05,魔女の月見酒と真剣勝負
ゴーストシップ船内、呪術によって圧倒的に拡張された空間に無数の船室が並ぶ船房区画。通称・無限増殖船房。
その中層階に、メリアメリーの部屋もある。
室内は本来、一人部屋としては広すぎるくらいの大きさなのだが……。
彼女の部屋の場合、紅い天蓋カーテンに覆われた巨大ベッドが室内空間の五割強を占領していた。一〇人は一緒に眠れそうだ。
あとは雑多な吸血用品らしきものが積まれた化粧台や衣装棚、それから部屋の隅に小さな本棚があり、その上で何体かのぬいぐるみがぐったりしている。
「うぎゅうぅぅぅぅぅ~~~~~~……」
紅いカバーをかけた枕に顔を埋め、部屋の主であるメリアメリー御嬢様が低く唸る。
まぁ、所詮は幼女寄りの少女が出せる程度の唸り。
子猫の威嚇めいた可愛げがある。
「まだ痛むのカ?」
「ぱみゅぅ?」
メリアメリーに「自由にしなさい」と命令されたので、ダンとパミュは仲良く側臥位で寝転がってベッドのふかふか具合を堪能する。
ベッドの心地好さは大きさに比例するのかも知れない、なんて思う。
「…………予防接種ごとき、決して痛くも恐くもなかったのだけど!?」
枕からガバッと顔を上げ、未だに潤んだ瞳で牙を剥いて叫ぶメリアメリー。
不死者なので注射痕はとっくに再生済みだが、筋肉注射は注入液の浸透でしばらく違和感やじんわりとした痛みが続くものだ。
いわゆるスリップダメージ。
ダンもほんのり違和感が残っている。
「注射の一本程度では痒みすら覚えないわ! そんなどこまでも高潔で素敵な私を褒め称えなさい我が愛しの眷属ゥとパミュちゃんンン!!」
「わー、高潔で素敵ダナー」
「みゅー、ぱみゅでぱみゅみゅなー」
「そうでしょうそうでしょう。でも今は何も言わずに左肩をさすって! 優しくいたわるように!!
「承知シタ」
「ぱみゅ~」
ダンとパミュがヨシヨシぱみゅぱみゅとメリアメリーの左肩をさすっていると、ゴ~ン……と鈍く大きな鐘の音が船内中に響き渡った。
「……船鐘?」
「時間ね。今日はこのまま眠ってしまいたかったけれど……キャルメラとの決着を付けなくちゃ」
「キャルメラ……と言ウと……」
ダンはその名が示す者と面識は無いが、「先ほどブルーの部屋の前で会った大福のような幽霊たちの主で、メリアメリーと何やらロリババァ云々を巡って根深い因縁があるらしい船員」……程度の情報はある。
メリアメリーは翼を広げてふわりと浮かぶ。
予防接種の副反応が出始めたのか、はたまた注射中ずっと激しく微細動していた疲れが来たのか。
その飛び方は少々フラついているように感じられる。
ダンはすぐに起き上がり、パミュを頭に乗せつつベッドを下りた。
「御嬢様よ、不調ナらば抱っこナり、おんぶなりするが」
「眷属らしい立派な気遣いをどうも。でも不要よ。アナタだって右腕が傷むはずでしょう?」
「確かに違和感はまだあルが、御嬢様くラいの重量ナら何の問題も無いダろう」
「そう。だとしても遠慮しておくわ。眷属に無理をさせてもしもがあっては、主の面目が潰れてしまうのだから」
眷属を気遣ってくれるその気持ちは有り難い……が、ダンもキョンシーとして主の無理は見過ごせない。
ここはどんな手段を使ってでも抱っこするべく、ダンは思考を回す。
現状で把握できているメリアメリーの性格を踏まえ……すぐにある手を思い付き、即・実行へ移した。
まずは顔面御札の奥で挑発的に二ィと口角を上げ、
