10,アンデッドとイケメンのおでかけ計画
ゴーストシップは今宵も盛会。
哀れで愚かな獲物を見つけ出し、踏みにじり、食い散らかし、狂気じみた宴へと移行する。
「のじゃははははは! 今宵もワシの勝ちじゃのう!」
ゴーストシップ船首付近。
まだまだ酔い潰れるには程遠い、元気なのじゃロリ声が響く。
薄霧の向こうで輝く月にカボチャ盃を掲げて、かんらかんらと笑う魔女っ子のじゃロリ・キャルメラ。
勝ち誇るキャルメラの足元には、酒瓶を抱いて寝落ちしたメリアメリー御嬢様の姿がある。
「昨夜はダンの一勝とワシの一勝で相殺、罰ゲームは無しにしたが、今宵はワシの純然たる勝ちよな! メリーには明日の宴でワシとペアルックに身を包み朝までワシとイチャコラしてもらうぞ!! のじゃぐへへへ……」
「ふみゅ……ぅに……すやぁ……」
キャルメラの大声にメリアメリーは悩まし気に眉を顰めたが、すぐに穏やかな可愛らしい寝顔に戻った。
「……やレやれダナ」
「ぱみゅう」
勝負を見守っていたダンは溜息を吐きつつメリアメリーの元へ向かい、優しく抱き上げる。
ねぼすけメリアメリーはダンの体温を毛布か何かと勘違いしたのか、ぴすぴすと鼻を鳴らしながら猫のように丸くなった。
「うむ、もう眷属が板についてきた感があるな。好き好き」
「そレはドーモ。さテ、オレは御嬢様をベッドへ運ぶとシよう」
「おいおい、禍破の小娘じゃあるまいし、せめてワシが誘ってから断る言い訳をせい。ツレないのう。そう言う所がそそるんじゃが?」
呑んだくれのスケベババァが飛び掛かってくる前に、ダンは船首近辺エリアから離脱。
メリアメリーの身体が酒で妙に熱くなっているように感じたので、夜風のよく通る船べりに添って船房区画を目指していると、その道中で知っている美顔を見つけた。
「おや、こんばんわ。意外とモテ力が高めらしいアンデッド・ダン」
気障なポーズで船べりに寄りかかる着物姿の青髪イケメン、桂男のブルーだ。身に纏っている着物は昨晩の密輸船で略奪したものだろう。
花柄ではあるが、性別の区別なく着れるデザインを心掛けてか全体的に落ち着いた色合い。
ブルーの美顔を引き立てている。
「ブルー……そレから、ボーイも一緒か。こんばんわダナ」
「ぱみゅぱんわ」
ブルーの傍らにしゃがみ込む一人の少年がいる。
種族は、ただの人間。名前は無かったそうだが、今はボーイと呼ばれていた。
昨日もブルーと一緒に行動しており、ダンがキャプテンとキャルメラの酔いどれコンビから解放された後に少し話を聞いた。
ボーイは少し前にゴーストシップが襲撃した奴隷船から略奪した商品だそうで。今ではゴーストシップのマスコットキャラ……だろうか。
当時は骨と皮しか無く食う所が少な過ぎだと放置されている内にすっかり馴染んでしまったらしい。
現在ではもう普通にしっかりと肉が付いているのだが、船員の誰もボーイを捕食対象として見ていないようだ。
「おう、こんばんわ! ダンの兄ちゃん! それから美味そうなパンダ!」
「ぱみゅ!?」
にひひ、と無邪気に笑うボーイ。
その口周りは血で汚れており、手には首から上を食い千切られてとぽとぽと流血している極彩色の小鳥だった肉塊。
今宵の略奪品は希少な小動物が多く、人間の悲鳴以外にも動物の喚き声がいくつか聞こえる。
おかげでパミュは「一歩間違えば普通に食べられていたのか……」と遠い目でプルプル御饅頭。
