表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/20

02,愉快な骨が定めたポリシー


「悲惨的大惨事……」

「ぱみゃあ……」


 パミュを頭に乗せて霧の帳に包まれた甲板へと上がり、顔面御札マン改めダンは「うわぁ」と軽く引いた。


「あら、みんな今日は張り切ってるわね。満月だからかしら?」


 ダンの傍ら、コウモリ翼をぱたつかせて宙に浮く紅蓮ドレスの少女――飛縁魔(ヴァンパイア)・メリアメリーはまるではしゃぎ回る幼児でも見守るかのような調子で言うが……ダンとしてはもう「この世の終わりなんですよこれ」と言われれば普通に納得できそうな光景が、甲板(そこ)には広がっていた。


 げらげら響く笑い声、血と恐怖で濁った悲鳴。聞くに堪えない合奏曲。

 甲板中を泡食って逃げ惑う人間ども。それを追いかけ回すは魑魅魍魎、異形の怪物ども。


 皮や肉がぐずぐずに腐った付喪屍(ゾンビ)が、押し倒した人間の頭蓋を噛み砕く。


 火の玉を従えた分かりやすい幽霊(ゴースト)が、金縛りにした人間の皮を剥いで遊んでる。


 下半身が蜘蛛のそれでしかないお姉さんが、口や蜘蛛腹の先端から毒々しい色合いの色を噴き付け、それを浴びた人間が立ち待ちじゅうじゅうと湯気を上げて溶けていく。


 影がそのまま立体化したような黒い巨人が、その細長い腕で人間を五人まとめて抱き締める。次の瞬間にはサバ折りが五丁あがり。


 腕から鳥の翼を生やした少女が、猛禽類のような脚の大爪で人間をまさにワシ掴みにして、そのままマストの上まで飛翔。悲鳴と一緒に血の雨が降る。


 首の無い鎧武者がゆったりと歩きながら、まばたき一度の間に抜刀し納刀。周囲を走り転げ回っていた人間どもの首がすぽぽぽぽんと空を舞う。


 首筋から頬にかけて魚の鱗が生えた灰髪の少女。一見は無害そうだったが……その少女が放つ不思議な声で人間どもが次々に破裂する。


「ヒハハハハ!! なぁ皆の衆よぉ、ちょいと景気良く()り過ぎじゃあねぇのぉ?」


 その殺戮の中心で、海賊コーデの骸骨が大笑いしていた。


「こりゃ今回の宴は死肉だらけだなぁ! 俺様(キャプテン)の活け造りショーはオアズケかぁ!? いっそここで開催しちまうかぁ!?」


 言いながら、骸骨はその手に持った黒い瘴気を噴き上げる舶刀(カットラス)を指揮棒のようにリズミカルに振る。

 リズムと一緒に刻まれた人間の血肉が、崩れて地に落ちるまでに腐敗……しかし、まだぴくぴくと動いている。

 微塵に刻まれ、腐り落ちても、まだ死ねない。

 そう言う呪いで斬り刻む呪具なのだ。


「おっと、いけねぇ。この剣じゃあ活きは良くても食えたモンじゃあなくなっちまうぜ。その辺の死体に手頃な剣でも引っ付いてねぇかなぁ。斬れりゃあ小刀(ナイフ)でも良いぞぉ――って、おン?」


 言葉通り、舶刀(カットラス)の代替品を探し始めたらしい骸骨とダンの目と目が合った。

 まぁ、骸骨の方には眼球など無いのだが。


「おやぁ、おやおやおやおやぁん?」


 まるで、へべれけの酔っ払いがワルツでも踊っているよう。

 そんな気味の悪い動きで、骸骨がダンに接近してきた。

 もしも骸骨の鼻が空洞で無かったなら、そのままダンと鼻先ごっつんこしそうな距離で停止。

 うっわ近いなぁこの骨、とダンは顔面御札の向こうで若干眉間にシワを寄せる。


「こりゃあ、トビきり強烈な呪いのかかったお人形さんだ事」


 おもしれー、と言いながら、骸骨がダンの顔面御札を摘まんでぴらりと捲った。

 そこにある顰め面を確認して「あんらやだ、ぶちゃいく~」とカラカラ笑う。

 不気味な骨貌のくせに随分とお調子者気質だ。


「しっかし知らねぇ呪いだな。札の文字からして大陸式かねぇ……見た感じ表の呪文は蘇生に服従、裏は記憶操作と……何かの封印っぽいな。こりゃあ、人工付喪屍(ゾンビ)製造術式って所かぁ?」