「おっと……もしや、御嬢様は見た目ヨりずっと重いノだろうカ? ダとすれば、配慮が足りなかったナ……?」
「……言うじゃない。小賢しいのね」
見え見えの挑発。
その意図を汲めないほどメリアメリーも愚かではない。
メリアメリー御嬢様は飛縁魔の品格や主従の在り方など、『らしさ』に拘っている節がある。
ならば、ノってくるはず。ここは主らしく、生意気な眷属に罰を兼ねた労働を課すべき場面だろうから。
「まったく。別に予防接種の影響なんて微塵も無いのだけれど……まぁ、そうね。そこまで言うのなら良いでしょう。私の体重が乙女の平均体重ことリンゴ三個分である事を、その身を以て知りなさい」
等と偉そうに言いつつ、メリアメリーはフラフラフヨフヨたゆたうような力無い動きでダンの腕の中へ。
ダンはメリアメリーの背中と腿に手を回し、しっかりとお姫様抱っこ的ホールド。
ダンの知識によれば、飛縁魔はキョンシーをも越える怪力を持っているはずだが……抱き上げた感触は、華奢な少女のそれでしかない。子供らしくほんのり体温も高い。
「確かに、リンゴ三個分程度だナ」
「でしょう。思い知りなさい」
「ああ、思い知ったゾ」
「結構。さ、甲板に向かって頂戴。船鐘が鳴ったと言う事は、もう始まっているわ」
「始まっていル?」
「略奪の後に海賊船で始まるものなんて、決まっているでしょう――宴よ」
◆
船房区画から甲板へ繋がる木の扉の前に立ち、ダンは眉をひそめる。
「すごく騒がしいナ……」
壁一枚向こうで大砲でも乱射しているのかと言う騒音だ。
扉が僅かに震動しているのが分かる。
「いつもより多少、盛り上がっているわね」
「こレで多少、ナのカ……」
「ぱみゅう……」
ダンはメリアメリーをお姫様抱っこから片手抱きに持ち替え、空けた手で扉の取っ手を掴む。
「………………」
扉を開けてすぐ、ダンとパミュは言葉を失った。
明るい。とても。まるで昼。まだ夜明けには程遠いはずだのに。
その明るさの原因は、上空を飛び交う無数の提灯鬼火。
船内で漂っているものとは大きさが倍から違う。
それらに満月の光が相まって、夜霧の海を往く船の甲板とは思えない光量に包まれている。
どうして提灯鬼火が巨大化しているのか……は、まぁ、理由は簡単に推測できる。
ゴーストシップの広大な甲板に集った、大量の怪物どもによる宴――その盛況に当てられているのだろう。
「……まさしく、乱痴気騒ぎカ」
大きな酒樽をテーブルにして酒を浴びる付喪屍の集まり。
その足元には雑に解体された人体の破片がごろごろと転がっており、それらからもぎたての指骨を樽テーブルの上で転がして何やら博打に興じているようだ。
転がした指骨が止まった途端に、諸手を上げて歓喜の声を上げる者がいれば、唸りながら足元の残骸を蹴飛ばす者もいる。
そんな悲喜交々な付喪屍たちの横を通り過ぎたのは、酒瓶を片手に持った人狼のケモケモしいお姉さん。
真っ赤に染まったニコニコ笑顔で「酒どこよぉ~……ひっく……」と千鳥足。
どうやらその手の瓶が空になったので新しい酒を求めて徘徊している途中らしい。
ケモケモお姉さんは通りがかりに足元に転がっていた人間の腕を爪先で軽く蹴り上げてキャッチ。
ドラムチキンか何かのようにそれに齧りついて、豪快に食い千切った……途端に笑顔を少しだけ歪め「うっわ、こいつ阿片の味がする!」と食いかけの腕をポイと放ってしまう。
放られた腕はくるくると回転して飛んで行き、樽ごと酒を呷って月見に興じていた狒々の大男の脳天にこつんと落ちる。