「本当、たダの人間とは思えないくらい馴染んでいルんだナ……」
「おうよ!」
元気良く応えて、ボーイは更に手に持っていた小鳥を齧る。
小骨をボリボリ砕く音を鳴らしながら、羽毛ももっしゃもっしゃと咀嚼していく。
たくましいナ……とダンが感心と呆れ半々に混じった視線でボーイを眺めていると、ダンに抱っこされて丸くなり寝息を立てていたメリアメリーが「うみゅ……」ともぞついた。
「ふふ、眠り姫だね。あどけない姿だのに酒気臭いのが何とも言えないけど……ベッドへ運ぶ所かい?」
「ああ。ついでにオレも引っ込むとすル。昨夜のようナ事になル前に」
「ははは、昨日は乗船早々、大変そうだったねぇ」
他人事だからだろう、ブルーは爽やかに笑ってくれる。
しかし、ふと、その笑みで細められた目が見開かれた。
「お。来た来た。ねぇダン、部屋に戻るの、少し待ってみないかい? もうすぐ良いモノが聴けるよ」
「良いモノ?」
ブルーが顎で指した先には、甲板中央に設置された血染み塗れのグランドピアノ。
今まさに、灰髪の少女が着席しようとしていた。
灰髪の少女の頬や腕には魚の鱗……人魚だ。
確か、『リップル』と言う名で呼ばれていたのをダンは記憶している。
「あの子カ。そう言えば、昨日も演奏シていたナ」
キャルメラの元へ向かう道中で軽く会釈されたのを思い出す。
あの時、ピアノの音色は……酔っ払い共の笑い声や、哀れな人間の悲鳴、乱闘騒ぎの怒号でろくに聞こえなかったが。
「まぁ、ピアノの音色は酷いものだけどね。彼女の腕前どうこう以前に、可哀想な人間たちの血で弦まで錆びついてるんだもの。下品な笑い声や阿鼻叫喚で鼓膜が腐っていたら、心地好く聞こえるかもだけど」
「……そレが良いモノなのカ?」
「ぱみゅう……?」
「そっちは違うさ。僕が賞賛しているのは、彼女の【歌声】」
「歌……ナんて、歌っていタか? 記憶に無イが……」
「彼女のは特殊だからね。人魚の歌は、その美しい容姿に魅了され釘付けになった獲物にしか聞こえない。まずは彼女に意識を向けてごらん」
ブルーに言われた通り、灰髪の少女・リップルに意識を傾ける。
彼女の指がゆったりと鍵盤の上で踊り始めたのに合わせて……ダンとパミュは脳を直接ぶん殴られたような眩暈を覚えた。
「ぉごっ」
「ぱみょっ」
「ははは、良いリアクション」
「……いや、ちょっと待テ……こレ……多分、音波攻撃……」
「そりゃあ人魚の歌だよ? 獲物の動きを封じる時に使うものに決まってる」
「どういうつもりダ……オマエ……」
「ぱみゅぶっころ……!」
イタズラ、にしてはダメージが結構なものだ。
ダンとパミュがじろりと睨み付けると、ブルーは悪びれる様子も無く微笑み、
「最初はそうなるよねぇ。でも聞き慣れると、こう……脳が良い感じに微振動させられる感じでさ……最高に気持ち好くなれるんだよこれが。オススメ。あの子が【微かな波音】って名前で呼ばれる所以だね」
「「………………」」
……どうやら、イタズラとかではなくマジでオススメしていたようだ。
ダンとパミュはとんでもねぇ変態を見つけた目になってしまう。
「あー……良い歌声だ。リップル。今日もサイコー」
「そーか? おれも慣れたけど普通に耳と頭が痛いぞ?」
傍らで小鳥をボリボリ貪り続ける少年の感想に、ブルーは深く深く溜息を吐いた。
