08,イカしたファミリーのイカれた宴
「ヒハハハハハハ!! 俺様の船を派手に飛ばしてくれたなぁ、おぉい!!」
ひび割れた古盃を片手に、もう片方の手でダンの肩を抱き寄せる愉快な骸骨、キャプテン・ヴォーン。
「のじゃはっはっはっは!! いやぁ負けた負けた、ケチの付けようが無い大負けよなぁ! さすがワシをたらしこんだ男ぉ!!」
ツギハギだらけのカボチャ盃を呷りながらダンに肩車を強いる魔女っ子のじゃロリ、ウィッチ・キャリーことキャルメラ。
テンションの高い酒好き怪物に挟まれ、ダンは顔面御札の奥で眉間にシワが寄る。
「サイコーな奴だと思っちゃいたがマジサイコー!! 船が空を飛ぶなんざ自由にもほどがあるぜ!! 今度イヅナマルが帰ってきたらゴーストシップを呪術で飛べるように改造してもらうかぁ!! 世界初、空飛ぶ船だぁ!!」
「のじゃはっはっは、世界初て貴様、脳みそも無いくせに耄碌したか! 月の連中のアレがもうあるじゃろ! 一〇〇〇年前に貴様の艦隊と禍破のジジィが派手にぶち墜としとったじゃろがい!」
「不自由でサイテーな人間時代の事なんざ憶えてる訳が無ぇだろうさ!! まぁ、その辺はどうでも良いとしてぇ……だったらよぉ、世界初の空飛ぶ海賊船ならどうだぁ!?」
「それならば世界初で間違い無いのう! そして好き! たまには星海を泳ぐのも悪くないのじゃ!!」
「良いねぇ星海ィ! お、ボーンと閃いたぜ! 星海に出るならよぉ、一〇〇〇年前の御返しに、こっちから月を攻めるってのはどうよ!?」
「ほほぉ! それは確かに好きかな!! 月のウサギどもが造る餅酒とやらをワシも飲んでみたいしのう! 月への略奪遠征、大賛成じゃ!!」
「ヒハハハハ! 想像しただけでサイのコー!! 今度みんなでひと狩り行こうぜ、ウサギ狩りだピョォン!!」
「のじゃははは! 酒を奪うついでにあやつらの毛皮でたんと服をこさえようなぁ!! 今年の冬はモフモフウサギコーデでピョンと決めるのじゃあ!!」
「ヒハハハハハハハハハハハハ!!」
「のじゃはははははははははは!!」
「………………………………」
ダンを挟んで盛り上がっておきながら、その話題はダンとは無関係の方向へ。
それでもヴォーンはダンの肩に回した手を緩める様子は無いし、キャルメラは腿でダンの首をがっちりホールドしている。
逃げらんねぇ。
助けを求めようにも……。
「すぴー……すぴー……」
頼りのメリアメリー御嬢様は、ダンの膝を枕にして実に可愛らしい寝息を立てていらっしゃる。
まぁ、空の酒瓶を大事そうに抱っこしているので色々と台無しだが。
何がどうしてこうなったかと言えば……。
ダンがゼリーライムに勝利した後、メリアメリーは「眷属が勝手にやった事よ。私はこの勝負を絶対に認めないわ。つまりキャリー、今宵の勝負はこれからなのだから!!」とキャルメラに啖呵を切り、恒例らしい酒飲み勝負へ突入。
で、こうなった。
まぁ、この御嬢様らしいと言えばらしい結末なのだろう。
パミュはヴォーンとキャルメラに絡まれるのを嫌って、メリアメリーのドレス内に潜り込んで出てこない。
他に助けてくれそうなアテとしては、ブルーとネネだが……。
ブルーは船べりで気取ったポーズを取り続けるばかりでダンの方に見向きもしない。
ネネに至ってはまず宴に参加していないようで姿が見えない。
どうにかこの地獄を脱却できぬものか、とダンが視線を彷徨わせていると……。
「おうおぉう、おめぇさっき人間の肉を譲ってくれた奴だよなぁ。新顔だったのかぁ。強いんだなぁ。おれら付喪屍の派閥もあんだけどよぉ、入らねぇかぁ? 似たようなモンだろ?」
そんな事を言ながら寄って来たのは、密輸船でも会った付喪屍の男。
酒臭い。
「さっきの喧嘩ァ、痺れたよ!! 次はウチとヤろう!! ウチもさ、蹴りにゃあ自信あんの!! ねぇねぇねぇってばァ!!」
満面の笑みでぐいぐい来るのは、先ほど派手に喧嘩をしていた人狼のケモケモお姉さん。
なんならキャルメラより酒臭い。
「……おまえ、おいしそうだな! だな!!」
翼をバサバサさせながらダンの匂いを嗅ぎ回る鳥仙の少女。
酒臭くはないが血生臭い。
「………………」
その他にもワイワイガヤガヤと、助け船どころかトンデモない訳アリ船ばかりが寄って来る。
「ヒハハハハ! モテモテだなぁダァン! 今日からはタラシ屋のアンデッド・ダンって呼んでやるよぉ!!」