 目の前で不愉快そうな表情を丸出しにしているダンに構わず、骸骨は顔面御札の呪文を雑に解読。

 そして突然「ヒーハー!!」と大声を張り上げ、ゲラゲラと笑い始めた。


「ヒハハハハ! 自然発生した付喪屍(ゾンビ)を操るってんならともかく、生産から人力の奴隷付喪屍(ゾンビ)とはトンでもねぇー! 神サマってモンにバチクソ喧嘩を売ってやがる!! 僧侶が知ったら裸足で駆けて殴りに来るだろうよ、こんなモン!! バチ当たり上等ってか。その意気やサイコー!!」


 独りで勝手にテンションをぶち上げて、骸骨は骨しかない手でダンの肩をバシバシ叩く。

 その振動でダンの頭から落ちそうになったパミュが「ぴしゃー!」と威嚇するが、愉快な骨は気にも留めていない。


 骸骨は顎骨をカクカク鳴らしながら、ダンへと更に顔を近づけて遂には額を擦る距離に。


「気に入ったぜお前、俺様の船に乗れ!! お前もファミリーになろうやァ!!」

「そのお誘いは不要よ、不死身のキャプテン・ヴォーン」

「おうおう高慢ちきなプリンセス・メリー、今日もちんまくて可愛いじゃあねぇか! 不要ってのはどぉいう意味だ?」


 関節がイカれてんのか、と思えるような気色悪いぐねぐね挙動で骸骨――キャプテン・ヴォーンと呼ばれた骨の怪物がメリアメリーの方へ向く。またしても顔が近い。どうやらこの骨は距離感が壊滅的らしい。

 慣れているのか、メリアメリーは平然と会話を続ける。


「だって、その子はもう既に私の眷属。船に乗るのが決定しているのだから」

「ヒーハー!! 手が早ぇなサイコー!! 我らがゴーストシップのバチ当たりポイントが急上昇だぜぇ!!」


 ヴォーンは両手を広げ、くるくると回り出した。

 そんな骨ダンスの目の前に、逃げ道を誤ったらしい人間が通りかかる。

 それに気付いたヴォーンの「おう? こんばんわ」と言う軽い声と共に呪いの舶刀(カットラス)が振るわれ、哀れな人間の首を切断した。

 首を斬られた苦痛に加え、意識がハッキリした状態で自分の首無し死体が徐々に体が腐っていく様を見せつけられ、発狂の声を上げる生首。それをヴォーンはダンスのステップついでに勢い良く踏み潰した。

