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14,吸血姫の過去


 ――ゴーストシップ、船房区画最下層。ドクター・ネネの診察室。

 診察台に寝かされたダンは未だに全身こんがり肉、身じろぎひとつできない状態だった。


「これから貴様の皮をすべて剥ぐ」


 薄い手袋を嵌めながら、さらりとネネはとんでもない事を言う。


「ぱみゅ!?」

「全身の神経系が完全に焼き切られている。通常の治療ではまともに動けるようになるまでかなりの時間を要するのだ。残念ながら、それを待つ時間的猶予が無い」


 ドクター・ネネは柄にもなく一体なにを焦っているのか……ダンは疑問に思ったが、ろくずっぽ喋る事もできない。

 まぁ、ネネの万能視で心の声を読み取ってくるのでコミュニケーション上の問題は無いが。


「現状、あのタロットカードの女のせいで未来が不安定だが……どれだけ未来が変わっても一切揺らぎの無い確定事象がひとつだけある。明日、あの電気男が戦艦をこさえてこの船を襲撃しに来ると言う未来だ」

「!」

「海軍上層部に根回しして消してもらうと言う手も考えたが……しかし、あのタロット女に察知され逃げに徹されると厄介だ。確実に出向いてくる明日の戦場で、同じく未来を観測・干渉できる当方が直接対処するのが最善。そしてそうすると未来の書き換え合戦になる訳だが……当方がこれに手間取っている間に、ゴーストシップが撃沈されては元も子も無い」


 撃沈……この怪物たちの集団が、いくら戦艦相手とは言え遅れを取るとは思えないのだが……。

 まさか、大艦隊でも連れてくると言うのか?


「いや、相手は一隻だ。だが、海軍の軍艦……酒や嗜好品はほとんど積んでいないし、乗員は大体が筋張っていて食用には適していない。積荷も乗員も、狩るメリットが無に等しいのだ。そしてゴーストシップの性質は『圧倒的自由』。大概の者は浮草がたゆたうように放浪し、たまたまここに根を絡めただけ……この船が無くなってもまた放浪すれば良い程度の感覚でいる」


 海軍の戦艦が攻撃してきても戦闘に参加しない者が多いだろうし、船が沈むとなれば次の住処を探しに行くだけの者がほとんど……と言う事か。

 本当、とんでもない船である。


「前にも言ったが、当方はこの船を沈められたくない。貴様としては船が沈もうとメリアメリーさえ無事ならそれで良いのだろうが……」


 この船がディンガーレオたちの攻撃で沈むとすれば。

 ……その状況において、おそらくメリアメリーは連中の手に落ちている可能性が高い。

 飛縁魔(ヴァンパイア)はそう簡単には捕らえられないだろうが、ネネがそこに言及しないと言う事は……。


 奴らには、メリアメリーを捕縛する術がある。


 まぁ、メリアメリーを相当に恨んでいるようだし、対策は万全にしていてもおかしくはない。


「つまり、貴様も戦う理由がある。貴重な戦力だ。よって荒療治を行う。三分で元通り動けるようにしてやるぞ」


 そうと決まれば、拒否する理由は無い。

 心の中で是非ともと頼みつつ……ダンはふと、ある疑問を抱く。


「……電気男、ディンガーレオ・ヴィッツとやらが言う私怨とは何か、か」


 まぁ、さすがのネネもそこまでは分からないだろうが……。


「心当たりはある。船に乗ったばかりのメリアメリーは精神的に良くない状態だったのでな、心療内科的処置のため、過去視を使い色々と見させてもらった」


 本当に何でも知ってるこの禍破(カッパ)


