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17,不死身の海賊団


 ――ジャパランティス海軍総司令部膝元の街に、人気の団子喫茶がある。

 人気と言ってもさすがに平日の日中、更に午前とも午後とも言えない微妙な時間帯はそれなりに落ち着く。


 だからスイセン大佐はその時間帯に仕事をひょいっと抜け出して足を運ぶのだ。

 さすがに佐官が堂々とサボっているのを市民に見せつける訳にもいかないので、私服に着替えてはいる。


 テラス席にて新聞を片手に、看板名物である三色串団子に手を伸ばす。


「良い御身分だな。将官への出世を拒んでいるのはこのためか? アヴォニー副総督」


 ふと投げかけられた声。

 それだけでキリッとしたスマートな美女を彷彿とさせられる。


 実際、スイセンが新聞を畳むと、許可も取らずに相席する美女の姿が視界に入った。

 女性は白衣を身に纏い、緑髪の頭頂部には何故か醤油皿を乗せている。


「あらまー……ネネの御嬢。こうして顔を突き合わせるのは何時ぶりだろうねぇ」

「直近は二七年前だな。前回、貴様に『新しい顔』……今のその腑抜けた面をこさえてやった時だ」

「あ、普通に超最近だったねぇ……一〇〇〇年も生きてると時間の感覚が狂って仕方無い」


 スイセンは新聞を卓上に放ると、ボリボリ首を掻きながら欠伸を噛み殺した。

 一連のだらしない動作が実に似合うおじさんである。


「まぁ、とりあえずなんだけどね。今の俺の名前はアヴォニーじゃなくてスイセンだし、肩書は副総督じゃなくて大佐だ。更に言うと今はオシノビだったりするんだよねぇ。だから呼び方はダーリンかスイセンおにいたまで頼めるかな?」

「寝言を言いたいのなら不死殺しの薬を持ってくるが」

「ははは、相変わらずツレないねぇ」


 スイセンが「ひとまず何か頼んだら?」とメニューを手渡そうとしたが、ネネと呼ばれた白衣の女はまるでそれを予見していたかのように「すぐに帰る。不要だ」と即答した。


「ここの団子、超美味しいのに。例えるなら一〇〇〇年に一度の奇跡だよ」

「それは良かったな。まぁ、三〇〇年ほど前にも貴様の口から聞いたフレーズだが」

「そうだっけ?」

「どうでも良い。単刀直入に伝える。用件は三つだ。まず一つ。海軍が保管している『占いがよく当たるようになる能力を発現させる月彌兎(ツキビト)の血』を破棄しておけ」

「そりゃあ何でまた……いや、そっか」


 スイセンはすぐに何かを察して頷き、感心したように自身の顎を指で撫ぜる。


「もしかして、ヴィッツ少尉の妹ちゃんが結構善戦しちゃった感じ?」

「いや、つつがなく処置した。不老不死にしたあと瓶詰で保管している。必要であれば引き渡すが」

「あらま……ってか要らないよ。サンプルを手元に置いておきたいなら、そもそも今回みたいな処分はしないしねぇ」

「……ゴーストシップに興味を持つ海兵が妙な真似をする前に処分してくれるのは助かる。作戦中の事故として一斉に処理する方が効率的である事も理解する。そのために手を貸せと言うのなら無論やぶさかではない。だが、もう少しやり方を考えろ。今回は万が一が有り得た」


 ネネの言葉に、スイセンはきょとんとした表情になる。

 完全に予想外と言いたげな様子だ。


「大袈裟に言い過ぎじゃない? あんな青臭い若造が指揮する型落ち軍艦一隻に新兵詰め合わせだよ? 御嬢とキャプテンをどうこうできるとは微塵も思わなかったんだけど…………あー、察した。なるほど。それでさっきの話か」


 スイセンは手に取った串団子を齧って串だけにすると、指先に乗せて器用に回し始めた。


「あんな精度の低いママゴトみたいな占い能力でも、場合によっちゃ奇跡の一発大逆転とか起こせちゃうものなんだ?」

「肯定だ。精度が低かろうと未来を観測してそれを前提に動かれると、未来が乱れるのだ。つまり当方の正確な未来視が妨害される。そして確定的未来を視て動けないと言う事は……天文学的確率の低さだろうと、万が一が発生する事を否定できない」


 たまたま非常に運の悪い事に……なんて話であの船を沈められては困る、とネネが目を鋭くする。


 受けてスイセンは「おー恐い恐い」と苦笑しながら首をすくめてみせた。


「今後、ゴーストシップを利用して厄介者を消す時は、事前に伝書カモメを寄越して最低限の打ち合わせをしろ。この注意が二つ目の用件だ」

「うい。承知のスケだ。ちょいと大佐の考えが甘かったねぇ……さすがに反省するよ。手間をかけさせて申し訳ない。そして了解。例の血は上層部の連中に言ってさっさと処分させておく……それで、用件は三つだったね。最後の一つは?」