 腐り始めていた人間の生首は傷んだトマトのようにぶちゅりと潰れる。


「お気にのブーツが汚れても気になんねー! サイコーな新入りゲットで気分サイのコー!」

「……なぁ、メリアメリーさんヨ」


 ダンシング骨こと愉快なキャプテン・ヴォーンをジト目で眺めつつ、ダンは傍らのメリアメリーに問いかける。

 すると、メリアメリーは「違うでしょ?」と可愛らしく小首を傾げ、ちっちっちっと舌を鳴らした。


「私の事は『我が麗しき御嬢様』とお呼びなさい、我が愛しの眷属」

「じゃあ改メて。我が麗しき御嬢様よ。色々と説明が欲しいゾ」


 甲板に上がる前、メリアメリーはダンに「私の眷属としてゴーストシップに乗れ」と言った。


 ダンは現状「主が不在のキョンシー」。

 元々、キョンシーに主を選ぶ権利なんてない。

 製作者、もしくは製作者から譲渡・購入した者が否応なく主。

 今回は譲渡でも購入でも無く略奪と言う形にはなったが……ダン的には正直、些事。

 眷属になれと言われて、拒否する理由は発生しなかった。

 なので「良いゾ」と頷き、一緒に甲板に上がってきた訳だが……。


「察すルに、ゴーストシップと言うノはアレか」


 ダンが指差すのは、霧幕の向こう。

 ダンたちが今乗っている船も、多くの国を又にかけているだけあって密輸船とは思えぬほど豪快な巨大船舶だが……それよりも更にふた回りは大きい巨大な船影が、霧幕に浮かんでいる。

 遠近感が狂いそうな大きさだ。まるで海に浮かぶ木造城塞である。


「ええ。我らが素敵な居城。ゴーストシップがあれよ」

「で、そノ同居者が……」


 辺りを見渡す。甲板上ではもう動ける人間がほとんどいなくなったからか、怪物どもは「満足満足~」とゴーストシップへ帰る組と「略奪略奪~」と密輸船内へ降りていく二手に分かれて移動を開始していた。


「アの魑魅魍魎どもカ」

「幽霊船住まいの飛縁魔(ヴァンパイア)、そのファミリーとしてはお似合いでしょう?」

「ぱみゅう」


 ぐぅの音も出ないね、と頷くパミュにダンも「それナ」としか言えない。


「さぁーて、新入りィ!!」

「うわ」


 意識と視界の外からいきなりニュッと生えてきたヴォーンに、ダンは思わずビクゥッと大きく反応してしまう。


「俺様はキャプテン・ヴォーン! くだらねぇ海賊屋が死に損なった成れの果てさ。そしてゴーストシップの船長(キャプテン)……つっても、名ばかりの肩書だ。誰も俺様の言う事なんざ聞かねぇし、そも聞く必要が無ぇ。サイコーだろ!? ヒハハハハ!! で、お前さんの名は?」

「オレはダン。アンデッド・ダン、ダ。そこノ御嬢様が付けた」

「アンデッド・ダン……良いねぇサイコー!! お似合いだぜぇ、ダァン。今日からサイコーのファミリー!!」


 ヴォーンが勢い良くダンの肩に手を回して引き寄せる。

 何度見直しても髑髏面。頬ずりされて心地の良いものではないのだが、ヴォーンはお構い無し。

 パミュは「こりゃたまらないぱみゅ」とダンの頭から跳び、メリアメリーの小さな胸へ避難した。


「俺様のゴーストシップにゃあ当然、ルールなんてモンは無ぇ。在る訳が無ぇ! この船に乗ってる連中は出自がバラバラ、元は海や陸どころかお空の上に住んでいた奴までいらぁ。そんな怪物どもが何かの偶然で流れ着いて、なんとなぁく群れになって生活しているだけの場所(ふね)。ルールなんて決めるだけ無駄ぁ。分かるよなぁ?」

「……まぁ、あの面子ダと無法地帯で然るべきだろうナ」


 あんな怪物どもが綺麗に並んで規則に従い生活する姿なんて、微塵も想像できない。

 混沌としていて然るべき、とすら思う。


「物分かりが良くてサイコー!! まさしく無法地帯、そう言う事なんだぁ。だぁ~から好きにやれぇ。自由に! 楽しく!」

「自由……ネぇ……」


 ――主の命令を機械的にこなす操り人形。

 そう揶揄されても「それが何か?」としか言えないキョンシーには、どうも馴染み難い概念だなぁとダンは思う。

 キョンシーらしさとか知識でしか知らないのにそう感じると言う事は、直感的に自由や自己決定と言った行為を忌避するように設定されているのだろう。


「ああ、そうだ。言い忘れてたぜぇ……もっかい言うが、この船にルールなんて無ぇ。だが、いくつかのポリシーは在る」

「ポリシー?」

「サイコーの家訓さ! 『欲しいモンは何でも奪え!』『自由だけは奪わせるな!』、サイコーだろ? 俺様が決めたのはこの二つだが他にも色々。好きに増やして良いぞ。それも自由だぁ。誰かが決めたポリシーに従うかどうかも含めてな。ヒハハハハ!!」


