01,吸血姫の可愛い御嬢様
窓も無ければランプの類も無い、真っ暗な部屋にて。
ほぼ全裸の青年が独り、体育座りで待機していた。
青年がふぅと息を吐くと、彼の額に貼り付けられた呪符がひらひらと揺れる。
青年は、いわゆる【キョンシー】。
人間の死骸に呪術的な細工を施して造られる怪物。
死を否定され起き上がった【死ねずの骸】の類だ。
東の大陸国家・大天華帝国ではありふれた使い魔である。
「……さテ、困ったナ」
ぽつりとつぶやいて、青年は首をぼりぼりと掻く。
起動から間もないキョンシーは死後硬直により関節が曲がりにくくなっているものだが……青年の場合、素体になった死骸が良かったのか製作者が良かったのか、その挙動は既に生者と大差が無い滑らかさだった。
「こレは、どう言う状況ダ?」
青年には知識はあるが、記憶……思い出が無い。
キョンシーの仕様だ。使い魔として扱うのに支障が無いよう、生前の固有情報が全て削ぎ落される。
そして青年の記憶は、今この暗い室内で目を開けた所から始まっていた。
青年は状況を把握すべく、辺りを見回す。
室内は真っ暗だが、キョンシーは夜目が利く。
周囲には木箱や樽が並べて積まれているばかり。
窓が無い事と合わせて、物置か何かだろうと推測。
……そして、人の気配は無い。
「いや、何デ?」
青年は怪訝に思い、顔面御札の奥で眉をひそめて頭の上に「?」を浮かべる。
青年の中にある知識によれば、キョンシーが起動したら最初に主と顔合わせするのが通例のはず。
しかし、現在地は倉庫らしき場所で、主らしき人物は不在。
加えて、ろくに服も着せられていない状態……おそらく、自分は意図されずに起動してしまったのだと青年は結論した。
「初期動作不良、ダナ。ツイてナい」
青年はやれやれと小さく首を振りながら、ゆっくりと立ち上がる。
ここが物置か何かであるなら、その所有者がそのまま自分の主だろう。
出入口を探して外に出て、主となるべき人物に初期動作不良の発生を報告すべきだと考えた。
立ち上がった事で周囲の箱や樽より高くなった視点から、改めて辺りを見渡す。
「案外、広いナ……ン?」
視線を移動させていくと、少し離れた場所に布を被せられた大きな何かを発見。
布の内から、小さいが生物の気配を感じる。
人間……では無さそうだが。
青年は行く手を阻む荷物類を身軽に跳び越えて、件の物体へ接近。
その被せられた布を剥ぎ取ってみた。
現れたのは大きな鉄檻。
入っている動物は……掌にすっぽり収まりそうな白黒毛皮の子ニャンコ……ではない。
子熊だ。まるで上質な饅頭のようにふっくらもちっとまんまるフォルム。
青年の知識にはその生物の情報があった。
この見ているだけで幸せになれる究極生物は、大天華帝国にしか生息しない希少生物・パンダ、の幼体だ。
「ぱみゅー」
「あラ、カワイイ」
青年をじいっと見上げ、愛らしい鳴き声と共に小首を傾げる子パンダ。
これはカワイイ。和みつつ、「はテ?」と青年も首を傾げる。
パンダは希少生物だけあってその生体は当然、死骸のひとつですら帝国が厳重に管理しており、過去には「毛皮の一部を無許可で国外に持ち出した」と言う罪状で極刑に処された者もいる。
そのパンダさまを、藁も敷いていない鉄檻に布一枚だけ被せて運搬とは……とても雑では?
子パンダには若干だが衰弱の気配が見える。こんな環境では弱るのも当然。
更に檻の隅に転がっている色の悪い笹の食べ残しからして、満足な飼料も与えられていないのだろう。
それでもモチモチ体型を維持できている事に「世界がどれほど残酷でも、我々は可愛く在ろう」と言うパンダ一族の矜持を感じる。
「ふむ」
不審に思った青年が更に状況を探るべく感覚を研ぎ澄ますと、この部屋が一定間隔で小さく揺れているのが分かった。
微かな波音が聞こえる。潮の香りもする。
「……ここは、船の中、カ? そシて海を渡っていル?」
大天華の領地は地続き。
国内の移動ならば、川を渡す事はあっても海は有り得ない。
パンダとキョンシーを積んで、国外に向かっている?
同盟国への特別な贈り物……と言う扱いには、どうにも見えないのだが?