「ディンガーレオ・ヴィッツの弟がいるだろう。それも始末しておいてくれ。近い内に兄姉の仇討ちに燃えて色々とやらかしてくれる未来が視えた」

「ああ、リンゴくんね。向こう一年はベッドの上だって聞いていたけど……へぇ、案外やるもんだ。そっちも了解。ちょうど良いから失踪した事にしといて、次に引退する上層部連中の『新しい顔』にしよう」


 ――ジャパランティス国民の大半は、知らない。


 世界最強の海上戦力と謳われるジャパランティス海軍。

 その前身が、一〇〇〇年前に隆盛を誇っていたとある海賊艦隊である事を。


 更に、その海賊団の面々がある禍破(カッパ)の妙薬によって不死者(イモータル)となり、数十年周期で顔と名前を新しく変えては海軍に再入隊、国家運営にも多大な影響力を与える海軍上層部・中将以上の席を占領しているなど……ほとんどの国民が想像した事も無いだろう。


「始末さえしてくれれば構わない。用件は以上だ」


 と言いつつも、ネネは立ち上がらず、足を組み直した。

 スイセンがある質問する未来を視た上で、その質問に答えてやると言う意思表示だ。

「さっさと訊きたい事を訊け」と言う催促でもある。


「キャプテンの様子はどうだい?」

「相変わらず、自由で卦体(けったい)な骨だ」

「ははは。俺たち【旧ファミリー】が知っている相変わらずじゃあないねぇ」


 スイセン……かつては大海賊ラカム・エンバミング二本刀の片割れ、アヴォニーと言う名の女海賊として勇名を馳せた荒くれ者が、懐かしむように目を細める。


四方海賊大団ボーダレス・ファミリー総督だった頃のキャプテンは、笑いも怒りもしなかった。まぁ、俺は副総督だったから分かるよ。世界中の海賊をまとめあげるなんて、正気の沙汰じゃあなかった。それでもキャプテンはやった。やり切った。月の連中なんかに、この星のサイコーな自由を奪わせないために……ほんと、一〇〇〇年経っても頭が上がらないよ」

「近況報告くらいはしてやるが、思い出話に付き合うつもりは無い」


 ネネの素っ気無い言葉にスイセンは「それでも座っててくれたくせに~」と茶化す。

 その言葉が出てくる事をあらかじめ知っていたネネは特に表情を変える事も無い。


「鬱陶しい。さっさと仕事にでも戻れ」

「いやいや、俺は程よくサボるために大佐やってんのよ? まだまだ仕事にゃ戻らんよ。副総督としてあんだけ働き倒したんだ。キャプテンよろしくセカンドキャリアは悠々自適にやらせてもらってバチは当たらないでしょ」

「貴様らはバチを気にするような柄でもないだろう」

「いやいや、これでも俺ら昔から神サマ仏サマによく祈ってたよぉ?」


 スイセンはへらへら笑いながら、慣れた手つきで串を振って虚空に十字架を描く。


「略奪品の十字架や仏像が高く売れますようにー……ってね。今だって大して変わらない。賭場や遊郭に行く時は『当たりが出てくれますように』と一生懸命に祈るモンさ」

「こんな連中が一国の権力をほぼ掌握しているのだから、世も末だな」

「ははは、神頼み仏縋りも楽しいけど末法も大いに結構。元々大して働かない神やら仏やらに見放された所で、世の中は何も変わりゃしないさ。で、こんなバチ当たりに好き放題に言われて悔しいのなら、今夜は良い女(アタリ)を出してくれよ、神サマ仏サマ。アーメンナムナムダ~ってなモンで」

