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13,雷霆の復讐者


「クソったれがよォ……あんま気は進まねェが、腕を折ってもダメなら仕方無ェ。心が折れるまで全身バッキバキのバキ太郎にしたらァなァ!!」


 威勢よく吠え、全身鋼鉄人間・ディンゴリンゴがダンへと飛び掛かる。

 両腕から更に鋼鉄化を広げ、その髪の毛の一本に至るまで全身を完全に鋼鉄化。

 攻めの鉄拳を振りかぶりつつ、防御の全身鋼鉄――攻防を高い水準で両立した脅威のPERFECT・STYLE!!


 相手が相手ならば、無敵だったろう。


 そう、相手が相手ならば。


 残念ながら……健康道(ジェンクンドー)には、『突然、頭上から鉄骨の雨が降り注いできた時』を想定した健康を守る術――即ち、鋼鉄の脅威を退ける術がある!!


 その名も【波動浸透斥流離はどうしんとうせきりゅうり】。

 体内の余剰健康を掌から対象に流し込み、対象の表面硬度を無視して内部から破壊――木っ端微塵にして吹き飛ばす事で退けると言う術!


 ダンは健康を眼に集める事で視覚強化、ディンゴリンゴの拳を見切りひらりとすり抜け、懐へ潜る。

 そして目の前にあるディンゴリンゴの逞しい腹筋へ、そっと掌を添え――波動浸透斥流離はどうしんとうせきりゅうりを放つ!


 まぁさすがに軍人、よく鍛えていたようで。


 並の鉄骨なら木っ端微塵にできる生命力の波動を体内にぶち込まれても爆裂四散に至る事は無く。


「げぼるァっ!?」と間抜けな悲鳴を上げて後方、大掲示板に人型の大穴を空けながら吹き飛び、その向こう側の水路へと落ちた。


 どっぽーん! と大きな水柱が上がり、それが収まると、鋼鉄化が解除されたディンゴリンゴがぷかぁと水面に浮かび上がる。

 完全に白眼を剥き、口の端から少し血を流しているが……死んではいない。ただの気絶状態。

 まぁ、ダンが感じた手応え的に胸骨や肋骨はバッキバキで、臓器の位置関係もぐちゃぐちゃになっている事だろう。

 全治半年以上は確実だ。要するに、戦闘不能である。


「……ふむ。ただ堅いだけナら、大した相手じゃナかったナ」


 ダンの予想としては二・三発は叩き込まなきゃいけない想定だったのだが……。

 どうやらディンゴリンゴ、鋼鉄化の防御力を貫通して叩いて来る相手との戦闘経験は無かったようだ。

 完全に無防備でモロ、クリティカルヒットしたらしい。

 おかげで嬉しい誤算、一発で撃破できた。


「ぱみゅ、ぱみゅらうぇい!」

「ああ、周りもザワついてきタ。きっと通報もさレていル。さっさと逃げ――」


 ダンを襲ったのは、ずくり、と背筋を舐め抉られるような悪寒。

 殺気……それも、ディンゴリンゴより遥かに強い何者かの。


 殺気の方へ、ダンは勢い良く振り向く。

 そこに立っていたのは……ディンゴリンゴと同じ、白い軍服の男女二人組だった。


 両者とも銀髪に蒼い瞳が共通。

 男性の方はディンゴリンゴよりも恵体で、目つきも数段鋭い。

 口角が平坦であるため、ただひたすらに強面であると言う印象を受ける。

 その手には既に抜刀した片刃の剣が握られていた。


 女性の方はすらりとしたモデル体型。

 こちらは目つきの鋭さを隠すためか真ん丸の縁太眼鏡をかけている。

 手に持っていたのは……古びたカードの束だ。

 占いに用いられるタロットカードと言う奴だろう。


「……間に合わなかったか」


 男性がディンゴリンゴを一瞥して呟くと、並んでいた女性がタロットカードの背を指で撫ぜながら小さく俯いた。


「申し訳ありません。レオ兄様。わたくしの【占い】精度がもっと高ければ……」

「気に病むなミィズ。お前も俺と同じく【能力】を発現したのはつい先日。習熟不足は仕方が無い。俯いていないでリンゴを介抱してやってくれ」


 レオと呼ばれた男性は軍靴を鳴らしながらダンとの距離を詰め、静かに剣を構える。


「俺は――忌まわしき吸血姫の関係者を捕縛する」


 その声は、ダンの目の前で響いた。


「っ!」


 瞬きの隙を縫うように、俊足で接近された。

 そう察したのと同時に、ダンは急いで身を捻る。


 下から上へ、まるで獲物を捕らえた燕が急上昇するような軌道で白刃が跳ねた。


 余りにも鋭い一閃……鋼鉄すらも両断してしまいそうな斬撃は、掠めただけでダンが頭に巻いていたバンダナを引き裂いてしまった。

 隠蔽していた顔面御札がぺろりと垂れ落ちる。

 ダンの顔面御札を見て、レオは少しだけ目を見開いた。


「こノっ……!」


 完全に首を落としにかかった一撃だった。


 明確過ぎる殺意を向けられ、反撃を躊躇う道理は無い。

 ダンはすかさず反撃のクイック正拳突きこと小拳伸ばしを放つ……が、レオはそれを受けずに、大きく弧を描く軌道で後方へ跳躍し回避。

 ダンへ剣の切先を向けて威嚇・牽制しつつ、距離を取る。


「顔面に呪文を刻んだ御札……確か大陸式の人造死ねずの骸(アンデッド)――拒尸(キョンシー)と言う奴か。なるほど。飛縁魔(ヴァンパイア)の連れ合いには相応の悍ましさだな。そして我が弟が遅れを取ったのも、納得した」

