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12,吸血姫の手配書


 メリアメリーには自分のために金を使えと言われたが……はてさてどうしたものか。

 ダンが「もう御嬢様のためになルのがオレのためって理屈で良いかナァ……」などと考えつつぼんやり歩いていると……。


「……おや」


 いつの間にやら、街の雰囲気が変わっていた。

 辺りを行き交う者たちは、どう見ても普通の人間だ。

 ジャパランティスの民族衣装である着物に身を包んでいる者もいれば、ダンに近いカジュアルなシャツ&パンツスタイルの者もいる。


 どうやら日陰者たちのストリートから外れてしまったらしい。


「まずい……訳でもナいか」


 顔面御札をバンダナで隠したダンは、見てくれだけならただの人間。

 討伐手配されているブルーはいないし、パミュは見事に饅頭を決め込んでいる。

 人の街に出てしまっても騒ぎにはならないだろう。


 しかし、わざわざ人の街を闊歩する理由も無い。

 闇市へ戻る道はどこだろう? と辺りをきょろきょろしていると……。


「おォい、そこの兄ちゃん。キョロキョロしてどォした?」

「……オレか?」


 背後から声をかけられ、振り返る。

 そこに立っていたのは、真っ白な軍服に身を包んだ青年だった。

 その銀髪と蒼い瞳からして西大陸系の人種。

 ダンよりも頭ひとつ分ほど背が高く、目つきもかなり鋭いが、その常に口角が上がった表情と快活な雰囲気のおかげでそれほど威圧的ではない。

 何と言うか、人懐っこい大型犬のような印象を受ける。


「迷子か? だったらこの絶賛サボタージュ体験中のディンゴリンゴ・ヴィッツ軍曹が道案内をしてやっても良いぜ!?」

「軍曹……」


 ダンは自身に収録されていた知識からすぐに察した。


 ジャパランティスで白い軍服――海軍兵だ。

 向こうは御存知無いだろうが、一応は海賊の一味であるダンとは完全に敵対関係待った無しの相手である。

 それにしてもジャパランティスの軍人だのに西大陸系の形質に名前……何やらごちゃついたバックボーンを感じる。

 まぁ興味が無いのでダンはその辺りスルーする事にした。


「迷子では、ナい。少し行先に悩んでいルだけダ」


 まさか軍人相手に「闇市へ戻りたい」などと言う訳にもいかない。

 適当に躱してさっさと別れよう、とダンは考える。


 余計な面倒を避けるため、ここは逃げるが吉――


「ほぉん。ああ、確かに。よくよく見たらテメェさん、東大陸系の顔してんな。観光客か。そりゃあ迷うよなァ、ジャパランティスは観光地が多いしよォ。よし来た。サボりついでにこの軍曹さんが観光地を案内してやんよ!!」


 ――しかし回り込まれてしまった。


「……結構ダ」


 もう直球でお断りしてみる。


「まァそう言うなって! 実を言うとなァ、俺の方が迷子なんだわ」

「……はぁ?」

「兄貴と姉貴と一緒に美味ぇとウワサの団子屋に行こうとしてたんだが、今までこの辺に来た事があんま無くてよォ……あんな店やこんな店もあんのか~って注意散漫に歩いてたら、いつの間にか、な!」


 にへら、と笑ってなんとまぁ元気で大きな迷子である。


「適当にブラついてりゃあ姉貴が【占い】で見つけてくれるだろォから、ここで会ったのも何かの縁って事で付き合ってくれよォ」

「……分かっタ」

「おう、そうこなくっちゃあなァ!!」


 変に断り倒して何かやましい事があるのでは? と勘繰られても面倒だ。

 ダンは観念し、ディンゴリンゴと名乗った軍曹殿に少しだけ付き合う事にする。


「そういや、テメェさん名前は?」

「……ダンだ」

「おっけい、ダン! しばらくよろしくなァ!!」



   ◆



「いやァ、本当よォ。ガキの頃から大変だったんだぜェ。俺ん家は特殊だからよォ」


 魚の形を模した焼き菓子を豪快に齧りながら、ディンゴリンゴは陽気に語る。


「俺の御先祖サマは元々ヴァラキャっつゥ西の国の王族だったってのに、派手に【禁忌】って奴をやらかして国を追われたらしくてなァ。仲良くしてたこの国の皇室サマに匿ってもらったは良いんだが、まぁ今も昔も冷や飯食いさ。兄貴が上手く立ち回ってくれたおかげで最近は随分とマシになったけどよォ……それでも王家の末裔が軍服着込んで汗水垂らしてんのってどォよ? マジでウケねェ?」