「これは…………なるほど、分かったゾ。物置と言えば確かに物置ダが、密輸船の貨物室だナ。ここは」
貨物室の広さからしてかなりの大型船。
感覚を研ぎ澄まさなければ揺れに気付けないほどの安定感からして、性能もかなり良い。
大規模な密輸組織が背後にいると推察できる。
しかし……子パンダの扱いを見るに、構成員は物の価値も知らないゴロツキばかりの様子。
手当たり次第の雑な密輸業で荒稼ぎして、考え無しに組織を拡大した結果、とにかく数を集めた構成員がろくでもない無能ばかりになってしまった……と言う所だろうか。
長続きはしなさそうだが、先の事を考える頭があるならそもそも犯罪稼業に手を出す訳が無い。
悪党らしい事だ、
諸々納得したのと同時に「あいや参ったゾ」と青年は頭を抱えた。
「おいソこの子パンダ。どうもオレたちは、違法的輸出をサれていルようだゾ」
「ぱみゅ!?」
マジかよ兄さん! と子パンダはビックリした様子。
「ああ、緊急的事態。とテも困ったゾ」
キョンシーは大天華帝国ではありふれた使い魔ではあるが、その製造法は国外秘。
生産・管理から破棄まで帝国政府直轄の呪術師連盟がきっちり執り仕切っている。
なのでキョンシーもパンダと同じく禁輸品だ。
つまりこの二人……いや、この二体、仲良く密輸出中!
「生きていレば何が起こルか分かラナい、等とよく言われルらシいが……まさか密輸出されルとはナ」
「ぱみゅみゅい」
いや、キョンシーならもう死んでますやん兄さん……と言う子パンダの冷静なツッコミに、青年は「確カに」と手で槌を打ち、すぐさま「いや、その辺は割とドうでも良いゾ」と話を戻す。
「このママおとナしく密輸出さレるのはマズい……が、脱出シテこっそり帝国に戻ルにも、ナァ。現在地が分かラない事には、どうにモ」
先ほど感覚を研ぎ澄ました際、青年の嗅覚は潮の香り以外にも積荷の匂いを嗅ぎ取っていた。
大天華製と思われる華方薬の匂いの他に、主に西大陸系国家で製造されている葡萄酒や蒸留麦酒、そして東大陸南端ヒンディア共和国の名産である香辛料の匂いまであった。
積荷が国際色に富んでいる……この密輸船は、かなり大規模な密輸旅行の真っただ中と言う事だ。
つまり、ここが大天華帝国領海付近だと言う保証が無い。
更に視線を走らせれば、目に付いたのは見事な蝶々柄の布で織られた羽織物。
あれは確か、着物や禍装と呼ばれる代物。
海洋国家ジャパランティス――かつては【禍の国】とも呼ばれていた国で造られている民族衣装だ。
「……西大陸にヒンディア、そシて帝国やジャパランティスまでもの名産品が揃い踏みと来タ」
青年はこれらの積荷から、密輸航路を割り出すべく思考を回す。
まず、着目すべきは帝国名物である子パンダの状態。
「ぱみゅー」
多少の衰弱は見られるが、その鳴き声や仕草はまだ「可哀想に……」より「カワイイッ!」が勝る。
衰弱度は軽微。何日もこの杜撰な船に積まれているとは思えない。
だが、一日や二日ではない事も確か。
であれば、直近三・四日以内の停泊地に帝国が含まれ、西の大陸と東の大陸を網羅できる航路だ。
「有力なノは……西大陸の国かラ東周りか」
西の大陸の国から出発。通りがかりの西大陸諸国で酒類の仕入れをしつつ東進。
ヒンディア海洋を通って帝国を含む東大陸諸国を巡り香辛料や帝国名物系を確保。
そしてジャパランティスへ。
この経路なら船速次第で「三・四日以内に帝国に停泊した」と言う条件を満たしつつ、この貨物室内の積荷を揃えられるはず。
……で、問題はその先の航路、現在地だ。二つの可能性がある。
一つ目は、ジャパランティスを終着地として、西の大陸へ引き返す航路。
二つ目は、ジャパランティスも経由地であり、その東方領海を抜け、大洋を東南方面へ突っ切り、珍獣多しで知られる南大陸・オーストルアへ向かう航路。
