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幕間:最低最悪の怪物とその末路/未来


 ――大天華帝国、北部。

 ある山奥に、まるで野ざらしにされた亡骸のような集落があった。

 もう何年も前にある惨劇に見舞われ、住民が皆殺しにされたと言う曰く付きの場所。


 当然、今は誰も住んでいない……はずなのだが。


 集落の中心にある広場にて、元は何かの像が飾られたいたらしい半壊状態の台座に座す青年が独り。


 青年の名はリン・シェンヴ。

 巷では凶悪な山賊かつテロリストとして討伐手配(クエストオーダー)が発行されている怪物。

 見てくれは体つきが良いだけの青年だが、健康道(ジェンクンドー)を極め過ぎた末に無尽の健康体……つまりは不老不死の体質を手に入れた【尸乖仙(シカイセン)】と言う不死者(イモータル)だ。


 リンは空を仰ぎ、窮屈な圧迫感を与えてくる低い鉛雲に閉口、目を伏せる。


「……オレの首を取りに来たか」


 空を仰いで目を閉じたまま、リンが言葉を投げると……彼の正面で、空間が裂けた。呪術による空間湾曲だ。

 リンが顔を下ろしてゆっくりと開眼すると、ちょうど空間の裂け目からひょっこりと何者かが顔を出した。


「あれ~……気付かれちゃった~。勘? 鋭いね~?」


 現れたのは黒髪の――子供。

 顔立ちが中性的なのに加え鼻から下を黒衣の襟で隠している事もあり、少年か少女かの判別は付かない。


「呪術……小僧が使って良い代物じゃあないな」

「小僧じゃなくて小娘だよ~」

「……女だったか」

「うん。ぴっちぴちだよ~。いぇい」

「……………………」

「わぁ、すごい冷めたお目目~」


 黒髪黒衣の少女は空間の裂け目から出ると、ふぅ、と息を吐いて――背中から六枚の黒い翼を生やした。

 いや、元々生えていたものを今まで隠していたのだろう。


化生者(バケモノ)の類か」

「ボクは空統纏義(カラステング)のイヅナマルだよ~。友達にあげる香水を調達するついでに、ちょっと御小遣いを稼ぎに来ました~」

「……随分と、大物だな」

「有名なのはママの話だと思うけどね~。で、そう言うキミはバンデッド・リン?」

「…………ああ、そう言う事になるな」


 イヅナマルが取り出した手配書を見て、リンは辟易とした。


「何か~……似顔絵と随分、違うね~? 目つきの鋭さとか別人では~?」


 ちょっと自信無くて声かけようか迷っちゃったよ~? とイヅナマルはリンの顔と手配書を交互に見る。


「現実の方は、普通に好みの顔かも~……何でこんな手配書になっちゃったのさ?」

「善良な市民からは、悪党の顔なんてどいつも悪鬼羅刹のように見えるんだろう」


 やれやれと溜息を吐きつつ、リンは台座から降り――腰を沈めて構えた。


「来るならさっさと来い。かの三大妖(ビッグスリー)の実力、見せてもらおう」

「あ~、さっきも言った通り伝説の三大妖(ビッグスリー)ってのはママの事なんだけど~……それに、キミはやっぱりやめとこうかな~」

「……なに?」

「ボクにはポリシーがあってね~。御小遣いになってもらうのは、話の通じない子だけって決めているんだ~。キミって確か元人間系の怪物だよね~? なら分かるでしょ~? 絶対になつかない野犬は駆除するけど~、共存できそうならエサをあげたり頭を撫でたりする感覚」


 まぁ話の通じない子の方が圧倒的多数で、ボクはクエスト荒らしとか呼ばれてるけどね~……とイヅナマルは苦笑しながら、手に持っていたリンの手配書を破り捨てた。


「キミさ~……本当に八〇〇〇万も討伐報酬金(クエストバウンティ)をかけられるような事したの? 話している感じ、悪虐非道の山賊稼業だったり、国家転覆を目論んで大暴れ……な~んてする柄じゃあ無さそうだし~……今も何か~、形だけの臨戦態勢って感じで~……むしろ、ボクにわざと負けようとすらしていないかい?」