「責任の取れない種は蒔くなよ。当方が工事してやった股間を使って水子の霊など作ったら許さんぞ」


 ネネは呆れたように目を伏せて一息だけ吐き、席を立った。


「おっと、さすがにこれ以上は無駄話に付き合ってくれないか。残念。それじゃあ御嬢、キャプテンによろしく」


 ネネは白衣を翻し「ああ」と短く応えて立ち去る。

 スイセンはネネの背中を見送りながら湯呑を手に取り、口につけてゆっくりと傾けた。

 すっかり冷めていた御茶が、のったりとした感触で胃に落ちていくのを感じる。


「あらら、完全に冷めてら。ちょいとサボり過ぎたねこりゃあ」


 スイセンは急いで残りの団子を口に運んで一気に完食すると、手を上げて店員を呼ぶ。

 さっさと御会計を済ませて仕事に戻――


「団子と御茶、おかわりで」



   ◆



 海上他界(ニーラカーナ)に夜が来た。

 ゴーストシップは今宵も盛会……とは、限らないようで。


 いつもなら獲物がいたぞと船鐘が打ち鳴らされる頃合いをとっくに過ぎても、鐘の音は響かない。


「獲物が見つからナい夜もあルんダナ」

「狩猟とはそう言うものでしょう。生き物が相手なのだから。まぁ、たまにはノンビリ過ごす夜も素敵なものよ?」

「ぱみゅみゅ」


 メリアメリーの船室。ベッドの上に座るダン。

 その頭にはパミュを乗せ、膝はメリアメリーの枕になっている。


 メリアメリーは仰向けになって本を持ち上げ読書中。

 やたら古めかしく表紙も無骨な一冊だが、それはただただ発行されたのが大昔と言うだけで、内容は童話集。

 彼女の容姿によく似合うものだった。

 略奪品らしく、薄らと血染みがついている。


「ノンビリ……まぁ、そレも悪くナい」


 起動してからすぐにメリアメリーに拾われ、ゴーストシップに乗ってからも色々と……たまにはゆっくり身体を休めなければ。

 健康道(ジェンクンドー)の心得にもある。「休息とは陰の鍛錬である」と。


「アナタも本を読んでみる? なんなら、私が読み聞かせでもしてあげようかしら?」

「……読み聞かせ、カ」

「ぱみゅ?」

「いや、何だカ……懐かしい気がシてナ」


 自分で言って、ふとダンは疑問を抱く。

 つい先日起動したばかりだのに、懐かしいとは……?

 しかしどうにも……幼い娘に膝枕をしながら、童話の類を読み聞かせてやった事があるような気がする。


「それで、どうするの?」

「……もし良けレばだが、オレが御嬢様に読み聞かせル、と言うのはどうダ?」

「あら、それでも構わないわよ。はい」


 メリアメリーから本を受け取り、ダンは目次のページへ向かう。

 項目を指でなぞりながら「注文はあルか?」と問うと、メリアメリーは少し考え、


「そうね。じゃあ、『ワン・ナイト』……それを、最後の一ページ以外」


 その童話はダンの知識の中にも概要が記録されていた。

 騎士道に憧れた犬が、飼い主の町娘を姫、散歩を冒険に見立てて奮闘する、シュールだが愛嬌もある喜劇だ。

 しかし、最後の一ページで唐突に「全ては病に伏した犬が今わの際に見た一夜の夢であった」と明かされ、犬は最後の最期で現実に引き戻された事を嘆きながら息を引き取っていく……物語の締めくくりは子供向けの童話にしては少々苦みのあるものになっている。

 無意味で、後味が悪く、筆者の悪癖か何かとしか思えないこの結末のせいで、作品の評価は芳しくないそうだ。


「悲しい結末は大嫌い。でも、それ以外の部分はとても大好きなの。あ、それから少し特殊な注文よ。犬のセリフを読む時は、語尾に『ごわす』を付けて頂戴」


 何も知らなければ気でも狂ったかと疑いたくなるような注文。

 現にパミュは「えぇ……?」とドン引きしている。

 だが、ダンは「そうか」と微笑と共に頷いた。


「そレはナんとも、個性のクセが強い犬ダ」

「クフフ、よく分かっているじゃない。その通りよ。でも、とても面白くて愛くるしい騎士なの。読んでみれば分かるわ」

「ああ、よく知っていルとも」


 悲劇で終わってしまう夢だと分かっていても、彼女はその夢の愛しさを忘れたくはないのだろう。

 だったら、死と言う悲しい結末なんて見て見ぬふりをして、ただただ楽しい部分だけを楽しんでしまえば良い。

 この船は、そんな自由が許される場所だ。


「……もう悲劇では終わらせない」

「あら? ごめんなさい。よく聞き取れなかったわ。もう一度、言ってもらえる?」

「いや、たダの独り言ダ。気にしナいでくレ」

「そう? なら良いのだけど」


 ……ゴーストシップに乗ったあの日。

 キャプテン・ヴォーンは言っていた。

 この船にはルールなど無い。

 だがポリシーは決めて良いと。


 御嬢様を笑顔にする物語を探してページをめくりつつ、ダンは密かに決めた(・・・)


 この子の笑顔を、誰にも奪わせはしない――今度こそ。


「それじゃあ、御願いね。我が愛しの眷属」

「承知シタ。我が麗しの御嬢様」












 霧に包まれた夜の海。獲物を見つけた猟犬が吠えるように、鐘の音が鳴り響く。


 ここは「イけば戻れぬ夜霧の魔海」、海上他界(ニーラカーナ)


 怪物だらけの幽霊船が、常世の秩序を食い散らかして踊り狂う。


 ゴキゲンよう! 諸君。お待たせしましたされました!


 遅ればせながら、今宵も始まる怪物たちの海賊ごっこ。

 さぁ、甲板を踏み鳴らせ。足が無ぇ幽霊(やつ)は手を鳴らせ。歌っても良いぞ。


 死者に口無し引っ込んでろぉ?

 ヒハハハ、馬鹿たれやがって。殺されただけで死んでちゃあ、まだまだよ。

 大体いつまでも棺桶で寝てたら床ずれしちまうじゃあねぇか。


 墓に帰れって?

 ここも墓場みてぇなモンだろ。海の底にどんだけ骨が転がってると思ってんだ。

 はいじゃあもう決定。今日からこの海全部が俺様たちの墓って事で。ヒハハハハ!


 無茶苦茶だぁ?

 そいつぁサイコーに自由で実に結構!


 羨ましいか?

 じゃあ、今からアノ世に逝かねぇよう祈ってみな。


 もしもこのサイコーに自由な墓場で、また会えたなら。


 素敵なファミリーの仲間入りだ!!


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