「さて、今コの船から飛び出シて……無事に陸地へ辿り着けル目はどれほどダ?」
ジャパランティスから西大陸へ引き返す航路なら、現在地が帝国領海付近と言う望みもある。
もし既に帝国領海を通過してヒンディア海洋や西の大陸寄りだとしても、近場に陸地が存在する可能性が高い。
しかし……二つ目の推測通りなら、現在地は大洋のド真ん中かも知れない。
その場合、四方どこへ進もうと陸地が絶望的に遠い……そんな最悪の状況である。
「……ぬぅ」
青年は御札の奥で眉間にシワをよせ、小さく唸った。
「脱出シても、大海原のド真ん中に放り出されルだけの可能性があル……そレも、楽観視はできナいほどに」
キョンシーは死ねずの骸。
頭がもげようと、四肢が爆散しようと、どれだけ形を奪われたとしても滅びはしない。
肉片を寄せ集め縫い付け修繕すれば元通りだ。
浄化の儀式で魂をあの世に還されるまでは、実質・不死に等しい……が。
さすがに【不死者】のように自動で再生したりはできない。
大海原の真ん中に飛び出し、陸地に辿り着く前に力尽きて海に沈めば。
いずれ肉体は朽ち果てたとしても、魂だけは浄化される事無く、永遠に暗い水底を彷徨う幽霊になる……。
「……普通に嫌ダ」
生前の記憶が無いので、死がどんなものかは存じないが……。
多分、死よりもキツい末路だ。想像しただけで背筋がモヒャッとする。
「……後は事の流レに身を任せルしか無い、ナ。そもそも、一使い魔でシかナいオレがこレかラどう動くかナんて考えるノがおかシかったんダ」
使い魔が自己決定で行動しようと言うのがそもそもの間違い、なるようになれ。
そうして青年は観念し、子パンダ檻の横に腰を下ろした。
鉄檻から剥ぎ取った布で裸体をくるんで膝を抱く。
「あーあ……密輸先でどうナルか……誰が主にナろうと違法キョンシー、摘発さレレば経緯とか関係無く即座に浄化処分ダろうナァ……」
海の亡霊になって暗い海底を彷徨い続けるか、理不尽に浄化されて消滅するか。
展望が無さ過ぎる。
「……どうシてこうなっタ」
「ぱみゅ、ぱみゅう」
「慰めてくれるのカ。元気が出たゾ。ありがとう。圧倒的感謝。お前も親と離されて大変だのに、良い奴だナァ」
「ぱみゅっし」
パンダって第一子以外は放任されがちだから慣れっこよ。と、どうやら第二子以降らしい子パンダはグッと親指を立てた。
あらやだこの子ってば強ぉい、と青年は胸きゅんしてしまう。
「とりあえズ、手持的無沙汰。やる事も無いしオマエに名前でも付けヨう」
「ぱみゅ?」
「饅頭的で食べたくなルむっちり体型に、その鳴き声から【食食】でどうダ? 愛称はパミュ」
「ぱみゅはお」
好い名前だと思う! と子パンダ改めパミュが両手の親指をグッと立てる。
「気に入ってくれたのなラ、何よりダ。さて、オレの名前はどうなるんダろうナ」
ネーミングセンスのある主に当たれば良いが……キョンシーの身、主を選ぶ自由など無い。
「西大陸の人間が主になったら、クリスとかジルとかレオンとか――およ?」
密輸された後の未来に不安と期待半々で思いを馳せていると、突然、がたんと船が大きく揺れた。
「ぱみゅ!?」
「おっと」
パミュの鉄檻が大きく傾く。
このまま派手に横転すれば、中のパミュも怪我をしてしまう!
青年は咄嗟に立ち上がって、傾いた鉄檻を片手で止めた。
そしてひょいと元の位置へ押し返す。
キョンシーは生者と違って脳の筋肉制御系とかイッちゃってるので基本的に怪力である。
「ぱみゅしぇいしぇいなす」
「どういたしマシてダ」
青年は鉄檻を止めるべく立った際に落ちた布を拾い上げると、腰から下を覆い隠す形で身に纏い、今度ははだけ落ちないように端をきっちり結ぶ。
「さテ、さっきのは……衝撃?」
座礁……と言う感じでは無かった。
他の船舶との接触事故だろうか?
