身体に優しいかは別として。




◇◆◇


 結果的に言えば、ラーラシュアは運の波に最上級に乗っていた。



 世界樹はラーラシュアが声を掛ける少し前、知り合いの高位精霊にアーシャ自慢をされていたのだそう。


 ここからは憶測の域をでないのだが、恐らくその精霊を世界樹は自分と重ねていたのだと思う。だからアーシャと出会い、世界樹を残して光へと歩んだ精霊のようにアーシャを得れば自分も変われるのでは、と考えたようだ。



 正直に言えば、ラーラシュアはこの話を世界樹から聞いて涙がこぼれ落ちそうになった。まあ、無様な姿を見せないように必死で耐えたが。


 何故涙を流したくなったのかは自分でも理解していなかった。




 ラーラシュアと世界樹の関係は上手くいっていた。


 ラーラシュアと世界樹の間に肉体的関係は一切なく、ただの友人の様な関係性ではあったが、それでもラーラシュアはとても幸せであった。

 

 世界樹はラーラシュアのことを己のアーシャなのだと公言してくれていたからだ。



 ラーラシュアは世界樹の女性関係に口を挟まなかったし、そう言った関係になりたいと話したこともない。だって自分が交わったが最後、命が終わるのだから。


 とりあえず世界樹の側にいられればいいと満足していた。



 

 いつからだろうか。ラーラシュアが世界樹の瞳は炎を灯していないと気が付いたのは。


 名前も知らないような人物に対しても、あの舞踏会でアーシャの自慢をしてきたという精霊に対しても、肉体関係のある女性に対しても、ラーラシュアに対しても、だ。


 ラーラシュアは思い違いをしていたのだ。あの舞踏会では特別に想われていなくても、時を重ね、己に愛を与えてくれているに違いないのだと。


 それでもラーラシュアは耐えていた。それほどまでに、世界樹を愛していたのだ。



 

 何が引き金だったのかはもう定かではないが、積もって溶けることなく重ね上げられた感情を世界樹に吐露した。


「何で!?私は貴方のアーシャでしょう!?」

「そうだと思うよ」

「そうよね!?……だったら私だけには他の人と別の感情を頂戴!…………貴方は私のことを愛してないの?」

「分からない」


 分からないと一言言われただけだ。だがその一言はラーラシュアの喉をからからにする。


「分からない!?なぁに、それ。貴方は私をアーシャとして選んだのでしょう?なら私を愛しているのでしょう?」

「…………分からない」


 ラーラシュアは崩れ落ちる。アーシャだから特別なのだと信じ、耐え抜いていたというのに、その他人との柵を失ったのだ。否、その柵が虚像だったのだと初めて知ったのだ。


「貴方は心を持たない世界の人形なのよ」


 そうに違いない。そう信じたい。自分が愛されないのは心がないせいなのだと。




 アーシャというものは選ぶのではなく、どうしようもない衝動の心で決めるものなのだと聞いたのはいつだっただろう。


 あの頃は噂だろうと軽く笑い飛ばせたが、今では言葉を返すこともできやしない。


 


「私は貴方を愛しています」


 ラーラシュアは初めて自分の気持ちを相手に渡した。


「うん」


 なのにラーラシュアの気持ちはさらりと受け入れられることなく捨てられる。



(あぁ、喉が渇いた)



 からからと乾いた空気が胸を出入りする。


 喉の渇きは舞踏会以上に増していた。





◇◆◇


 ラーラシュアは翡翠に金が弾ける髪の君を己の夢に載せ、取り込むことで蠢く渇きを凌いでいたのだ。



 しかしもう、それは叶わない。


 

 ラーラシュアは自分でその金の夢の供給を断ち切り、飲み干してしまった。


 ラーラシュアには灼熱の焔だけが残る。オアシスは元々無かったかのように跡形もなく姿を消した。


 人は水なくばいきて行けない。自分はもうすぐ死んでしまうのだと直感し、最後にアーシャとして世界樹に望む。



「ねぇ、私を殺して」

「いいよ」


 少し目を見開き、そして迷わず頷く世界樹にラーラシュアは笑いを漏らす。


 ラーラシュアは微かな情に縋った賭けにさえ負けたのだ。



 マカユナ帝国皇女ラーラシュアは、金の夢を飲み干し、干からびきったからからの心で最後に世界樹の瞳を見つめ、何かを模索する。


(あぁ、私の夢よ)

 






「ねぇ世界樹、愛しているわ」



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