15,蹂躙の幕開け
現在時刻は正午過ぎ、場所は海上他界の……遥か上空。
白雲を蹴散らしながら青空を進む白亜の城――否、それは白い板金で造られた巨大戦艦。
ジャパランティス式・陸海空順応母艦、通称・空母。
識別名はアマツカゼ型三番艦・ジンライ。
一〇〇〇年前の月兎戦争にて鹵獲した月彌兎の宙船を解析し、つい一〇数年前にようやく実用段階へと至った――空飛ぶ戦艦の一隻だ。
名前の通り空だけで無く、陸を走る事もできるし、当然ながら海を往く事もできる。
その多機能性を実現するため、艦体はまるで城のように巨大だが……これまた月彌兎から盗んだ自動制御技術により、理論上最低一三名の人員がいれば運航可能!
アマツカゼ型空母は次世代艦であるマジスバル型空母の正式運用開始により型落ちとなった。
その内の一隻であるこのジンライは、ある程度の技術隠滅措置を施した後、同盟国への競売にかけられる。
現在は技術隠滅措置後に問題無く稼働できるかのテスト航行中なのだ。
もっとも、現在はテスト航行予定だった海域から大きく逸れ、禁海である海上他界上空を進んでいる訳だが……。
「索敵を怠るな。例の船は確実に存在している」
艦橋。艦長席に座し、どっしりと構える強面・長身・肉厚の三拍子揃った威圧感ヤバい系少尉、ディンガーレオ・ヴィッツ。
彼の指示を受け、艦橋にて各種観測機器を担当していた索敵班の面々は「は、はい!」とビクビクしながら応え、観測機器に食らいつくような姿勢になる。
現在、ジンライの乗員はディンガーレオ含め四八名。そのほとんどが新兵である。
ディンガーレオ直の上司であるスイセン大佐が選出したメンバーであり、話によれば「好奇心旺盛な子たちを揃えたよ。みんな、何度か繰り返してあの海域に興味があるような発言をした経歴がある子たちさ。まぁそれでも、軍艦の私的運用や禁海侵入はバリバリの軍規違反だから、ビビって異議を唱える子は出てくるだろうけど……大体は新兵だから、あとはキミの威圧感で適当に丸め込んで(笑)。最悪、後々この件は大佐が揉み消す事を全面に出して良いよ」との事。
御言葉に甘えさせていただく、とディンガーレオは己の顔面圧力と大佐のバックアップを全面に押し出し、乗組員たちを統率していた。
「っ……音波索敵に反応アリ! 前方四八〇〇、右方二〇〇! 望遠索敵圏内まで推定五・四・三・二……望遠映像、映します!」
索敵班の声とカタカタと言う機材操作音の後、艦橋のフロントガラスの一部に超長距離索敵用望遠鏡が捉えた映像が投射される。
その映像を見て、艦橋内が一気にどよめいた。
白昼でもわずかに漂う薄霧の中……まるで、海に浮かぶ黒い城。
「アレが……ウワサの幽霊船か」
「間違いありませんわ、レオ兄様」
艦長席の隣に座していた女史、アルルミィズ・ヴィッツ准尉がタロットカードをめくって、断言する。
「因縁の出会いを暗示するカード――あそこに、吸血姫がいます」
「そうでなくては困る」
対飛縁魔用の焦がしニンニク醤油聖水はたっぷり積んできた。
この日のために不死者を浄化するための儀式手順も万全・頭に叩き込んである。
「ヴァーシィ王室ヴァン家衰退の元凶……一族の贖罪、必ずここで果たすぞ」
V・V家の者は、幼少期から呪いのように刷り込まれてきた。
この世においてヴィッツ家に降りかかるあらゆる災厄は、すべてメリアメリーと言う存在に起因している。
血族から怪物を輩出してしまった罪を、神は決して御許しにならない。
だから償うのだ。
メリアメリーを討ち無へ還す事で、血の穢れを浄化する。
「高度は維持、船速を最大まで上げろ。ここは禁海、侵入船舶に警告は必要無い。有効射程に入り次第、全砲で砲撃開始だ。船体を跡形も無く吹き飛ばすまで砲撃は継続する」
あとは海に投げ出された怪物どもを自動操縦の艦載機による機銃掃射で一匹ずつ潰していく。