「あレだけ大きな衝撃ダ。沈没する可能性もあル。やレやれ。結局、脱出すル羽目になるのカ」
こんな大型船舶の沈没に巻き込まれれば、確実に海の藻屑だ。
まだ「運良く陸地へ辿り着けますように」と祈りながら大海原に飛び出す方が希望を見出せる。
と言う訳で、脱出へ向けて行動開始。
青年はキョンシー的怪力を以て鉄檻の格子を捻じ曲げ、パミュを抱っこ。
もっふり触感。素晴らしい。
そしてきょろきょろと辺りを見渡し、他に生物の気配が無い事を確認。
「水は平気カ?」
「ぱみゅ!」
水遊びは大好きだよ! とパミュはお得意のグッとサムズアップ。
ではさっさと脱出を――青年が動き出そうとした時、その耳が妙な音を聞いた。
それは、無数の悲鳴。
大きな船舶事故が起きたならば悲鳴のひとつやふたつは珍しくも無いはずだが……。
その悲鳴は、何と言うか……。
「断末魔的悲鳴、ダナ……?」
貨物室の上……おそらくは甲板から、いくつもいくつも、まるで生きながら皮を剥がされ肉を裂かれているかのような壮絶な悲鳴が聞こえてくるのだ。
「ぱ、ぱみゅぅ……?」
「何が起きているのカ? 当然的疑問。しかしうーん、オレにも分かラん」
只事では無いのは確実だ。
どうしたものか青年とパミュが揃って天井を見上げていると――バキャッ、と言う音と共に、天井が砕け散った。
「クフフ、あらあら。素敵な匂いがすると思って降りてみたのだけれど」
天井板を砕き、霧と微かな月明りを纏って舞い降りたのは、紅蓮のイブニングドレスに身を包んだ少女。
顔立ちが幼げで可愛らしい。白銀の長髪に新雪のような白肌が、その紅い瞳と衣装を際立たせる。
そんな少女の背には、まるでコウモリのような飛膜の翼が一対。
「……コウモリ的翼?」
「ぱみゅうぃんぐ……?」
呆気に取られている青年とパミュを見て、少女はにぃっと笑った。
可愛らしさの中にふてぶてしさが混ざるイタズラ小僧めいた微笑。
口元にはちらりと鋭い牙が覗く。
「こんばんわ。人間、ではなさそうね? 死ねずの骸系の怪物……のようだけれど、付喪屍とは違う。だってアナタの匂いは――とてもちょうど良い……いいえ、とっても素敵な血の熟成具合を物語っているのだから」
何を思ったか少女は青年の方へと顔を突き出し深呼吸。
そして悩まし気な声と共に、ゆっくりと息を吐く。
「ぁあ……人間の血がブドウジュースで付喪屍のそれが腐ったブドウ汁なら、アナタのは年代物のワインね。芳・醇……とっっっても素敵。それに顔立ちも、ええ、まぁ、御札でほとんど隠れているけれど、好みだわ、多分」
「血……翼、牙……まさか、【飛縁魔】的怪物……と言う奴カ?」
魅力的な容姿で人間を誑かし、従え、侍らせ、その血を捧げさせる怪物。
――【飛縁魔】。
無限の再生力と不老の肉体を持つとされる【不死者】の一種。
コウモリのような翼を広げて夜空に君臨し、人智を越えた怪力を持つ。魔術や呪術にも精通するなんて話まである。
怪物と呼ばれる存在の中でも圧倒的上位種であり、世界怪物討伐協会によって討伐依頼が手配されれば、その討伐報酬金は初手から数千万を下らないとされている。
「クフフ」
青年の推測に、ドレスの少女は笑いながら頷いた。
「察しの良さも素敵ね。ええ、そうよ。私はメリアメリー・ヴァン・ヴァーシィ。気高く素敵な飛縁魔。さて……私が飛縁魔である以上、用件は分かるわね?」
実に不遜なドヤ顔を浮かべ、ドレスの少女――メリアメリーが青年を指差す。
「アナタの素敵な血、堪能させていただくわ! 止むを得ない事情が無い限り拒否は許さないのだから」
「むぅ。がぶりとやられてしまうのカ。痛そうだから普通に嫌だゾ」
「痛みが不安? なら安心しなさい。採血にはこの飛縁魔印・素敵な無痛針を採用した器具を使用するのだから!」
メリアメリーが勢い良く取り出したのは薄ピンク色の注射器型器具。
口ぶりから察するに、用途は注射ではなく採血か。
「……牙は、使わないのカ?」
「よく考えて。丸かじりだなんて、はしたないじゃない」
「圧倒的納得」
「ぱみゅう」