「子供って無粋だねぇ。やれやれだ……けれどまぁ、ボーイもオトナになったら分かるかもだよ」
ブルーは船べりに頬杖を突き、彼女の歌に軽く鼻歌を乗せ始める。
「ああ……良い。是非とも僕のベッドの上で歌って欲しいものさ」
「ブルーってさぁ。ハンサムイケメンだのにリップルたちは全然、相手にしてくれないよな」
「相手にされないどころか痛烈な肘打ちを喰らった事もあるよ」
「そウ言えば昨日、色々と聞いたナ……」
ブルーはかつてリップルにしつこく言い寄り過ぎて、強烈なエルボーをお見舞いされた事があるらしい。
他にも悪魔と契約した女騎士のクッコロには死なない程度に斬り刻まれたり、絡新婦お姉さんのマリサには糸玉にされたあと毒液をぶっかけられ、あの笑顔が絶えな過ぎてもう何か恐い人狼のケモケモことルジナには関節キめられて全身粉砕骨折したとか。
「どれだけ口説いても、決してなびかない……桂男の能力がまるで通じないレディが、この船にはたくさんいる……俄然、やる気が出てくるよ。移り気な僕がこの船に乗り続けている最大の理由がこれだ」
「その内ドクターが治ス暇も無く死ぬゾ、オマエ……」
「幽霊になったら、キャルメラ一派の子たちともお近づきになり易くなるね」
ブレねぇこの変態イケメン。
ダン&パミュはもはや直視するのも辛くなってきた。
「臆面なく言おう。僕の当面の目標は、この船のレディ全員を食う事だ。あ、メリーとかキャリーとかハルピィは対象外だから安心してくれ」
「そっカー……まぁせいぜい頑張レー」
「ぱみゅぱれー……」
「食う? 怪物っておいしいのか?」
小鳥を完食し、指についていた血をぺろぺろしていたボーイがちょっと興味有りげに問う。
「あー……これもまた、子供にはわからない、か」
「なぁなぁ、どうなんだよブルー? 怪物っておいしいのか?」
「試してみると良い。丁度イイのがそこにいる」
「おう!」
通りかかった大福系幽霊のマリトツォンに襲いかかるボーイを放って、ブルーはまた鼻歌を歌い始めた。
永遠に理解できない趣味だナ、とダン&パミュは結論し、船房へ向けて歩き出そうとしたが……。
「あ、そうだ。ダン、ちょっと話があるんだけど」
「まだ何かあルのカ……」
「ぱみゅうぜぇ……」
「あれぇ……何かいつの間にかすごく心の距離を感じる。何で?」
「誰かノ趣味嗜好にあレこレ言うのは無粋だと承知ダが、それはそレとシて関わりたく無くナる事ってあルダろう」
世界は広いのだ、色んな考え方があるだろう。
であればその世界の広さを利用して、しっかり住み分けていきたいと思う。
「リップルの歌の事かい? 慣れたら絶対にハマると思うんだけどなぁ……まぁ良いや。その辺りの布教はまた今度。本題なんだけど、明日の昼は暇かい?」
ダンはメリアメリーから「昼は好きにして良い」と言われている。
なので「予定は?」と問われればガラ空きだが……。
「相手の予定ヲ確認すルより先に、用件を言え。事の次第デは今かラ予定を埋めル」
「ごもっとも。これは僕が悪いね、うん。ちょっと荷物を運ぶのを手伝って欲しいんだ。ほら、僕の部屋に山ほど使用済みの服やアクセがあるのは知っているだろう?」
「ああ、アレか……運ぶっテ、別の船室にでも移るノか?」
ブルーは「同じ服は着れて三度」と言う独特の感性を持っている。
部屋も同様で一定期間で移動したりしているのだろうか?