それと同時進行でアルルミィズの占いを駆使してメリアメリーを探し出す――予定だった。
アルルミィズがぺろりと新たなタロットをめくった途端に、血相を変える。
「っ、兄様! 災厄の到来の暗示――また未来が!」
「慌てるなミィズ。昨日の白衣の女があの船に乗っている事は想定済み。であれば、お前の占い結果が乱れるのも織り込み済みだ」
奇襲できない事など百も承知。
だからどうした、とディンガーレオは鼻で一笑。
連中には、白雲の波を切り裂いて進むこのジンライにアプローチする手段が無い。あるはずが無い。
いくらあの船が巨大と言っても、雲に届くほどではない以上、乗っている怪物もそれ以下の大きさ。
更に向こうはアンティークと呼んで差し支えない旧式木造船、積載砲の有効射程もたかが知れている。
鳥仙が乗っていると言う目撃証言もあったが、いくら怪鳥類でも雲の上までは飛べない。
仮にここまで届く超個体がいても、数匹なら砲弾幕を張ってすぐに蹴散らせる。
「何かできると言うのなら、やってみ――」
「――全索敵機器に異常あり!」
「……なに?」
「あ、有り得ない……海中から何か……とてつもなく巨大な――」
報告が終わる前に、【それ】は姿を現した。
海面が大きく膨らみ、そして爆ぜる。
「ヒィーッハッハッハッハッハッハ!!」
高らかな笑い声と共に海底から生えて来たそれは――骨の山。
まるで、この星の海底と言う海底に沈んでいた全ての骨が集合し、人の形を取ったような――巨大怪物!!
「……は?」
骨の集合体の目線――まぁ、その眼窩は空洞なのだが――は、あっさりとジンライの高度に並んだ。
「ヒハハハハ。こいつぁたまげたぁ!! 月彌兎のモン以外に、空飛ぶ船があったとはよぉ!! しかも海軍の船だァ? アヴォニーの奴、俺様に黙っておもしれぇモン造りやがって……堅物だって一〇〇〇年も生きてりゃあ浪漫ってモンが分かってくるんだなぁおぉい!!」
ジンライの望遠観測と目が合った途端、骨は喧しいほどに大声を張って高らかに笑う。
「ば、バカな……まさか【峩者髑髏】……!?」
◆
――西の大陸に魔女王・百猟御前の伝説があるように、ジャパランティスにも、似たような御伽噺的怪物伝説が存在する。
それが【ラカム・エンバミング・黒髑髏】および【峩者髑髏】の伝説だ。
一〇〇〇年前、月兎戦争において月彌兎たちに大打撃を与え撃退したのは三大妖だと言われている。
だが……誰も「三大妖だけ」がそれを為したとは言っていない。
虚実うやむや、いつどこの誰が語り始めたかは一切不明。
しかしジャパランティス国民なら誰もが子供の頃に聞いた事のある海賊伝説。
全ての海の海賊どもがひとつの集団となった海賊大艦隊【四方海賊大団】。
その旗艦である漆黒の巨大船【女神の監督不履行号】の船長。
それがラカム・エンバミング。
黒い髑髏の海賊旗を掲げ、冷酷無慈悲、笑いも怒りもせず、ただ粛々と効率的に為すべきを為す。
さながら軍隊のような統率力で海賊たちを率いていたと言う。
ラカム・エンバミングを指す名前は無数にある。
黒髑髏、不死身の大海賊、全海提督……。
そして、月を落とした男。
かつて海賊大艦隊を率いて月兎戦争に参加したラカム・エンバミングは、月将軍に敗北。
囚えられ、全身の肉を削ぎ落されると言う処刑を執行された。
だが、蘇った。【禍破の妙薬】によって。
削がれた肉は戻らなかったが、骨だけでもラカム・エンバミングは愛用の舶刀を手に取った。
そしてその意思に応え、彼の部下たち――月兎戦争の最中で散った幾千幾万の海賊たち、海底に沈んだそれらの骨が集い、ラカム・エンバミングを核に一体の巨大怪物を形成。
無数の宙船もろとも月将軍を握り潰し、討ち取った事で月兎戦争は一気に形勢が傾き、地球側の勝利で幕を下ろしたと言う。
その時に誕生した巨大怪物こそが……峩者髑髏である!!