「……勘が良いな」

「あ、やっぱり訳あり~?」


 リンは戦闘態勢を解き、再び台座に腰を下ろした。


「オレの首に興味が無いのなら、帰れ」

「え~? 話、聞かせてよ~。気になるじゃ~ん」

「義理が無い」

「え~……じゃあ、こうしよ~」


 イヅナマルは指を一本だけ立てて、リンへ向けて突き出す。


「キミの事を教えてくれたら、何かひとつ、御願いを聞いてあげるよ~? ボク割と何でもできるよ~? どうだい? あ、エッチなのは無理……いや、要交渉かな~? さっきも言ったけどキミの顔は普通に好みだから~」

「……何故、そこまで気に掛ける」

「なんとなく、だね~。ボクね、旅先で色んな物を見たり、色んな事を聞いたりするのが好きなんだ~。そして今は、旅先で偶然に出会った訳あり尸乖仙(シカイセン)お兄さんの御話を聞きた~い。ただそれだけ~……あ、それからこれ言うの早くも三度目だけど、やっぱり顔が好みだから気にしちゃう的な~?」


 どこか飄逸として、掴みどころの無いイヅナマルの態度。

 話を聞くまで帰らなそうだな、とリンは察し、半目の呆れ顔で深く深く溜息を吐く。


「最初は……ただの気まぐれだ」


 ――数年前。当時のリンはただすらに健康と武を研鑽する事に明け暮れる、武侠気質な尸乖仙(シカイセン)だった。


 その日、リンが山へ入ったのも修行がてら適当な猛獣を「使える武器は指一本だけ」と言う制限の下でおシバきする日課のためだった。


 その折、真っ当な商売人ならば通らない、まるで御天道様の眼を避けるような道なき森の中を進む商業隊団(キャラバン)と遭遇する。

 リンはすぐに「……ああ、違法商団か」と察し、関わらぬが吉と判断。

 視界に入れていないふりをして横を通り過ぎようとした。


 その時……積荷のひとつ、ボロ布をかけられた大きな何かから、にゅっとリンに向けて伸びた細く小さい何か――それが幼子の震える腕であり、無数の暴行の痕が残っている事に気付いた瞬間に、リンは動けなくなった。


 そして、微かに漏れるような「たすけて」と言う声を聞いた後からの記憶は、曖昧だ。


「哀れな小娘に同情して、本当にただの気まぐれで手を差し伸べてみただけ」


 次の記憶の始まりは、みすぼらしい少女の手を引きながら山を下りている所からだった。


 リンは自らの青さを自嘲しつつ、やっちまった事は仕方が無いと少女の故郷を探す事にした。

 リンには旧知の友に凄腕の情報屋がいたため、苦労はほとんど無かった。


 結果から言うと、少女の故郷は既に滅んでいた。

 彼女の故郷はテロリストどもが隠れ家に使っていたウワサのあった集落で……。

 まぁ、帝国側の酷く雑な対応とでも言えば良いか。

 善良な市民とテロリストの区別が付かないのなら、皆殺しにしてしまえばテロリストを殲滅できるだろう……と言う話でまとまり、つつがなく実行されたそうだ。

 少女はその際に不良兵に捕らえられ、違法商人へ奴隷として横流しにされた……と。


 この小娘を一体どうしたものか……とリンが悩んでいると、少女が袖の端をぎゅっと握って引っ張った。

 健康と武にしか興味が無かったリンに取っては面倒事でしか無かったが……まぁ、どうせ常人の健康などすぐに尽きるだろうと観念。

 ほんの刹那の戯れと割り切って、少女の面倒を見る事にした。


 リンに取っての誤算は二つ。


 一つは、少女との生活が事の他、楽しかった事。

 心地好さげに夢に浸る、幼く可愛らしい寝顔を見ていると……思わず口元が緩んだ。


 二つは、あの日、少女を助けるために襲撃した商業隊団(キャラバン)が豪族御用達の闇商人のそれであり――薄汚れた権力者の恨みを買ってしまっていた事。


「……自分で言うのも何だが、オレは善行を働いたつもりだ……だが、善い行いだから正しいとは限らない。善と正義は違ったんだ。いつの間にかオレは、世紀の大悪党として正義の対極に据えられていたよ」