「にゃはは、ごめんに~」と平謝りするケモケモお姉さんに、大男は間髪入れずに怒鳴り声を上げて襲い掛かった。
ケモケモお姉さんは「あはははテンション高いじゃん!」と大笑いながら吠えて応戦。
アッと言う間に派手な殴り合いの喧嘩が始まる。
いつもの事なのか、その争いの近くで比較的お上品に酒を嗜んでいた――と言っても、その手に持っているのは赤い肉片がこびりついた造り立てらしい髑髏盃だが――絡新婦のお姉さんは「はいはい、始まった始まった」と呆れたようにつぶやき、八本の蜘蛛脚をしゃかしゃかと動かしマストを登って避難。
あらかじめ帆と帆の間に張っていた巣に大きな蜘蛛尻を下ろして酒盛りを再開する。
一方、絡新婦のお姉さんと一緒に吞んでいた大蛇は「良いぞ良いぞ、尻尾を千切れ! 食べてみたい!」とヤジを飛ばし始めた。
人狼と狒々の殴り合いを酒の肴にするつもりらしい。
その大蛇以外にも酒や肉を片手にぞろぞろと集まって、一緒になってヤジを飛ばしたり、喧嘩の結果を予想して博打を始める者たちも現れた。
そんなバイオレンスな催しから奥へ視線を移せば、人魚の少女がゆったりとピアノを弾いているのが見えたが……ピアノは当然のように血染みに塗れているし、その屋根の上では小悪魔の群れがゲラゲラと大笑いしながら踊り狂う。
ふと頭上に視線を移せば、金切り声で歌いながら弾丸のような速度で空を旋回する雷獣夜鳥。
その軌道を少し目で追ってから視線を落とせば、激しく琵琶を掻き鳴らしながらこの世のものとは思えない叫び声を上げ続ける喧し餓鬼。
そんな演奏(?)を気にも留めず、略奪品らしい十字架をフリスビーのようにして遊ぶ潤目姫のお嬢さんと化け犬と化け猫と妖精たち。
生け捕りにした人間を生かしたまま解体する見世物を開く海賊衣装の骸骨――キャプテン・ヴォーンの姿もあった。
その傍らには「ぴちぴちのごはん、はよ、はよ!!」と目をキラキラさせながら翼をバサバサ鳴らして新鮮なお肉をせがむ鳥仙の少女がいる。
他にもまぁまぁ……何と言えば良いのやら。
バラエティ豊かな怪物どもが、各々で自由気まま……と言うか、無秩序に。
酒と肉をおまけとして、大騒ぎを楽しんでいた。
正気の沙汰はどこへやら。
常世がここまで乱れて良いものなのか。
この有様を乱痴気騒ぎと呼ばずしてどうするか。
そんな光景が、広大な甲板上で繰り広げられているのだ。
「キャルメラはいつも、船首の方で月見酒をしているわ。向かって頂戴」
「承知シタ」
怪物どもの乱痴気騒ぎを突っ切る……常人ならば躊躇うと言うか絶対拒否案件だろうが、ダンはキョンシー。
多少の抵抗は覚えるが、主の命令とあればその足取りに迷いなど生じない。
付喪屍たちの賭場をすり抜け、ケモケモお姉さんに上四方固めを決められて呻く大男を無視、絡新婦が手を滑らせて落とした髑髏盃をキャッチして即座に上空へと投げ返し、大蛇の長い体に足を引っかけてしまわないように軽くピョンと跳んで、ピアノを演奏する人魚の少女が会釈してきたのでこちらも会釈を返しつつ、背後から雷獣夜鳥が突っ込んでくる気配を感じたのでひらりと躱し、喧し餓鬼の騒音に顔を顰めながら潤目姫たち一行が目の前を横断するのを立ち止まって待つ。
「おう、バチ当たりなアンデッド・ダンに高慢ちきなプリンセス・メリーじゃあねぇか! さっきぶりだよなぁ!!」
ヒハハハ、と高笑いしながら声をかけてきたキャプテン・ヴォーン。
顔はこちらに向けているが、その手は流れるように特設台の上に転がる人間を刻む。