「済まナいが……規模が大きくテ、ピンと来ない話ダナ。あと多分だが、ピンと来ても笑えナい気がすル」


 訊いてもいないのに割と重めの過去をぶちまけられ、ダンは正直もう何とコメントすれば良いのやらである。

 ディンゴリンゴが強引に押し付けてきた焼き菓子、その欠片をこっそりとパミュに与えつつ、小さく溜息。


 ディンゴリンゴはダンの辟易とした様子に気付いていないのか、それとも構うつもりが無いのか……更に話題を変えて一方的に喋り続ける。

 出会い頭でも人懐っこい印象はあったが……何と言うか、甘えん坊の構ってちゃんと言う感じだ。

 兄や姉がどうのと言っていたし、末っ子気質と言うものだろうか。


 そんな調子でディンゴリンゴの話をダンが聞き流し、珍しい屋台を見つけては買い食いするだけの時間を過ごす事しばらく。ダンたちは大きな広場へと出た。

 水路で円形に切り取られ小さな橋をかけられた中心部の浮島エリアには大きな掲示板がある。


「……あレは……」


 ダンの健康的視力ならば離れた場所にある掲示板の書面だって難なく読める。

 貼り出されていたのは……世界怪物討伐協会ワールド・ハンターズギルドから発行されている討伐手配書(クエストオーダー)だ。

 太く長い杭で多数の討伐手配書が束で打ちつけられている。

 掲示板の上部に添えられた文言から察するに、ギルド未所属のハンターに向けた手配書配布所のようなものらしい。

 イヅナマルのようにちょっとした小遣いを稼ぎたいだけのハンターもどきがここで適当な手配書を見繕って獲物を探す……と言う具合か。


「おう、何だよダン。クエストに興味があんのかァ? 確かに、思ったより旅費や土産代がかさんじまった観光客が適当な怪物を狩って帳尻を合わせるってのは聞いた事あるが」


 なんて言いながら、ディンゴリンゴが掲示板へと向かう。ダンもそれに続く。

 近くで眺めるまでも無かったが…………知っている顔が中々に多くて、ダンはちょっと変な笑いが零れた。


 ブルーにマリサ、ハルピィやゼリーライム、ルジナのもある。

 そして皆、当然のように高額の討伐報酬金(クエストバウンティ)をかけられている……やはりあの船は頭がおかしい。

 トータルバウンティは一体どれほどになるのだろうか……そんな事を考えていると、ディンゴリンゴが「お」と声を上げ、ある手配書を破り取った。

 そして何を思ったか、その手配書をダンの顔と並べる。


「おうおう、めっちゃ似てンな、ウケる。まァ、目つきが違い過ぎっから他人の空似か」

「はぁ?」


 ダンはその手配書をディンゴリンゴの指からピッと抜き取って内容を検める。


「……山賊的邪仙(バンデッド)・リン?」


 そこには確かに、ダンに似ている……と言えば、それなりに似ている男の似顔絵が描かれていた。

 だがディンゴリンゴの言う通り、とんでもなく目つきが悪い。

 それだけで「まぁ似てはいるが別人だろう」と断言できる程度には。

 手配書下部に記された詳細によると、種族は【尸乖仙(シカイセン)】と言う不死者(イモータル)

 大天華帝国北部山林地帯を中心に活動している凶悪な山賊であり、豪族御用達の商業隊団(キャラバン)を襲撃したり、貴族の私兵団を闇討ちして壊滅させた事もあって国家転覆思想者(テロリスト)の容疑もかけられているそうだ。

 随分と派手に暴れたらしく、その討伐報酬金(クエストバウンティ)は八〇〇〇万を超えていた。


「ちなみに、身に覚えはあったりすっかァ?」

「ある訳が無いダろう」


 生前の記憶は無いが、少なくとも一度は死んでいるはずなので不死者(イモータル)は有り得ない。

 不死者(イモータル)の死とは基本的に浄化による消滅だ。

 普通はキョンシーに加工する死骸など残らない。


 ダンの怪訝そうな回答を受け、ディンゴリンゴは「本気にすんなよ、冗談だって!」とゲラゲラ笑う。


「しっかし、怪物ってのはどこにでも湧くモンだよなァ。キリが無ェ。しかもどいつもこいつも隠れるのが上手ェ。ヴィッツ家も代々探してる奴がいるんだけどよォ……兄貴が最近、ようやくウワサ程度の情報を掴んだくれェで……」