 豪族が雇った荒れくれ者を撃退し、次に豪族が都の貴族さまに泣きついて派兵されてきた私兵団も討ち破ると、豪族貴族らは自分たちの体面を守るため【山賊的邪仙(バンデッド)・リン】と言う極悪非道の怪物を捏造。リンに押し付けた。


 世間さまは権力者たちの言う事を是として鵜呑みにした。

 怪物討伐と言う大義名分――金になる正義を疑わなかった。


「無論、納得などできるはずが無い。だからオレは、戦ったんだ……そして、断言しよう。その選択は完全に間違いだった」


 腕自慢のハンターたちが数多、リンを狙って押し掛けた。


 そして数が多ければ、様々な性質の者が混ざる。


 腐り切った性根のハンターに取って、リンと行動を共にするか弱い少女はとても魅力的な獲物だった。


「オレがおとなしく捕まっていれば、余計な意地を張って戦わず、あいつを連れてどこまでもただすらに逃げていれば……いや、あるいはもっと前か。あの日、手を差し伸べなければ、あいつはきっと……もう少し、マシな死に方ができたはずだ」


 どこで判断を間違えたのだろうか。

 いや、何から何まで間違え続けていたのかも知れない。


「イヅナマルと言ったな。オマエの言う通りだよ。オレは悪虐非道の山賊でもなければ、国家転覆を目論むテロリストでもない――ただ、何の罪も無い小娘を無残な死へと追いやった……最低最悪の怪物だ」


 リンの口から乾いた笑いが零れる。その口角は、酷く歪んでいた。


 静かに、水滴が地面へと落ちる。

 その水滴が滲んだ痕を覆い隠すように、空の鉛雲からもぽつりぽつりと雨粒が降り始めた。


不死者(イモータル)の不便な所は、自らが自らを殺す事もできないと言う点だな……だから次に来る奴に首をくれて、この間違いだらけの生を終わらせようと思っていた。だのに……それが、オレの首に興味が無い小娘と来た。つくづく、何もかもが上手くいかない。オレの判断は、いつもこうなる」


 強まる雨を浴びながら、リンが空を仰ぐ。

 イヅナマルはポータルを開き、雨傘を取り出してリンへと差し出した。


「……風邪、ひいちゃうよ~?」

尸乖仙(シカイセン)が健康を害する訳が無いだろう。笑わせるな」

「笑わせたくて言ったんだけど~……全然、笑ってくれないじゃ~ん」

「……ほざけ。話は終わりだ。さっさと帰れ」

「まだだよ~。言ったでしょ? 話を聞かせてくれたら、何でも言う事を聞いてあげるって~……キミの言う小娘さんの蘇生……は肉体が無さそうだし無理だね。幽霊(ゴースト)でも召喚しようか?」

「……旧友の伝手で降霊を試した事がある。既にあの世へ渡ったか、オレを嫌ってか知らないが……応えてはくれなかったがな」


 どちらにせよ、リンにはもう会う気が無いと言う事だ。

 それだのに、呪術の力で無理やり引きずり戻すなど……論外も甚だしい。


「そっか~……じゃあ、どうしよっか」

「……オレを殺せ。蘇生術が使えるほどの呪術師なら、不死者(イモータル)を消滅させる事もできるだろう」

「それは無理かな~」

「何でもできるんじゃあないのか?」

「できるとやるは別問題だからね~……でも、あれだ~。殺す以外の方法でなら~、キミの願いを叶えてあげる事はできるよ~?」

「……なに?」


 リンが怪訝そうに眉を顰める。

 イヅナマルは「ちょっと持ってて~」とリンに傘を持たせ、ポータルからまた何かを取り出した。

 それは、一枚の御札だった。

 特に何も書かれていない、真っ新の札。


「キミは、もう判断を間違えたくない。もう何も自分で決めたくない。だから死にたい。散々間違えて来た過去を背負って生きて行くのもうんざりだ。だから殺して欲しい。そう言う事で良いんだよね~?」