ヴォーンは一口大に切り分けた人肉刺身をその骨指で摘まみ上げると、
「新鮮だぜぇ。食ってけ食ってけぇ!」
「人肉食の機能は無イ」
「ぱみゅみゅまずそうだからいらない」
「我が愛しき眷属の血を知った後だと、有象無象の血を飲む気にはなれないわね」
「ヒハハハ、船長様のオススメだろうと忖度しねぇなぁおい! 自由でケッコー、実にサイコー!!」
ヴォーンは上機嫌に笑いながら摘まみ上げた刺身を傍らの鳥仙少女の口元へ。
すると即座、鳥仙少女がヴォーンの骨指ごと刺身へはぷっと齧りついた。
にっこり笑って元気良く翼をバサバサさせている様子からして、彼女的にはとても美味しいものらしい。
それはさておき、潤目姫一行が通り過ぎたのを見計ってダンは前進再開。
さすがは城の如き巨船・ゴーストシップ。
かなり歩く事になったが、ようやく船首へと辿り着いた。
船首が刺す夜空、薄霧の向こうでも眩しいくらいに輝く満月……それを見上げながら、酒盛りに興じる一団がいる。
集まっているのは大半が大福系もっちり幽霊。
人型や黒い犬型の者も何体か……どれも幽霊系と呼ばれる怪物たちだ。
その集まりの中心にて積み上げられた血染みまみれ座布団の塔に座し、頭にすっぽり被れそうなくらい大きなカボチャで造った盃を傾ける者がいた。
こちらに背を向けて月を眺めているその体躯は……メリアメリーとそう大差が無い。
少女……どころか、幼女と形容しても問題無い範疇だ。
身に纏っているのは黒い魔術衣で、頭には先っちょがジグザグに折れた黒いつば広帽子。
西大陸系の典型的な魔女っ子装束だ。
夜風になびく長い髪は闇を切り抜いたような漆黒。
魔女っ子衣装の黒ずくめ少女はうぐうぐと喉を鳴らしながら巨大カボチャの盃を呷り、やがて「ぷはぁ!」と言う景気の良い声と共に空になったカボチャ盃を軽く放り投げた。
「のじゃふふふ……今宵も懲りずに来てくれたか。我らロリババァ同盟の相方、プリンセス・メリー!」
座布団塔の上で座ったまま、黒ずくめ少女がぐるんと回転。
凄まじい体幹、座布団の塔は微かに揺れただけで崩れる気配は無い。
満月を背ににたりとドヤ笑みを浮かべる、この黒ずくめ少女が……。
「アナタとそんな同盟を結んだ覚えはないわ。真性ロリババァのウィッチ・キャリー」
「のじゃはっはっはっは! 出会った頃の初々しさはどこへやら、すっかりツレない態度がお決まりになったのう! ――じゃが、それも好い!!」
黒ずくめ少女は手を打って笑ったかと思えば、口をニュッと尖らせてメリアメリーへ手招き。
「ほれ、はよこっち来い。ぎゅっと抱き締めてチューしてやろうな!」
「断固としてお断りするわ」
「か~ら~の~?」
「永遠にお断りし続けるのだけど!?」
ふしゃー!! と猫のように威嚇するメリアメリー。
一方、黒ずくめ少女は「よいではないか~」とニヤニヤしながら何かを揉みしだくように指をわきわきさせている。
「……察すルに、この魔女っ子っぽいノが……」
「魔女っ子と言うよりガチの【魔女】よ」
「そちらは新顔か。では名乗ろう、ワシはキャルメラ!」
やはりこの黒ずくめの少女が、件のキャルメラらしい。
幼い容姿だのに、口調は実に堂に入ったのじゃのじゃ節……違和感の塊だ。
真性ロリババァと言うメリアメリーからの呼び名も納得である。
「おやおや、ワシをそんな怪訝なジト目で見おって。これじゃから最近の若いのは。こう見えてもワシはかつて西の大陸で【百猟御前】と呼ばれ恐れられた、怖い怖~い魔女なのじゃが?」