「医者なら患者のプライバシーを漏洩したりはしないが……当方は医者ではない。それに、これは貴様が戦う理由の補強にもなる。共有しておくとしよう」


 そう言うと、ネネはダンの顔にゆっくりと手をかざした。


「元々、施術中は眠らせる予定だった。丁度良い。貴様の夢に干渉して当方が視た記憶を共有する」



   ◆



 それは昔の話……西の大陸にあるヴァラキャ王国に、メリアメリー・ヴァン・ヴァーシィと言う御姫様がいた。

 ヴァラキャは元々多民族同盟に端を発した国家であり、一口にヴァーシィ王室と言ってもその中でいくつかの家系に分裂している。

 メリアメリーはヴァーシィ王室ヴァン家本家の一人娘だった。


 メリアメリーの父であり、当時のヴァン家当主は、彼女を溺愛していた。

 それと同時に、彼女にあまりにも病弱な身体を授けた神を呪っていた。

 やがてメリアメリーは僅か四歳にして不治の重病を患ってしまう。

 つくづく神の所業に絶望したヴァン家当主は――禁忌を犯した。


 古の禁忌術――人間を、不死者(イモータル)飛縁魔(ヴァンパイア)へと転生させる外法。

 眉唾もののオカルトでしかなかったが……そんなものを含めてあらゆる奇跡に縋ったのだ。


 そして……外法は成功してしまう。

 メリアメリーは飛縁魔(ヴァンパイア)となり、死の概念を持たない不死者(イモータル)へと生まれ変わった。


 当然、王室の人間が禁忌に手を染め、あまつさえ王室の高貴な血を引く怪物を誕生させたなど、知られて良いはずが無い。


 しかし、メリアメリーの背には一目で怪物と分かるコウモリ的翼……。

 ヴァン家当主はメリアメリーを屋敷に軟禁する形で隠すようになった。

 メリアメリーが寂しくないように、ペットを飼うと言う選択もした。


 ヴァン家はヴァーシィ王室において外交を担う一家であり、当時はジャパランティス皇室と特に密な関係であったので、当主はジャパランティス固有の犬・シヴァイヌを皇室から譲り受けた。

