95.続・狙撃手は前に進みたい ―前編―
俺は公式イベントの武闘大会で、準優勝という破格の結果を残した。
その前はドラゴンやジャッティも打ち倒した。
まあつまり、俺もずいぶん成長したということだ。
今度こそいいんじゃないか?
今度こそヤツと因縁の決着をつけるときじゃなかろうか?
そういうわけで始まりの街の正門にやってきた。
いかつい顔の門番NPCアゴヒゲのおっさんが突っ立っている。
あのアゴには何度も煮え湯を飲まされた。
だがそれも今日までだ。
こいつを倒さない限り、俺は一歩も前に進めない。
俺は今日、ついに過去を清算する。
方法は単純だ。
前回は焦って失敗したが、吊り橋の上まで誘い込んで橋を落とす戦法だ。
NPCは行動ルーチンが単純なので、誘い出すのは簡単だ。
俺は1km以上離れると、街の正門で仁王立ちをしているアゴヒゲに照準を合わせる。
トリガーを引く。
ターン。
相変わらずHPゲージは1mmほどしか減らせないが、大した問題ではない。
俺は素早く踵を返すと、谷まで移動した。
底が見えない深い谷だ。
俺はさっさと吊り橋を渡ると、向こう側で待ち受ける。
程なくしてバトルアックスを振りかざしたアゴヒゲが、ものすごい勢いで走ってくる。
まだだ。もう少しだ。
アゴヒゲが吊り橋に差し掛かる。
今だ!
俺はトリガーを引いて吊り橋を落とす。
ひゅうううううううう!
吊り橋と一緒に、無力にも深い谷底へ落下していくアゴヒゲ。
ふん、口ほどにもない。
どれだけ頑丈なガタイだろうが、この深さで落下ダメージを受けてはひとたまりもあるまい。
何人たりとも万有引力の法則には逆らえないんだよ。
木から落ちたリンゴは無残に潰れる運命なんだよ。
あの世でニュートン先生に土下座でもするんだな。ふははははははは!
・・・ん?
あのドドドドドドって音は何だ?
は? 何?
何であのアゴは谷を登ってきてるの?
90度に切り立った垂直の谷だよ? どうやったら駆け上れるの?
万有引力の法則はどうしたの?
ニュートン先生は敗北したの?
俺は駆け登ってくるアゴヒゲをどうにか蹴り落とそうと奮闘したが、バトルアックスで五体をバラバラにされて死んだ。
******
怒り狂った俺は禁断の外法に手を染める決断を下した。
まずクッコロを呼び出すと、火口に投げ入れてドラゴンを呼び出すアイテムを譲ってほしいと頼み込んだ。
俺がドラゴンをソロで倒せないことを知っているクッコロは渋ったが、相場の倍で買い取ると言って鬼気迫る表情で迫ると、顔を引きつらせながら、最後にはレッドドラゴンの卵というアイテムを譲ってくれた。
俺はその足で火山エリアに向かうと、そのまま火口の上まで辿り着いた。
火口の上からぽーい!とドラゴンの卵を投げ入れる。
『ゴアアアアアアアアアアアア!!』
巨大な屋敷よりもなお巨大な、見上げるほどのレッドドラゴンが姿を現した。
ジャッティの精鋭たちが苦労して打倒しようとした、かのエリアボスだ。
ターン!
俺がドラゴンに一発打ち込むと、獰猛な爬虫類の瞳がぎょろりと、火口の上にいる俺を捕捉した。
きちんとヘイトが向いたことを確認して、俺は駆け足で火山を下り始める。
『ゴアアアアアアアアア!』
耳をつんざくような咆哮を上げながら、ドラゴンが火口を登って追ってくる。
俺は振り返ってドラゴンにもう一発打ち込むと、また駆け足で逃げ出す。
『ゴアアアアアア! ゴアアアアア!!』
吼えたけるドラゴンはズシンズシンと地響きを上げながら、俺を追いかけて火山を下り始める。
「なっ、何だあ!?」
「ひいいい・・・ぶぎゃっ!」
火山のふもとで平和に狩りをしていた哀れなプレイヤーが踏み潰される。
そう。
これこそがMMORPGにおける禁断の外法――トレインだ。
モンスターを殺さない程度に攻撃してヘイトを買い、本来の生息地から離れたエリアへと引っ張っていくのだ。
引っ張って何をするかというと、通常は他プレイヤーにぶつけてモンスターによるPK――MPKを行う。
だが俺はこいつを街まで引っ張っていき、あの怨敵アゴヒゲにぶつける予定だ。
いかな人智を超越した強さを誇る門番NPCといえど、一対一でエリアボスに勝てる道理はない。
完璧な作戦だ。
トレインの問題点としては、ヘイトの維持が難しいことにある。
定期的に攻撃しないとヘイトを維持できないが、距離が近すぎるとモンスターに殺されてしまう。
その問題点をクリアしているのが、このスナイパーライフルという武器だ。
巨大なアギトを開けながら、ズシンズシンと俺を追ってくる獰猛なドラゴン。
俺は駆け足で逃げながら、たまに銃弾を食らわせてヘイトが減少しないようにする。
他の武器ではこうはいかない。
このゲームにおいてドラゴンの攻撃範囲外から一方的に攻撃してヘイトを維持できるのは、並外れた長射程を誇るライフルだけだ。
「ぎゃあっ!」
「ひぎい!」
「なっ、何でこんなところにドラゴンが!?」
運の悪いプレイヤーたちがドラゴンに轢き殺されていくが、知ったことではない。
たまたまそこに存在していた己の不運を呪うんだな。
ズシンズシンズシン!
ターン!
ズシンズシンズシン!
「あ」
草原エリアに差し掛かった頃、誰が建てたのか知らないがこじんまりとした一軒家があった。
ファンシーで可愛らしい家だ。
ハウジングシステムを駆使した夢の結晶である。
グシャア!!
誰かの夢の結晶はドラゴンの巨大な足によって更地へと逆戻りした。
よかったな、もう一度遊べるぞ。
『ゴアアアアアアアアアアアア!!!』
俺がはるばる街の正門までトレインしたドラゴンは、初心者エリアを大混乱に陥れていた。
ドラゴンの爪や尻尾が猛威を振るい、哀れな初心者たちを次々とキルしていく。
「何だこれは!? 何だこれはあああ!」
「こいつ火山のエリアボスじゃねーか!!」
「ひっ、怯むな! 早く倒すんだ!」
「無理だろ!? 助けてくれええ!」
「おいこっちに来るな! ぎゃああああ!」
正義感を発揮したプレイヤーたちがドラゴンに挑みかかっていくが、相手はモンスターの中でも最強種と名高いドラゴン、それも野良ドラゴンではなくエリアボスである。
半端な攻撃は竜の鱗を傷つけることさえできず、順番に返り討ちにあっていく。
いい頃合いだろう。
俺は街の門番たるアゴヒゲに向かってライフルを発射する。
すぐさまアゴヒゲがこちらに突進してくる。
いいぞ。
これで我が最強の手駒であるドラゴンと、あの仇敵アゴヒゲがかち合う。
俺を脆弱な人間と侮ったのが運の尽きだ。
竜の炎に焼かれながら己の愚かさを悔いるがいい。
最後に笑うのは食物連鎖の頂点に位置する人間様の知恵なんだよはははははは!
ベシャン。
俺はドラゴンとアゴヒゲのヘイトを買っていたので、プレス機に挟まれたアルミ缶みたいになって死んだ。