 そう言って、ヴォーンは突き飛ばすようにダンを解放。

 おっとっとと転びそうになるダンにあっさりと背を向けて、ヴォーンは軽快にスキップし始めた。


「さぁて、俺様も略奪に行くかぁ。完全に出遅れたが、残りモンにゃあ呪詛(ヤク)があるって言うんだぜぇ。ちなみに俺様が今さっき考えた金言だ。自由に語り継いでくれや。ヒ~ッハッハッハッハッハッ!!」

「…………………………」

「相変わらず、自由の権化みたいな骨ね」


 ……何と言うか、ひたすら度し難い。

 それが現状における、ダンの結論だった。


「まぁ、ゴーストシップに乗ってる連中は多少なり皆々ああいう手合いよ。その難しい顔から心境は察してあげるけど、さっさと慣れる事ね。我が愛しの眷属」


 クフフと不敵に笑いながらメリアメリーがパタパタと翼を振って、ダンの頭の高さまで飛んだ。

 その胸に抱いていたパミュをダンの頭に戻し、そのままポフポフと軽く撫ぜるように叩く。


「ああいう手合い……それは、御嬢様も含メての話カ?」

「クフフ、どうかしらね? とりあえずゴーストシップへ戻りましょう。私の眷属が全裸に布一枚だなんて有り得ないもの。まずは服を見繕わなきゃ」

「服、ねぇ……」


 地獄のような甲板上をメリアメリーはすいーっと泳ぐように飛んでいく。

 辺りの血生臭さには一切触れず、その意識は眷属のコーディネートに向いているときた。


「とんでもナい主に拾わレ……いヤ、略奪されタのかも知れないナ」

「ぱみゅう」

「オマエもそう思ウか。まぁ、文句は言わないサ」


 ダンは「キョンシーだもの」と頷き、小さな主の後を追いかけてゴーストシップへと向――


「――!」


 ちくりと首筋を刺されるような不快感を覚え、ダンは勢いよく振り返る。

 ダンの背後には、峰が黒い長剣(サーベル)を振り上げた男の姿が。


 男はダンと視線が交差すると「げっ」っと声を上げて恐怖に顔を歪めたが、もはやヤケクソとその手の白刃を振り下ろした。


「おっと」

「ぱみゅ!?」


 月明りを反射してきらりと光る縦振りの一閃、ダンはパミュを手で庇いつつひらりと回避。


 キョンシーの肉体性能は人としての限界を越えている。

 不意打ちだろうと常人の剣を躱すなど容易い。


 ダンは回避ついでに男から少し距離を取りつつ、その様子を細かく観察する。


 板金の兜に手甲、革製の胸当て……。

 船乗りや商人の装備ではないが、騎士や軍兵にしては実に半端と言うか雑。

 見すぼらしいと言う感想すら抱く。

 職にあぶれたゴロツキが、冒険者や傭兵の真似をして密輸船の用心棒でも引き受けた……と言う所だろうか?

 だとすれば、船上で扱うのに向いているとは言えない長剣(サーベル)で斬りかかってきたのも頷ける。

 涙と涎を垂らしながらカチカチと歯を鳴らしている様子からして、命懸けで戦う覚悟はしていなかったか。

 今まで無事だったのも、怪物どもが去るまでどこかの物陰にでも隠れていたためだろう。

 それが今になって出て来たのは……甲板での大惨事を目の当たりにし、見つかって殺されるのは時間の問題だと自棄を起こしたか。

 さながら窮地にてネコを噛もうとするネズミの様相。


「ひっ、く、くそっ幽霊船の怪物め……ウワサは海軍が流布したデマだって聞いてたのに、本当に出やがるなんて……聞いてねぇぞ……ちくしょう!」

「なルほど。お気の毒な境遇ダと言うノは察せタ」

「ぱみゅぅ」


 あのゴーストシップ、ウワサにはなっているが「密輸犯罪を抑止するために海軍が広めた嘘っぱちだ」と言うのが世間の声であると。そしてこの男はそれを信じ、こんな惨劇に巻き込まれるだなんて夢にも思わず……今に至る訳だ。