 ディンゴリンゴの話を聞き流しつつ、ダンが他に知った顔はいないか掲示板を眺めていると――


「……まぁ、いるよナ」


 よく見知った御尊顔――メリアメリーの手配書も当然あった。

 だが、その手配書にダンは違和感を覚える。


「【吸血姫(きゅうけつき)】、メリアメリー・ヴァン……?」

「……どうしたァ。よりにもよって、そいつが気になるのか?」


 印字ミスか? とダンは束の一番上をぺろりとめくるが、何枚めくってもすべてメリアメリー・ヴァンとしか記載されていない。


「確か、メリアメリー・ヴァン・ヴァーシィじゃあナかったか?」


 何気無いつぶやきだった。

 瞬間、ダンは異変を察知する。

 傍らに立っていたディンゴリンゴの気配が、明らかに変質したのだ。


「ダン。テメェ、今なんつった?」

「――!」


 ディンゴリンゴの顔から人懐っこい笑みが消え、真顔……しかも、放たれているのは紛れもなく殺気!!


 瞬間、視界の端でディンゴリンゴの右手が跳ねた。

 拳が来る――ダンは咄嗟の判断で左腕を振り上げて壁を作り、ディンゴリンゴの右拳を防ごうとした。


「なっ――」


 向かってくるディンゴリンゴの拳を見て、ダンは大きく目を見開いた。

 陽の光を受けたその拳は――黒い金属光沢を放っていたのだ。


 直後、ダンの想定を遥かに超える、到底人間の拳とは思えない重い一撃が炸裂する。


「が、ぁ――!?」


 キョンシーの脅威的腹筋と脚力で踏ん張るが、それでもぶわっと後方へ浮かされた。

 着地と共に素早く後退して、浮島エリアの端、踵半分が水路上へはみ出した所で何とか勢いを殺す。


「こレは……!」


 防御に使った左腕の感覚が無い。

 完全にひしゃげ、粉砕骨折してしまっている。

 キョンシーのパワー漲る頑強な肉体……それも、健康道(ジェンクンドー)によって非常に高い健康状態を誇る腕が……たった一撃でぐしゃぐしゃにされてしまった!!


 感覚が失われた左腕から、遅れてやって来た激しい痛み……は、まぁ、ちょっと涙目になってしまうが、キョンシー的に我慢できないほどではない。

 何より、今は痛みよりも驚愕の方が勝る!


「オマエ、何だそノ腕は……!」


 先ほどのは、ダンの見間違いでは無かった。

 ディンゴリンゴの拳は、まるで黒鉄の彫刻のように黒い金属質な拳へと変質していたのだ。

 軍服の袖まで、真っ黒に染まって金属特有のてかりを放っている!!


「改めて自己紹介するぜ。俺はディンゴリンゴ・ヴィッツ。ジャパランティス海軍軍曹。そんで――月彌兎(ツキビト)の血を飲み、『着衣物も含めて全身を金属に変質させられるようになる能力』を獲得した【受血能力者(ルナティックブレンド)】だ」


 ダンは知識を参照。

 ――月に住まう獣人民族・月彌兎(ツキビト)――彼らは優れた科学技術力によって生み出した超兵器と、その技術によって覚醒させた超能力を武器に、この星へ侵攻してきた事がある。

 約一〇〇〇年前に勃発した月兎(げっと)戦争と呼ばれる戦いだ。

 その戦時中、主戦場の多くを抱えたジャパランティスは月彌兎(ツキビト)に対抗する研究を重ね……『月彌兎(ツキビト)の血を飲む事で、その月彌兎(ツキビト)と同じ超能力を得る事ができる』と言う事実を突き止めた。

 そうして量産された対月彌兎(ツキビト)用超人兵士……それが【受血能力者(ルナティックブレンド)】!