「……ああ。情けない話だとは承知しているがな」

「じゃあ、拒尸(キョンシー)……いや、正確にはキョンシーもどきにしてあげるよ~。」

「!」


 拒尸(キョンシー)……人間の死骸を呪術によって蘇生させ傀儡とした存在。

 大天華ではありふれた使い魔……そう、使い魔。

 主の指示通りにだけ動くただの道具。

 自らの判断で動く事はまず有り得ない。

 素体の記憶は削除され、自我の再形成が起こるリスクも少ない。


「まぁ、正式な製造方法は帝国の秘密主義っぷりが凄くて分からないし、何より生者が相手だと記憶や自我の破壊はできないから、その辺は封印って形になるので~……本当、あくまでも見様見真似(もどき)だね~……どう?」

「……えげつない事を考える。だが、悪くない提案だ」


 リンが死を求めていたのは、先にイヅナマルが言った通り生からの逃避もあるが……自罰的な側面もある。

 記憶も自我も失い、傀儡として使い潰されるだけの存在に成り果てる……無辜の少女を死においやった怪物の末路として、まぁまぁと言う所だろう。


「でしょ~。我ながら名案だ~。何度でも言うけどキミの顔は好みだからね~、一緒に色んな所を旅しようね~……と言いたい所だけれど、キョンシーもどきとは言え連れて歩くのは無理だよね~。大天華国外に持ち出すと大騒ぎになる系だもの~。ボクの使い魔にするって言うのは、無しかな~」

「安心した」

「え~、何で~? ひど~い」


 イヅナマルは不満げに目を細め、ぶーぶー言いながら白紙の札をピラピラと揺らす。


「まぁ、連れて歩くのが難しいって言うのも理由だけど~……一番は、キミの御要望を最優先にしての事だよ~」

「オレの要望?」

「キョンシーもどきにした後、キミの身体はここに放置していく。誰がそれを見つけて起動させ、主になるかは――御天道様のみぞ知る、って奴にするのさ」


 主の決め方は天任せ……もう何も自分では決めたくない、そんなリンにはお似合いの方法だろう。


「……その辺りは任せる。早速、頼めるか?」

「うん。おっけ~」


 イヅナマルはポータルから筆を取り出し、御札に呪文を刻んでいく。


「……願わくば、この先キョンシーになったキミが楽しく笑って暮らせている事を、祈るよ」

餞詞(せんと)か。余計な気遣い……ああ、いや、もしかして弔詞の意味合いの方が強いか?」

「茶化さないでよ~。割と本気さ~……何度も言ってるでしょ~。顔は好み。だから……次はたくさん、笑えると良いね」

「ただ顔が好みと言うだけで、随分と入れ込んでくれるな。度し難い」

「そう? 誰かの事をひとつでも好きになれたなら、その誰かの幸せを願うのは当然だと思うけど~?」

「……ああ、そうか。そうだな」


 ……ただ、一緒にいて楽しかっただけ。

 それだけの事で、この子だけは幸せになって欲しいと本気で願っていた。

 叶わなかった願望ではあるが……イヅナマルの言わんとしている事は、なんとなく理解できる気がした。


「ありがとう、イヅナマル。オマエの事は忘れな……いや、憶えてはいられないんだったか」

「ん~、一応、封印だけだから……どこかでまた会ったら、なんとなく初めて会った気がしない~って感じにはなるかもね~。その時は、声をかけてみてよ。『初めて会った気がしないぜべいべ~』って」

「まるで軟派者の常套句だな」

「だね~」


 本来なら、楽しい談笑のはずなのだろう。

 リンはどうしても、ぴくりとも笑う事ができずにいたが。


「楽しく、笑って……か」


 まぁ、記憶も自我も封印してただの使い魔になるのだ。そんな未来はまず無いだろう。

 そもそもそれでは、罰にならないではないか。


 ……それでも、願われて、想像してみて、悪い気はしなかった。


「……どんな奴が、主になるのだろうな」


 リンは自らの掌を眺めて、追憶する。

 特に何事も無かった、どこの誰もが経験していそうな穏やかないつか。

 彼の膝を枕にしてすやすやと眠る可愛らしい少女の額を、その手でそっと撫ぜる。


「………………」


 ……これは、意思決定や判断ではない。


 ただの願望。


 望む事すら許されないのは重々承知。

 それでも、口に出さなければ誰に咎められる事も無いだろう。


 ――もしもまた誰かと共に過ごす事になるのなら。


 願わくば……どうか。


 あの子と過ごしたような日々を、もう一度だけ。


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