「と言うか待テ。幽霊船の怪物って、オレは違――あ、いや、違わナいのか」


 確実に人外(キョンシー)ではあるし、ついさっきゴーストシップの一員に……と言うか、ゴーストシップの一員の眷属になった。

 現状、ダンは『幽霊船の怪物』のくくりで間違い無いと思われる。


「だとすレば」


 ダンが状況を整理していると、男が悲鳴のような雄叫びを上げて長剣(サーベル)を構え直し、突進をしかけてきた。

 血走った眼に宿っているのは明確な殺意。

 自らの敵……『幽霊船の怪物』と言うくくりに在る者に害を加える意志。


「納得的理解。オレが取ルべき行動は――こうカ」


 ダンは頭に乗っているパミュを軽く手で押さえつつ、右足で踏み込み、タンッと軽く跳躍しながら左足で蹴りを放った。

 実に単純な動き――否、これは単純ではなく、洗練!


 今ダンが放った蹴りは、キョンシーの名産地・大天華帝国にて極めて一般的すこやか武術【健康道(ジェンクンドー)】におけるひとつ【弐起脚(にききゃく)】。

 武器を持った相手と対峙した際、相手が武器を持っている手に素早い蹴りをぶつけて武器を叩き落としつつ、足周りの筋肉に刺激を与えて健康になろうとする一撃である。


 ダンの弐起脚はその概要通り、突っ込んできた男の手首を強襲。

 キョンシーの怪力を以て放たれた一撃……軽めの蹴りと言えど、板金手甲ひとつで防げるはずも無し。

 余りの衝撃に男の鉄手甲がバラバラに弾け飛んで、ボギョッと鈍く湿った音が響く。

 男の手首が完全に粉砕された音ッ。

 砕けた骨が内から皮と肉を突き破り、鮮血を撒き散らす!!


 当然、男は長剣(サーベル)など掴んでいられない。

 白刃がくるくると回転しながら空を舞い、落下。

 からんからんと音を立てて甲板を転がっていった。


「ふぎゃ、ぁああああ!? 俺の手がああああああああああ!?」


 男が喚き悶えるのを尻目に、ダンは着地と同時に右足を軸にしてくるりと一回転。

 更に軸足を左に変えてもう一回転。


 そこから放つのは、またしても健康道(ジェンクンドー)の蹴り技。

 技の名を【旋斧脚(せんぷきゃく)】。


 踵を斧の刃に見立てた鋭い後ろ回し蹴りで相手の肉体を破壊する攻撃でありながら、「素早く左右の軸足を入れ替えつつ片足立ちで回転する」と言う運動で体幹訓練を行う体操的側面も併せ持つ。


 手首を粉砕された痛みに悶える男では、ダンの鋭い一撃を躱せるはずも無く。

 旋斧脚は男のどてっ腹に直撃。

 骨を砕き臓物をかき混ぜながら、男の体を薙ぎ払う。

 男は錐もみ回転で吹っ飛んでいき、マストに頭からごつんと衝突して止まった。


「ぱ、ぱみゅう……」

「暴力的ナのは好かナいか? しかし、キョンシー的にどうしてもこうせざルを得なかっタ」


 つい先ほど現・主となったメリアメリー御嬢様は、どう取り繕っても『幽霊船の怪物』の一体。

 ダンが蹴り倒した男に取っては殺意の対象で間違い無い。

 よって、主に害を為す可能性があるあの男を見逃す訳にはいかなかった。

 キョンシーの(さが)