「のじゃははははは!! お似合いお似合い! ほれ、ワシの盃が空っぽうじゃぞう! 気を利かせて注いでくりゃれ、タラシ屋のアンデッド・ダン!」
「俺様の盃もからっからなんだわこれが! ほれこっちも頼むぜぇ!!」
ヴォーンとキャルメラがゲラゲラ笑いながら各々の盃をダンの頬にぐりぐりと押し付ける。
仕方無いのでダンは近場にあった酒瓶を手に取るが、空っぽ。
二大酒乱怪物を少しでも治めるには酒が必要なのだが……手の届く範囲にそれは無い。
膝枕で寝ているメリアメリーを起こす訳にもいかないので立ち上がれない。
どうしたものか……とダンが額の青筋をビキビキ言わせながら悩んでいると、
「まったくもぉ……仕方が無いわねぇ……」
ゆらりプルプルとダンの視界に入って来たのは長身女性の幽霊――先ほどダンと激闘を繰り広げた、海幽霊のゼリーライムだ。
「覚えておきなさいなぁ……酒の入ったキャプテンとマスターに絡まれそうになったらぁ……山ほど酒を手元に用意しておくかぁ、海に飛び込んででも逃げなきゃあダメよぉ」
そんな言葉と共に、ゼリーライムがダンに酒瓶を差し出す。
「おお、感謝すル……と言うか、もう大丈夫なノか? 結構、全力で踏んだはずダが」
「ええぇ……かなり効いたわねぇ。本来ならしばらくは寝たきりだったんでしょうけどぉ……ドクター・ネネがサッと来てサッと処置してサッと帰っていったわぁ」
「なルほど」
ゼリーライムの手、よく見ると水掻き膜が生えている。
ダンがゼリーライムから酒瓶を受け取ると、それを見ていたヴォーンとキャルメラからの御酌の催促が激化した。
顔が変形するほどに両サイドから盃を押し付けられるダンを見て、ゼリーライムはくすりと笑う。
「ふふふ……良い男も酔っ払いに絡まれてはカタナシねぇ……ざまぁ」
「さては負かしタ事、根に持ってるナ……」
「当然でしょぉ? ほらぁ、マスターを待たせないでぇ……さっさと御酌しなさいなぁ」
酒を渡してくれたのは、ダンを助けるためではなくマスターであるキャルメラのためだったようだ。
「次の機会があったらぁ、今夜の借りは必ず倍返しにしてあげるわぁ……」
「ちょいちょいゼリーちゃん! 次があんならウチが先だよぉ!」
空瓶を振り上げて主張するケモケモお姉さん。
対してゼリーライムは「キャンキャンうるさいわよぉ」と一蹴。
ケモケモお姉さんも負けじと言い返したが、その口から放たれたのは「ゼリーちゃんはダプンダプンじゃん!」と言う意味不明な御言葉。
しかし、ゼリーライム的には看過できない発言だったらしく「……喧嘩を売っているのかしらぁ?」と目つきを鋭くする。 ケモケモお姉さんは良い笑顔で「年中無休で売り出し中だよ!!」と親指を立てた。
そうしてマッチングが成立し、ゼリーライムとケモケモお姉さんは少し開けた場所まで移動。
合図も無しに殴り合いを開始――と言っても、ケモケモお姉さんはゼリーライムのプルプルボディに有効な術を持っていなかったようで、「あはははははは! 相変わらず攻撃が通らなアっーーーー!!」と爆笑しながらプルプルの海に沈んでいったが。
……一体、あのケモは何がしたかったのだろうか。
「こノ船の宴は、毎度こんナ感じなのカ……?」
「こんな感じだなぁ!!」
「こんな感じじゃのぉ!!」
ヴォーンたちに呼応するように、甲板中からぎゃはははははははははと爆発するような笑い声が上がる。
「自由でサイコーだろぉ? テメェもすぐに馴染めるさ、我らがファミリー!!」
「………………」
「なんじゃあ、そのお顔はぁ? 不安なのかぁ? 愛いのう! どれ、ワシが手取り足取りナニまで取って教えてやろうかァ!!」
「ヒハハハハ、このババァに身を任せたら命がいくつあっても足らねぇから気を付けろ……って、死ねずの骸にする忠告じゃあねぇか! ヒハハハハハハ!!」
「……本当、トんでもナい船ダ」
……ダンが密輸船内で起動してから、僅かに数時間。
一体、どこのどんな輩に売り渡されてしまうのやらと危惧していたが……。
「生きていレば何が起こルか分かラナい……等と、よく言われルラしいが」
現実は、ダンの予想を遥かに超えて。
自由と言う名の無法を是とするこの船が、これからのホームときた。
「既に死んデいても、何が起こるか分かっタものじゃあないナ」
すやすやと心地好さげに眠る御嬢様の額を軽く指でさすりながら、ダンは苦笑と共に深い溜息を零したのだった。