「違うよ。街まで運ぶのさ。闇市で買い取ってもらうために」
「……街?」
「ほら、今日イヅナちゃんが帰って来ただろ? 彼女にお願いして、ポータルでちょちょいと街までの道を作ってもらうって訳」
「なルほど」
ブルーは桂男で常軌を逸したイケメンだが、見てくれに関しての特筆点はそれだけ。
顔さえ隠せば形はただの人間。
貴族様がたまに使うような尊顔隠し用のベールでもかければ、街に出ても「何処の貴人か」と多少の注目を集める程度だろう。
ダンも同様、顔面御札をめくりあげて帽子かバンダナで覆い隠してしまえば、ただの筋肉質な青年で通る。
「イヅナちゃんが次に帰ってくるのはいつになるか分からないし、今回でまとめて処分したくてね。でも相当な量だから……キミ、昨夜の戦いぶりからしてパワーすごい系じゃん? 頼むよ。御礼に好きな服を何着か持ってって良いからさ。それか、売却金の一部を分けるとかでも」
「いや、そレを言うナラ、今着ている長袍の礼と言う事で引き受けテも良いが」
「わぁ、この船では奇跡に等しい良識的な申し出だ」
でもダメだよそれは、とブルーはダンの申し出をキッパリと拒否。
「美しい僕には当然、美学ってものがある。過去にあげたもので恩を着せるなんてナンセンスな事はしないさ。今回の御礼は別でさせてもらうよ」
「しかし、不必要な服や金をもらってもナ」
「そうだね……じゃあ、僕から受け取ったお金でメリーに御土産でも買ってあげたら?」
「御土産?」
「うん。明日行く予定の場所は怪物たちの御用達だからね。メリーが使ってる採血器みたいなアイテムを取り扱っている店もあるよ。そこで何か、飛縁魔関連の便利用品を買ってみたら?」
「……ふむ」
主の利益に繋がるのなら、まぁ、受け取っておくのも悪くないか。
ダンがそう結論して頷いたその時……背後に気配を感じた。
「む……オマエは……」
ダンの背後に立っていたのは――灰髪の人魚、リップルだ。
黒い眼球に浮かぶ黄色い瞳がダンを真っ直ぐに見上げている。
いつの間にか演奏を止め、こちらに近付いていたらしい。
「こんばんわ、主想いのアンデッド・ダン。悪いのだけど、少し退いてもらえるかしら?」
しっとりと落ち着いた声でリップルが言う。
先ほどまで音波攻撃を撒き散らしていたとは思えない、鼓膜に優しい声だった。
ダンはそのギャップに少し呆気に取られつつ「ああ、構わナいが……」と横へ移動。
リップルはダンにぺこりと御辞儀をして、ブルーの目の前へ。
「おや、リップル? 珍しいね。キミの方から僕の所に来てくれるなんて。どういう風の吹き回しだい?」
ブルーの問いかけに対し、リップルは静かに足元を指差した。
彼女の足首には……何やら、小さな噛み痕のようなものが薄らと残っている。
次にリップルが指差したのは、少し離れた場所で絡新婦のお姉さん・マリサに糸でぐるぐる巻きにされて御説教を喰らっているボーイ。
「ボーイがね、言っていたの。『怪物がおいしいかどうかブルーに訊いたら、試してみれば良いって言われた』って」
「……………………」
つまり、先ほどブルーが野に放ったボーイは、大福系幽霊のマリトツォンだけでは止まらず、他の船員の味見も決行。
で、状況から推察するに少なくともリップルとマリサにも噛みついた、と。
「詳しい事情は把握し切れていないけれど、ブルーが諸悪の根源であると言う事は理解した。何か言い遺す事はある?」
「……とても痛そうだね。キミの綺麗な肌に痕が残らないよう、早く手当をしなくちゃだ。さぁ、今夜こそ僕の部屋のベッドに――」
「手を当てれば良いのね」
「いや違うって言うか待って多分キミが今から当てようとしているのは肘ぼるぁっ」
リップルの鋭いエルボーが、ブルーの顎へ一閃。
あまりの衝撃にブルーの身体はふわりと華麗に宙を舞い、錐もみ回転しながら夜霧の海へと落ちて行った。
ブルーが海底に消えたのを確認して、リップルは「やれやれだわ……」と溜息と共に踵を返す。
その光景を目の当たりにして、ダンとパミュが思った事はひとつ。
「……あいつ、どうシてまダ一度も死ナずに済んでいるんだろうナ」
「ぱみゅわからん……」