「一応、殺してはいナい。と言うか、殺せナい」


 キョンシーには標準装備の安全機構。

 主に害為す者の排除が目的であれば戦闘自体は可能だが、不必要に命を奪わないように必要最低限の制御が働く仕組みだ。

 あの男は気絶しているだけ。その証拠に、時おりピクピクと指や尻が震えている。


「まぁ、余り意味は無いだろうがナ」


 ダンが言った側から、付喪屍(ゾンビ)がフラフラと甲板に戻ってきた。

 船内では目ぼしい獲物を見つけられなかったのだろう。「あー……食い足りねぇ~」などと言いながら辺りを見渡し……気絶中の男を発見。次にダンの方を見る。


「なぁなぁ、おめぇ匂いからして人間じゃあねぇよな? じゃあファミリーか。見覚えねーけど、まぁいいや。それよかコレ、おめぇが獲ったのか?」


 肉が半ば腐り落ち、黄ばんだ骨が露出している指。

 それが指している先には、気絶中の男。


「意地の汚ぇ話だけどよぉ~……譲ってくんねぇかぁ? ま~だ腹が減っててよぅ。頼むよぅ」

「別にオレのモノじゃナいゾ」


 ダンが男と戦ったのは、主の害になりそうな敵を無力化するため。

 男が倒れた今、その目的は完遂されたと考える。

 ダンと男の間にあった関係性はもう消えて無くなった。


「後の事は関知しナい。オマエの好きにすレば良い」


 男がこのまま付喪屍(ゾンビ)に食われようが、無事に生きて陸へ戻ろうが、はたまたこの船と一緒に海に沈もうが……ダンの知った事ではない。「つくづくお気の毒だナ」程度の感想は抱くが、それだけ。

 パミュも幼体とは言え野獣の類だからか、自然の摂理は弁えているらしい。「弱肉強食・適者生存……世知辛いぱみゅねぇ」と溜息を零すだけに留めた。


「おう? そーかい。よくわかんねぇが、ありがとよぉう。遠慮無くいただくぜぇい」


 へっへっへと笑いながら、付喪屍(ゾンビ)が動かない男に手をかける。

 この後の展開は予想がつくし、特に見たいとも思わない。

 なのでダンは視線を切って、ゴーストシップの方へと向き直った。


 すると、目の前にむすっとした少女の御尊顔が。


「ぬおっ」


 思わずびっくりの声が漏れ、顔面の御札が揺れる。


 御尊顔の主は、先にゴーストシップへ戻ったはずのメリアメリー御嬢様。

 ゴキゲンが斜めっておられるらしく、ジトっとした目で「むー」と唸りながらダンをひたすら睨んでいる。


「遅いわよ。眷属のくせに主である私を放って、何をしているのかしら?」

「ああ、すまナい。生き残りの人間に絡まれテいた」

「ぱみゅみゅ」

「あら、そうなの」


 事情を知った途端、メリアメリーの表情から不機嫌な気配が消えた。

 メリアメリーはダンの頭から爪先まで一通り視線を走らせ、ふぅ、と安心したように破顔。


「それは災難。でも、怪我は無さそうで何よりね」


 眷属(ダン)の身を案じての発言……ではないだろう。

 おそらくはダンの身ではなく血の心配。「無駄な出血が無くて良かった」と言った所か。

 そう推測し、「やはりトんでもナい主に略奪ひろわレたようダナ……」と溜息を吐きかけたが――


「眷属が怪我をしてしまうだなんて、主の面目が立たないもの。気を付けなさい。もうアナタだけの体ではないのだから。あまり私を心配させないで頂戴ね」


 最後に「安全第一よ?」と念を押して、メリアメリーはくるりと空中旋回。

 ゴーストシップの方へパタパタと引き返して行った。


「……案外、まトもナ主なのかも知レないナ」

「ぱみゅちょろいなこいつ」

「ン? 何カ言っタか?」

「ぱみゅ~?」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