「それから、決して採り過ぎない事を約束するわ。気高く素敵な飛縁魔の矜持として、飲み切れない量は絶対に採らない。品性の問題でもあるけれど、ぶっちゃけ私は小食なのだから」
「ふむ……そう言う事ならまぁ良いカ」
無痛針を用いて適正量の採血ならば、特に拒否する理由は無い。
と言う訳で青年はメリアメリーに腕を差し出す。
「素直な子は素敵だわ」
メリアメリーは上機嫌。
指先で採血器をくるくる回しながら青年の元へ。
差し出された手に細くなめらかな指を当て、慣れた手つきで美味しそうな血管を探す。
「あ、ちょっと待って。アナタは右利き? だったら万が一の念のため、左手の方が良いのだけれど」
「両利きだゾ」
「それは便利で素敵ね」
なら遠慮は不要。メリアメリーはサクッと採血針を青年の血管へと刺入。
「おお、本当に痛くナいゾ」
「クフフフ。飛縁魔の技術力に畏れ慄くが良いわ。ほら見なさい、吸引力だって素敵なのだから」
まさしく「アッ」と言う間ッ。
採血器がちょっと濁り強めの血液で満たされると、メリアメリーはすっと抜針。
針に特別な術式でも仕込んでいたのだろう。
抜針と同時に刺入痕の皮膚が再生し、余計な出血は一滴も無し。
血液に対する真摯さがひしひしと伝わってくる仕様である。
「採血対象に痛みを与えず、時間を取らせず、一滴の血も無駄にはしない――吸血種の叡智と誇りがこの小さな採血器にはこれでもかと詰め込まれているのよ!! と言う訳で採血完了。私に協力できた事を誇りなさい」
「驚異的技術……!」
「ぱみゅぱねぇ……!」
戦慄する青年とパミュをよそに、メリアメリーが取り出したのはピンクのストロー。
それを青年からの採血に使用した採血器の針部分にコネクティング。
早速ちうちうと可愛らしい音を立て、採血器から血を吸い上げる。
途端――くわっぱ! とメリアメリーが大きく目を剥いた!!
「ンンっ……これは……想定の三倍の素敵! 素敵、すっごく素敵だわアナタの血! ここ数世紀で最高、色艶も良くしっかりとしたコク、生産者の実力が計り知れない、ヘモグロ味が豊かでエレガント、フルーティ、フルーティ、フルーティ、非常にバランスの取れた爽やかで素敵な喉越し!! 生きていれば何が起きるか分からないと言うけれど、これほどの血に出会える日が来るだなんてッ!!」
「めっちゃ褒めてくルこの飛縁魔」
「ぱみゅ引くわぁ……」
「私をしてここまで言わせるアナタの血が素敵と言うだけよ! 何だか呆れたジト目をしていないで誇りなさい、この顔面御札マン!」
「顔面御札マン」
男性型キョンシー相手だし何も間違っちゃいないが、とんでもねぇ呼び名である。
「ああ、いいえ……アナタは名前を訊くに値する。さぁ今すぐ名乗りなさい顔面御札マン!」
「名前……」
「ぱみぱみ」
さて、ここで困った青年こと顔面御札マン。
キョンシーには生前の個人的思い出記憶が無い。
あるのは使い魔として活動するのに必要な知識だけ。
なので当然、己の名前など存知あげない。
本来、起動した後に主からキョンシーとしての名前をもらうのだ。
しかし顔面御札マンはそれも無し。
「すまナい。名前は分からない、と言うかまだ無いんダ。もう顔面御札マンでも良いかナとすら思う」
「あら、そうなの? であれば……アナタさえ良ければ、私が名付けてあげても良いのだけど」
「そうカ? そレナら助かル」
顔面御札マンでも良いとは言ったが、正直、長い。
もっと短い名前の方が好ましいと顔面御札マン(仮)は思うのだ。
「そうねぇ。アナタはこれから私の眷属になるのだから、【亜飛縁魔】から取って――【ダン】はどうかしら? アンデッド・ダン。うん、さすが私のネーミング。素敵以外の感想が見当たらないわ」
「おお、短くて良い感じの名前ダ。二音と言うのがとても良い。ありがたいゾ……って、眷属?」
「ぱみゅ?」
「あら。当然じゃない。だって私、アナタの血が気に入ったのだから」
砕けた天井から差し込む微かな月光が、メリアメリーの恍惚とした表情を照らし出す。
頬が紅潮し、紅い眼は蕩け、控えめな舌がちろりとその瑞々しい唇を舐めずった。
「アンデッド・ダン。アナタは私の素敵な眷属として――ゴーストシップに乗るのよ」