「……百猟御前ダと?」
その名は、ダンの知識にもあった。
西の大陸諸国で語り継がれる魔女伝説だ。
キョンシーの知識に「常識のひとつ」として収録される程度には有名なもの。
獣霊が無数に集まって行列を為す【百狼夜行】。
そんな禍々しい大行列を率いて夜空を徘徊すると言われている魔女王。
それが百猟御前。
西大陸諸国では「夜更かしする悪い子はかの恐ろしい魔女に捕まって行列に加えられてしまうの……だから良い子は早くおねむしましょうね?」と言うのが親御たちの常套句だそうだ。
まさか実在の怪物で、しかも現在はこの船に乗っているとは。
「うむ、反応は薄味じゃが、どうやらワシの事は知っておるようじゃな」
「伝説の割に、獣系の子分は少ないんダナ?」
キャルメラを囲む子分たちは、大半が大福系だ。
確かに大きい黒犬系も数体いるが……キャルメラの傍らに側近のように立つ幽霊は白いワンピースを纏った長身の女性型だし、彼女が座す座布団塔の根本でくつろいでいるのは竹箒に宿った付喪妖精……他にも目につくのはのは獣系以外の者たちばかり。
獣霊が主軸の構成と言う印象は受けない。
「あの頃は黒死の病が流行っておったからな。たくさんの人間が死に、墓を守るための使い魔として墓守の犬も多く造られた。それらの成れの果てがワシの行列に加わり、自然と獣系の割合が高めになっておっただけじゃ」
言いながら、キャルメラは擦り寄ってきた大福霊の頭を優しく撫ぜる。
「ワシは大勢で群れるのが好きなだけの陽気な魔女。なんとなくパレードを催して、そして通り道の村とか都市とかで好き放題やっておったら、いくつか国が滅んでてすごい畏れられるようになった御茶目な御婆ちゃま……と言った所じゃな。てへぺろ!!」
「本当、この船の船員はトんでもナいな……」
「ぱみゅう……」
「ちなみに、老若男女人獣草木を問わずイケるクチじゃぞ☆ 肉の引き締まった若い男は特に好みじゃ」
キャルメラはウィンクと共に、その小さなお手々をダンへと差し出した。
「そこで、どうじゃ貴様……ワシの一派に入らぬか?」
食い応えがありそうじゃ、のじゃふひひ……等とつぶやきながら、だらしない笑みを浮かべるのじゃロリ。
ダンの肢体を舐めしゃぶるような視線からして、中身は完全にエロババァらしい。
「ちょっと、私の眷属を変な目で見ないでくれるかしら!?」
まるで玩具を取られそうになった子供か。
メリアメリーはダンの首に手を回して抱き寄せ、彼の頭に乗っているパミュも含めて「私のなのだからね!?」と主張する。
「のじゃ?」
そんなメリアメリーの様子に、キャルメラは一瞬だけ面を喰らった様子を見せたが、すぐに口角を上げ直した。
「……ほうほう、メリーも遂に眷属を持つ事にしたのか。自ら生活環境を整える行動を取れるようになるのは、現状に馴染んだ証左よな。好い事じゃ、実に」
目を細め、しみじみと呟くその柔らかな表情は……さながら孫娘の成長を垣間見た御婆ちゃまか……さっきまで若い男のムチムキボディにハァハァ言っていたのじゃロリとは思えない。
「そうじゃ。メリーもせっかく眷属を持ったのじゃし、今宵の勝負は趣向を変えようぞ!」
「勝負……」
そう言えば、メリアメリーも「決着を付けなければ」と言っていた。
両者の口ぶりから察するに、宴の際にはメリアメリーとキャルメラが何か勝負をするのが恒例行事なのだろう。
「趣向を変えル……と言うが、普段はどんナ勝負をしていルんダ?」