「弟……?」

「……方針変更だ。ひとまず名乗ろう。俺はディンガーレオ・ヴィッツ。ジャパランティス海軍所属、少尉だ。お前が先ほどのした男は、我が弟だよ」

「ちなみにわたくしはアルルミィズ・ヴィッツ。同所属、准尉にして、レオ兄様の妹ですわ」

「……ご丁寧にドーモ。アンデッド・ダンだ」

「ぱみゅ、ぱみぱみ!」

「……パンダまでいるのか。眩暈がするな」


 レオ……ディンガーレオはやれやれと溜息を吐きつつ、剣を腰の鞘へと戻した。

 代わりに取り出したのは……拳銃。


 キョンシーを御存知と言う事は、その怪力も御存知なのだろう。

 距離を取って立ち回るつもりか、とダンは予想したが、


「アンデッド・ダン。この拳銃はジャパランティス海軍特製だ。一発の威力は戦艦の副砲に匹敵する。怪物にも充分な痛手を与えられるだろう。しかし、こちらとしては街中では余り撃ちたくない代物でもある」

「……投降勧告と言う奴カ」

死ねずの骸(アンデッド)が痛みや死を恐れないのは知っている。なので条件を更に提示しよう。おとなしく投降し、そしてあの忌々しき吸血姫について知っている情報をすべて提供すると約束するのなら、悪いようには扱わない。お前……キミは、怪物と言っても本質的に使い魔だろう? 鞍替えをしてみないか? 我がヴィッツ家に仕えれば、安泰だぞ」


 人外をヘッドハントするとは、とんでもない軍人もいたものだ。

 ディンガーレオの見た目や口調から堅物軍人と言う印象を抱いていたダンは意外に思う……いや、もしかしたら印象通りの堅物だが、それを捻じ曲げてでも吸血姫――メリアメリーの情報が欲しいのか。


「……忌々しき吸血姫、か。随分と念のこもった言い様に感じルが……討伐手配対象だから探しテいル、と言うだけじゃあナいのか?」

「……ああ、恥ずかしながら一族ぐるみの私怨がある。協力を願いたい」


 ……私怨、ときた。それも一族ぐるみ。

 あの御嬢様は一体、何をやらかしたのやら……ダンがふぅと溜息を吐くと、顔面御札がぴらぴらと揺れる。


 まぁ、御嬢様がどこでどう誰の恨みを買ったか、その仔細はどうでも良い。

 ダンに取って重要なのは「その恨みを晴らそうと御嬢様を狙う輩が存在する」と言う事実一点。


「悪いナ、少尉殿。オレはその吸血姫の眷属ダ。そシてキョンシーに鞍替えナんて機能は備わっテいナい」

「……残念だ。そして不幸中の幸いだな。お前の脳の残骸からは、有益な情報をたっぷり引き出せる事だろう」


 ディンガーレオが引き金に指をかけた。

 瞬間、ダンが疾風の如く駆ける!


 ディンガーレオの態度、先の警告はハッタリではないだろう。

 さすがのダンも戦艦副砲クラスの銃撃を喰らえば、健康貯蓄下ろしによる再生限度を超えるダメージを受ける可能性が高い。


 よって――撃たれる前に、決める!!


「つくづく、怪物の類は死を恐れないな」


 風を切って迫るダンに、ディンガーレオは慌てる様子も無く冷静に見据えている。


「だからお前たちは、人間に勝てない」


 ディンガーレオが照準を定める前に、ダンがその懐へ到達。足を畳みながら回転し、コンパクトなフォームから足刀蹴りを放つ!


 そしてダンの足刀は、ディンガーレオの腹を――貫通した。


「――!」


 ダンが最初に目を剥いた理由は、手応え……いや、足応えが全く無かったから。

 そして更に見開いた理由は、自身の蹴りが空けたディンガーレオの腹穴から、青白い光の瞬きが見えたから。


 刹那、青白い閃光が迸る。


 それから僅かに遅れてバヂィンっっっ!! と言う鼓膜を突く破裂音が響き――ダンの身体が吹き飛ばされた。


「が――あァ……!?」


 何が起きたか、理解できなかった。分かる事は……全身を、体内から焼かれた!!