 シヴァイヌは飼い主への忠誠心が凄まじく、更には余りにも賢く人語すら介するようになると言う。

 メリアメリーのオトモダチに都合が良いと思ったのだ。


「……あなたが、シヴァイヌなのね。御名前はもうあるのかしら?」

「ツンでごわす」


 幼きメリアメリーに問われ、黒毛に頬周りと腹だけが白毛のシヴァイヌは尻尾をぱたぱた振りながら答えた。


「ツンデゴワス……? 不思議な名前ね……それがジャパランティス風なのかしら?」

「違うでごわす。名前はツンだけでごわす。ごわすは個性でごわすまっしゅ」

「ごわすまっしゅ……?」

「ワイルド・ツンと呼んで欲しいでごわす、主殿ごわす」

「ええ、分ったわ。よろしくね。ワイルド・ツン」

「ごわす!」

「フフ……個性のクセがすごいのね」


 ツンと過ごすメリアメリーは実に楽し気ではあったが……やはり、それだけでは不足である。

 メリアメリーが俯いている事が多いと気付いた当主は頭を悩ませた。


 やがてメリアメリーのコウモリ的翼が出し入れ可能だと判明すると、軟禁状態は解除。

 それでも油断はできないと当主は警戒していたが、同じ王室の子供と紅茶を嗜む程度はできるようになった。


 ……その変化が、分水嶺だったのだ。


 メリアメリーはまだ幼過ぎた。

 自分がどういう存在なのかを、いまいち理解できていなかったのだ。


 だから茶会を通して親友になった子に、うっかり話してしまった。

 飛縁魔(ヴァンパイア)である事を。


 しかし相手も同様に幼く、その告白はむしろ好意的に受け取られた。

 大人たちには内緒の秘密を共有する……子供に取ってそれはとても愉快で、刺激的。

 楽しい遊びのひとつ。


 その内、親友はある質問をする。「血って、美味しいの?」と。


 血はただの嗜好品の一種だ。

 人間で言うコーヒーの感覚に近かった。


 試しと言う事で父母の血を飲ませてもらった事はあるが、正直、幼いメリアメリーの舌に合うものではなく……。

 なので彼女は「あんまり」と答えた。

 それと同時に「そう言えばパパよりもママの血の方が美味しかったかも」と言う感想も加える。


 その感想が、親友にふと思わせてしまったのだ。

 人によって味が違うのなら、自分はどうだろう? と。


 仲良しのメリアメリーちゃんに美味しいと言って欲しい。


 そんな願望から、親友は試しに自分の血を飲んでみて欲しいと言い出した。

 牙は鋭くて痛いよ? とメリアメリーは警告したが、親友は構わないとぐいぐい来る。


 仕方無く、メリアメリーは親友の首筋に牙を立てた。


 ……幼くても、いや、幼いからこそ、痛みには過敏だ。

 吸血に伴う苦痛は、子供特有の想像の甘さを軽々と食い千切った。


 その痛みは、親友の目に映るメリアメリーの姿を変えてしまうのに充分だったのだ。

 この娘は可愛らしい友などではなく、恐ろしい怪物であると、痛みを以て分からせてしまった。


 悶絶しながら、首筋から血を噴き逃げ惑う親友の姿。

 悍ましい、余りにも恐ろしい怪物を見る歪んだ瞳。


 メリアメリーがただ呆然と立ち尽くしている間に、親友はそのまま逃げ去ってしまった。


 そして当然……メリアメリーが怪物に転生した事は、明るみになる。

 ヴァン家は一族郎党ヴァーシィ王室から除名、加えて全員死罪。

 メリアメリーも浄化によって土に還される事となった。


 しかし、当主は隙を突いてメリアメリーを逃がす事に成功。

 メリアメリーは独りで逃亡生活を送る事になる……が、当然、長続きはしなかった。


 三日月が薄く笑いながら見下ろす断崖絶壁に、メリアメリーは追い詰められていた。


 後方は前日の嵐の名残で唸りを上げる海。

 前方には重装備の騎士団総戦力。

 その手には銀の剣や、銀の弾丸が詰められたライフル銃、その他に飛縁魔(ヴァンパイア)に取っては一滴でも摂取すれば動けなくなってしまう猛毒である焦がしニンニク醤油が詰められた手榴弾が握られていた。


 既にニンニク醤油を浴びせられていたメリアメリーは息も絶え絶え……。

 抵抗する力も、逃げ場も無い。


 何より……幼くして多くの人間からの怒りと殺意に晒された彼女の心は、もう折れ切っていた。


「……もう、やだ……誰か……助けて……パパ、ママ……ツン……!」


 その時――個性のクセがすごい鳴き声が、響き渡る。

 騎士たちの後方で、「うわぁ!?」「何だ!? いきなり野犬が噛みついてきて……!」「やめ、くっそこいつクソを……!」とどよめきが起き、そのどよめきは徐々にメリアメリーの方へと近付いてきた。


「何なんだこの犬畜生は!!」


 騎士とは思えぬ荒っぽい声と共に蹴り飛ばされ、メリアメリーの前に転がり出て来たのは満身創痍のシヴァイヌ――ツンだ。


「ツン……!? 何で……」

「ごわすすす……主に『助けて』と言われて……駆け付けないシヴァイヌはいないでごわす……」


 今にも死んでしまいそうなくせに不敵に笑い強がって、ツンは身体を起こした。

 前脚が折れてしまっている。

 それでも何度も地に顔を打ちつけながら、メリアメリーと騎士たちの間に立ちふさがった。


「主殿……海に、飛び込むでごわす。そうすれば少なくとも……あの人間どもに捕まるよりは、マシなはずでごわす……! ツンが時間を稼ぐでごわすまっしゅ!!」

「……っ……ダメ、やめて! 私は、もう良いから……」

「……主殿、あれ、何でごわすか?」

「え?」


 ツンの視線はメリアメリーの後方、海の方。

 一体なんだろう、とメリアメリーが振り返った瞬間――ドン、と、背中を蹴られた。

 ツンだ。ツンが後ろ脚でメリアメリーを蹴り飛ばし……海へと突き落としたのだ。


「ツン――!!」

「……主殿。ワガママを許して欲しいでごわす。ツンは、誇りたいのでごわす。立派なシヴァイヌとしての生を全うしたと、そして、素敵な御嬢様に飼われていたのだと」


 重力に引かれ、崖から落ちていく間際。

 メリアメリーが見たのは――柔らかな微笑みだった。


「いってらっしゃい」と優しく送り出してくれた、今は亡き母を彷彿とさせる。愛する者の前途を祈る微笑。


「可愛らしい女の子が一人、ちょっと怪物になっただけ。それだけで国を挙げてぎゃあぎゃあ騒ぐ、人間どもは何と愚かしい事か……こんなくだらない下等生物に、負けるなでごわす。主殿は、気高く素敵な飛縁魔(ヴァンパイア)なのでごわすから」


 メリアメリーの視界が崖壁で覆い隠されたのと同時に、騎士たちの怒号と無数の銃声が響き渡った。


 個性のクセがすごい鳴き声は――もう聞こえない。


「あ、ああぁああぁ……ああああああああああああああああああああああああああ!!」


 幼い心が上げた断末魔は、暗い海の底へと吸い込まれていった。



   ◆



 治療が終わり、すっかり綺麗なお肌と肉を取り戻したダンの意識が覚醒する。

 御丁寧に長袍(チャンパオ)も着せられていた。


 ネネは溜息を吐きながら、傍らの台にメスを置く。


「当然ながら、手術は完全なる成功だ」

「ありがトう、ドクター」

「どういたしまして。それで、かなり端負って共有したが……理解は追いついているか?」

「あア。御嬢様の過去に……あんナ事が……」

「漂流の末、ゴーストシップに辿り着いたメリアメリーの様子は酷いモノだったよ。完全に心が死んでいた。それでもワイルド・ツンの最期の言葉を忘れず、長い時間をかけ『気高く素敵な飛縁魔(ヴァンパイア)』として新たな自分を再構築したのだ」