 しかし……月兎戦争後、人道的理由からこの技術は封印された……そうダンの知識には記録されている。


「その面、受血能力者(ルナティックブレンド)は知ってるが『封印された技術では?』って感じか? 情報が古ィぜ。数年前に研究開発が再開されて、いくつかの条件をクリアした希望者は軍が保存している月彌兎(ツキビト)の血を、ほんの数滴だが投与してもらえるようになったんだぜェ?」

「希望者……なルほど」


 そもそも凍結された人道的な理由とやらが、おそらくは血の投与を拒否した兵士も問答無用で能力者にしていたとかなのだろう。

 故に、時間が経ってほとぼりが冷めた現代において、希望者に限定する事で運用が再開された……と言った所か。


「さァて……ダン。悪いが決め打ちさせてもらうぜ。テメェ、吸血姫の関係者だろ。だって知ってたもんなァ。そいつのフルネーム」


 どうやら手配書の不備等では無く、メリアメリーのフルネームは非公開情報だったようだ。


 迂闊……とダンは歯噛みする。

 ディンゴリンゴにバレてしまった……ダンは日陰者である事が。

 海軍軍曹にそんな事がバレてしまった以上……ここから先どうなるかは明らか!!


「テメェは討伐手配対象を匿ってる犯罪者って訳だ。だから、しょっぴくぜ。んでもって吐いてもらう。吸血姫について知っている事を、全部だァ!!」

「くっ……!」

「おん? 何だァ、身構えやがって。抵抗する気かァ?」


 ディンゴリンゴが見せつけるように鋼鉄化した右拳――まさしく文字通りの鉄拳をダンへと差し向ける。


「俺は言わば全身鋼鉄人間。最強だァ。そんでテメェは今、左腕がぶち折れた重傷者。可哀想だがよォ仕方無ェよな。んで、この状況で俺に逆らうとか本気か? 本気だとしたら正気じゃあねェぞテメェ」

「……もう騒ぎは免れナいか」


 人通りはそれほど多くなかったが、周囲がザワつき始めた。

 最早ここから穏便に済ませられる訳も無い。


 ダンは意を決し、粉砕骨折した左腕に力を込め、健康道(ジェンクンドー)によって高められた健康パワーを集中――骨折前の状態まで一気に回復させる。

 これぞ健康道(ジェンクンドー)が操健康術【健康貯蓄下ろし】。

 余分に貯めて置いた健康、即ち生命力の貯蓄を負傷箇所へ集中させ治癒を促し、感染症リスクを防ぐための術である。


「……! その再生能力……まさか不死者(イモータル)!? やっぱさっきの手配書はテメェか!!」

「違う。オレは不死者(イモータル)じゃナくて、ただの健康体ダ」


 健康はあくまでも身体に蓄積された生命力なのだ。

 身体が粉々に吹き飛んだら中に蓄積されていた健康も虚空霧散してしまうため、一定以上の身体的損壊を受けると健康貯蓄下ろしは発動できなくなる。

 不死者(イモータル)の再生能力ように粉微塵状態からでも即時復活できるような理不尽さは無い。


「あァ……? ああ、大天華の健康道(ジェンクンドー)とか言う訳わかんねェキテレツ武術か。じゃあやっぱりだ。健康体操の延長で、俺とやり合えると思ってんのか?」


 ディンゴリンゴの問いを無視して、ダンは右手で庇うように抱いていた紙袋――饅頭に擬態中のパミュをそっと地面に下ろす。


「ぱ、ぱみゅ……?」

「荒事にナるかも知れナい。念のタめ、少し離レていろ」

「何だァ、やけに大事そうに饅頭を抱えてやがると思ったら子猫かよ。テメェ、本当によくわかんねェな……だがひとつだけ分かったぜ」


 ディンゴリンゴはふぅーっと呆れたように溜息を吐き――両腕を肘の辺りまで鋼鉄化させた!!


「その目、その態度! 拳で抵抗する気が満々だなァテメェはよォ!!」

「当たり前ダ。まぁ、拳よりモ脚の方をヨく使うが」


 足幅を広げ、ダンも戦闘態勢。真っ直ぐにディンゴリンゴを睨み付ける。


 ジャパランティスは脅威の技術力を持つ……記憶の操作も可能だろう。

 ダンが捕まり、記憶を抜き取られれば……ゴーストシップの存在、ひいては討伐手配を受けているメリアメリーの居所が海軍に知られてしまう!

 何より……言われたのだ、「ちゃんと帰ってきてね」と!!


 ここで捕まると言う選択肢は、無い。


 そして、土地勘の無いダンでは撒くための逃走は難しい……即ち、


「悪いナ、鋼鉄軍曹。手荒なノは好みじゃあナいが……お昼寝の時間ダゾ」


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