「基本は酒飲み勝負じゃな。もっとも、ワシが負けた事は無いが」
「……御嬢様よ、何故にそんナ種目で勝負を」
「……ぱみゅぱみぃ」
ダンは、先ほどキャルメラが放り捨てたカボチャの盃に視線を向ける。
大人でもちょっと気合を入れて抱えるような巨大カボチャをくりぬいて作られた代物……漂ってくる匂いからして、かなり度数の高い蒸留麦酒で満たされていたと思われる。
それが空っぽだ。先ほどダンたちの目の前で、キャルメラが豪快に飲み干していたのだから。
で、現状、キャルメラはテンションこそやたら高いが、視線や呂律、そのほかの所作がしっかりとしている。
酔っ払っている雰囲気が少しも無い。
おそらくテンションが高いのは素。
メリアメリーがどれくらい酒に強いか、ダンは存じ上げないが……どれだけ想像力を働かせても、この御嬢様があんな酒豪と互角以上の勝負を繰り広げる光景は思い描けない。
「相手が本領を発揮できる戦場で戦うのが、気高く素敵な飛縁魔の流儀よ」
「そレは勝者が言うから格好良い台詞ダぞ……」
「ぱみゅう……」
「今日こそ勝つから! 問題なーいーのー!!」
「まぁ、ワシとしては楽しく酒を飲める上に、勝者の権利としてメリーを魔法で猫耳メイドに変身させたり、可愛さ全振りのあざといダンスを躍らせたり、ツンデレ幼馴染ちゃん語録を言わせたりと愉快な限りなのじゃが……勝負と銘打つからには、勝つか負けるかのヒリヒリ感! 欲しいっ……と思うのが道理よなァ!!」
「………………」
やたら友好的なキャルメラに対し、気品に拘るメリアメリーが社交辞令の欠片も無しに敵対心を剥き出しにしているのは妙だと思っていたが……納得の経緯が今の発言から垣間見えた。
「と言う訳でメリーよ。今宵は別の勝負をしたいと考えておるのじゃが、どうじゃ?」
「むぅ、『酒飲みではどうせ勝負にならないだろう』と言われているも同然で、少々釈然としない所もあるけれど……まぁ、良いでしょう。どんな勝負であろうと受けて立つわ。そして私が勝利した時には、アナタもアナタの子分たちも、私の事を二度とロリババァとは呼ばないと誓わせてやるのだから!!」
「ろりー」「ばばー」「やーいやーい」「全戦全敗のろりばばー」
「ふしゃーーーーー!!」
キャルメラの子分たちに煽られ、メリアメリーが威嚇する……が、完全に舐め腐られている。
吹けば飛び散りそうな弱弱しい大福霊にすら尻を向けてあっかんべーをされる始末だ。
「のじゃふふふ、貴様は本当に好いのう、愛いのう! 気持ちの好い、まさしく快諾で何よりじゃ!」
「と言ウか御嬢様よ。せメて何の勝負か聞いてから受けルべきだと思うゾ」
「ぱみゅみゅう」
「関係無いわ。私が勝てば良いのだから!!」
……記憶違いだろうか。
ダンは先ほど「全戦全敗」とか言う言葉を聞いた気がするのだが。
「安心せい、メリーの眷属よ。貴様の主に危ない真似はさせぬよ。貴様の主には」
「……、……!」
キャルメラが目を細めた途端、雰囲気が変わった。
先ほどまで気の良さそうな魔女っ子のじゃロリババァでしかなかったのに……その鋭く重い眼光に貫かれた瞬間、ダンは全身の産毛が逆立つのを感じた。
この眼に捉えられたなら、もう絶対に逃げられない……そんな確信がある。
これは、圧倒的な捕食者を前にした被食者の心地だ。
――魔女王・百猟御前。
今ならその異名にも納得が行く。
「今宵の勝負は……【闘眷】。貴様と、ワシの眷属による真剣勝負の――殺し合いぞ」