 メリアメリーが「らしさ」に拘る理由が、あの過去か。

 ダンは納得と同時に、彼女が過剰なほどに噛みついての吸血を忌避する理由もあの過去に由来するものだと察した。


「そもそも『噛みついての吸血がはしたない』と言うのが破綻している。人間のテーブルマナーに当て嵌めるならそれは『丸ごと出されたコーンを手掴みで食べるのは、はしたない』と言っているようなものだ。伝統的な吸血の仕方は噛みつきちうちう一択。むしろ伝統を否定して小道具をカチャカチャ鳴らす方が『はしたない』と言う話になると思うがね」


 噛みついての吸血を拒む飛縁魔(ヴァンパイア)なんて、らしくない。

 でも、噛みついての吸血は……メリアメリーに取って、すべてをブチ壊す原因とも言えるトラウマだ。

 心を守りつつ「らしさ」を保つために、彼女は謎マナーを自分の中で造り上げていたのだろう。


「で、話を戻す。ヴィッツ家の私怨とやらだが……おそらくヴィッツ家はヴァン・ヴァーシィの生き残り、その子孫だろう」

「そう言えば、ディンゴリンゴが言っテいたナ……先祖が禁忌をやらかした、と」


 ヴァン家はジャパランティス皇室とは親しい間柄だったようだし、その伝手で亡命でもしたのだろう。

 ディンゴリンゴの愚痴から察するに、余り歓迎はされなかったようだが。


「ヴィッツ家かラすルと、メリアメリーは一族没落の元凶……か」


 一族ぐるみの私怨と言うディンガーレオの発言とも矛盾しない。この線が濃厚か。


 本来、元凶と呼ぶべき対象はメリアメリーの父・当時のヴァン家当主のはずだが……怨嗟の矛先がメリアメリーに向かっているのは、その当主が既に亡いからか、それとも当主の大事なものを踏みにじる事で復讐にしようと言う悪趣味か。


 何にせよ、逆恨みも甚だしいとダンは眉を顰める。


「恨みの道理はともかく、ヴィッツ家の事をメリーが知れば、彼女のトラウマが穿り返される事になる。主の心身の安全を護りたい貴様としては、より戦う理由が強まっただろう? 当方としても、みすみすメリーの心を傷めさせるつもりはない。治療するのは当方なのだからな。未然に防ごう。そして、そのための作戦を提案したい」


 その提案の前準備として、ダンにメリアメリーの過去を共有したと言う訳だ。


「明日の戦いは……メリアメリーに一切関知させない」

「できルのか……と問うダけ野暮だナ、禍破(カッパ)

「当方と言う存在が分かってきたな。無論だ。先の施術中、貴様の血中にニンニク由来の睡眠薬を仕込んでおいた。これは飛縁魔(ヴァンパイア)にとてもよく効く、が後遺症は残さない。明日の朝、メリーはそれを飲む訳だ。そうしてメリーがどっぷり眠りこけている間に……すべてを終わらせる。しかし睡眠薬の効果は決して長くない。スピード勝負になる。戦力は集められるだけ集めるぞ」

「戦力……ナ」


 先のネネの話ぶりだと、この船の乗組員は余りアテにならなそうだが……。


「全員がアテにならない訳ではない。まずキャプテン・ヴォーン。あいつはこの船に愛着があるし、何よりノリと勢いだけが骨に宿って動いているような男だ。少し挑発すればすぐに良い返事をくれる。次に放浪呪術娘(イヅナマル)。あれはこの船に執着していない筆頭のようなものだが、貴様を気にかけているからな。貴様から頼めば無下にはしない。そして――」


 ネネが、ニィと不敵に笑った。

 計画を立て、それを実行するとシミュレートした事で、不安定ながら未来が視えたのだろう。

 自身に都合の良い未来が。


「メリーのためなら一肌でも二肌でも脱いでくれる変態と、その一派がいる」


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