 熱い、ただひたすらに!! 顔中の穴と言う穴から黒煙を噴きながらダンは滑空し、地面に落ちてバウンド。

 一度のバウンドでは止まれず、跳ねて跳ねて、掲示板の支柱に背を叩きつけてようやく止まった。


「ぱ、ぱみゅ……!?」

「づ……ぁ……」


 ……動かせない。指、ひとつ。

 全身の神経が食い千切られてしまっている。


 それでも死ねずの骸(アンデッド)、意識はハッキリしていた。

 視界に映る自身の黒焦げになった腕や衣服……そして口を通って絶え間なく吐き出される黒煙。

 吹き飛ばされる刹那に見た青白い光に、聞いた破裂音――


「……で、ん……き……?」

「その通り」


 肯定の言葉を放ったディンガーレオの腹は、既に元通りで何事も無かったかの様子。


「俺は月彌兎(ツキビト)の血を飲み、『着衣物も含めて全身を電気に変質させられるようになる能力』を獲得した受血能力者(ルナティックブレンド)だ」


 つまり、ダンは――人型の雷に足を突っ込んだようなもの。そして感電し、吹き飛ばされた。


 ダンは健康貯蓄下ろしで再生しようと試みるが……。

 全身の感覚が麻痺していて健康の操作すらままならない。


 まずい、と焦る。

 だが、焦った所で身震いひとつ起こせない。


「……無様だな。お前たち怪物は、勇敢を通り過ぎて無謀なんだ。死ぬのを恐れないから、こんなにも簡単に人間(おれたち)の術中にハマってくれる」


 カツカツと靴を鳴らしながら、ディンガーレオが近付いてくる。

 パミュがダンに駆け寄り「起きろ起きてヤバいって!!」とぺちぺち頬を叩くが、それでもダンは動けない。


 このままでは――


「間に合った」


 降って来たのは、声色だけで勝気そうな女性を彷彿とさせる声。

 続けて、緑髪の女性が白衣を翻しながらダンとディンガーレオの間にスタッと着地する。


「ぱみゅぱー!?」

「ど、くたー……!?」


 その白衣、緑の髪と眼鏡、何より頭に乗せた意図不明の醤油皿――ゴーストシップの船「医者じゃない」……ドクター・ネネだ!!


「いきなり未来が歪んだ(・・・)から何事かと駆け付けてみれば……なるほどな」


 ドクター・ネネが見据える先には、水路からディンゴリンゴを引き上げる姉・アルルミィズ。

 ダンとパミュがネネに何故ここにいるのかを問おうとしたが、ネネは当然のようにそれに先回りして「後で詳しく話す」と回答。


「どこの誰かは知らないが――」


 ディンガーレオは「この状況で謎の乱入者、少なくとも味方ではない」と即断。

 素早く抜刀しつつ更に銃口をネネへと向けたが――ネネの方が早い。


 ネネは普段は配慮して抑えている禍破(カッパ)が誇る強大な霊気を一瞬だけ解放。

 放たれた霊気に当てられ、ディンガーレオが「ぐっ……」と僅かな呻き声を漏らしながら片膝を突いた。


「高密度の霊気放出……お前も、何かしらの怪物か!」


 一族ぐるみの私怨……その執念があればこそ為せる業か、なんとディンガーレオは自ら頬内の肉を噛み切って気合を入れ直し、口の端から血の筋を流しながら跳ねるように立ち上がった。

 だが勢い任せでネネに突進などしない。

 ダンに無謀さを説いただけあり僅かに冷静。


 ディンガーレオは霊気の圧迫を押し退けるように「むぅあ!!」と吠えて腕を振り上げ、銃口を再びネネへと向ける!


「撤退する」


 ネネは端的にそう告げて、ダンとパミュの後ろ首を掴むと――すぐ傍らの水路に飛び込んだ!!


「っ……!」


 しまったと目を剥き、ディンガーレオが慌ててネネが水路へ飛び込んだ縁まで駆ける。

 しかし、もうそこから見下ろす水面にネネたちの影は無い。余りにも泳ぎ上手!


 一瞬だけ、ディンガーレオは自らも水路に飛び込もうと腰を沈めたが……小さく唾を呑んで、やめる。


「ミィズ。確かお前の【占い】によれば……俺たちは今日ここで、吸血姫に迫る重大な手がかりを得る……と言う話だったな?」

「はい、そのはずなのですが……」


 アルルミィズは介抱中だったディンゴリンゴから手を放し、傍らに置いていたタロットカードを数枚引く。


「これは、空振りと機会喪失の暗示……? そんな、何で……占い結果が、未来が、変わっている……!?」

「……考え得る可能性としては――今の白衣の女も未来を観測する類の能力を持っていた……等か」


 何にせよ致し方ない、とディンガーレオは静かに目を伏せ、刃を鞘に納めた。


「申し訳ありません、レオ兄様……どうして私の【占い】は、こうも重要な事ばかり外して……」

「未来は突然に変わる、信用し過ぎてはならない――その反省を得られただけ充分としよう。生きていれば何度でも次があるのだから……その次こそを物にすれば良いだけだ」


 ディンガーレオは水面に映る自らと睨み合う。


「アンデッド・ダン……吸血姫の眷属。次は必ず、主もろとも浄化してやるぞ」


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