「さて、とりまキャッチだぜ!! ヒーハー!!」
目の前の空母内でディンガーレオたちが凍り付いている事など構わず、峩者髑髏――我らがキャプテン……否、アドミラル・ヴォーンがその巨大な骨の手でジンライの腹をワシ掴み。
そしてそのまま……海面へと叩きつけた!!
それだけで壊れるほどジンライもヤワではないが……艦橋、艦内全域が赤色の警告灯で満たされ、甲高いアラートが鳴り響く。
艦の外にもその様相は漏れ出すが、まぁ、当然ながらアドミラル・ヴォーンは意に介さない。
「さて、次は……おぉい、イヅナ。準備はサイコーか?」
「サイコ~だよ~」
アドミラル・ヴォーンの声に応えたのは、ゴーストシップ船首に立って潮風を受けていた黒髪黒衣黒翼の少女。
空統纏義のイヅナマル。
彼女が静かに指で印を結ぶと、ゴーストシップの船首付近で黒い光……呪力の塊が溢れ出す。
「術式起動、呪術衝角展開」
呪力は船首にこびりつくと、変形――巨大な一本角、古来の海戦において最も有効とされた「巨大船舶による体当たり」をアシストする実にシンプルな突起型兵器、衝角へと変貌する。
このままゴーストシップでジンライに突撃する……のは無理。
だってゴーストシップは夜行性だから。
昼間はおねんねで動かない。
なので、
「キャプテ~ン。お願~い」
「よし来たヒーハー!!」
イヅナマルの合図を受けたアドミラル・ヴォーンが、海に手を突っ込みゴーストシップの下へと回す。
ゴーストシップの竜骨を掌の中心に添わせる形でしっかりとグリップホールドすると――そのまま、持ち上げた。
その姿はさながら、漆黒の銛を構えた海の巨神!
「ヒーーーーーーーハァーーーーーーーーーーーーー!!」
陽気な掛け声と共に、振り下ろされるゴーストシップ。
その衝角が銛の一突きが如くジンライを斜めにブチ抜き、船底を貫通。
大穴をぶち空けたっぷりと浸水させる。
しかもちゃっかり、衝角の通過点にフライトエンジン部を捉えており、派手な爆発が起きた!
月彌兎の宙船を参考にしているならそこに飛行用ユニットがあると、アドミラル・ヴォーンは知っていたのだ。
これにより、ジンライはまさしく翼をもがれた。
爆発によって広がった船底の穴から急速に浸水していくと言うのに、空へ逃げる事はできない!!
……更に、それだけでは終わらない。
ジンライへ突き立てられた衝角を架け橋として――ゴーストシップから、ある一団が乗り込んで行く。
「のじゃっはっはっはっは、ヴォーンめ。相変わらずとんでもない事をしよるわ! ああ、いや。今回は禍破の小娘の策じゃったか? 破天荒なのは父親譲りじゃのう」
高らかな笑い声と共に、爆発の黒煙を蹴散らして進む魔女っ子幼女。
その後ろには、無数の幽霊たちが列を成す。
「それにしても、ワシが先頭を切って行列を率いるなぞいつぶりか……のじゃふふふ。愛しのメリーのためならば、全裸になるまで一肌脱ぎ続けるのも一興一興」
列に並ぶ者たちの中に獣の形を取っている者は少ないが……西大陸の出身者が幽霊の行列を見れば、すぐ脳裏を過ぎる言葉があるだろう。
百狼夜行。
当然その先頭に立つのは、魔女王・百猟御前。
――キャルメラである。
「さぁさぁ、張り切れ我が眷属たち。久しぶりの散歩じゃぞ」
飢えた獣の如くギラついた瞳。耳元まで口角が裂け上がった狂笑。
その小さなお手々が振り下ろされるのと同時に、魔女王の号令が下る。
「道中に在るもの、すべて踏み躙れ」