90.狙撃手、リコッチと作戦会議をする
俺とリコッチは控室のような場所に移動した。
別にここで待機するわけではないのだが、人がいないので作戦会議には都合がいい。
俺たちは対面の椅子に腰を下ろすと、早速話を始める。
リコッチの瞳がメラメラと燃えている。
気合しか感じない。
「まず、相手の戦力を正確に把握しておこう」
「そうですね!」
まずはクッコロ。職業はナイトだ。
彼女の特徴は何といっても、白銀に輝くあの大盾だろう。
全身の3分の2ほどをすっぽりと覆うあの盾は、名前は知らないが業物なのだろう、かなりの防御力を誇る。
大盾はナイト専用の防具らしく、他の職で持っているプレイヤーを見たことはない。
そしてクッコロは、その大盾を両手持ちで使う。
武器を装備していないのだ。
大盾を両手持ちしているからこそ、重量のあるレッドドラゴンの攻撃も、ダメージこそ受けるもののがっしりと耐えることができるのだ。
いかなスナイパーライフルといえど、あの大盾を抜くことはできないだろう。
なお余談だが、このゲームは全ての職に共通する攻撃手段として”素手で殴る”というものがある。
なので仮に武器のないクッコロが攻撃してくるとすれば、素手で殴るしかない。
まあもちろん、格闘スキルがゼロであろうクッコロに殴られたところで、痛くも痒くもないが。
さて、彼女の所持スキルだが、まずタウントだ。
これは対モンスターと対プレイヤーで効果が異なり、対モンスターはヘイトを買ってタゲを自分に集中させるものだ。
しかしプレイヤーは自分の意思と判断で攻撃対象を選択するため、ヘイトという概念がない。
だから対プレイヤーは、周囲のプレイヤーに自分を一度攻撃させるという効果だ。
これはシーフのステルス解除として極めて有効に機能し、これのおかげでナイトはシーフに滅法強い。
クッコロは他にも、自身に物理バリアを張るガーディアンアーマー、他者に物理バリアを張るナイトシールド、自身の魔法防御を上げるカウンタースペル、プレイヤーをノックバックさせるシールドチャージを使う。
俺のライフルがアーマーブレイク持ちであることはバレているので、クッコロは恐らくバリアスキルは使ってくるまい。
戦闘開始直後に自分にカウンタースペルを使用してくる可能性が高い。
次にダンチョー。職業はランサー。
剣よりも遠い間合いから攻撃できる槍を使う。
これは近接職同士の戦いであれば大きな利点なのだが、俺とリコッチはいずれも遠距離職なので、さほど気にするところではない。
それより槍の何が強いかというと、クッコロのようなタンクと組んだときに真価を発揮する点だ。
つまり――槍はレンジが長いので、タンクの後ろから敵を攻撃できるのだ。
剣であればタンクの横に並んで攻撃しなければならないが、槍はタンクに隠れたまま敵に刺突をお見舞いできる。
これのおかげで攻撃は全てクッコロが受け止め、ダンチョーは無傷で攻撃し放題という理想的なタッグが出来上がっている。
要はこれを崩さないと勝ち目がないわけだが、問題はジャッティ最強の盾であるクッコロを本当に崩せるのかということだ。
「・・・リコッチの案を聞かせてくれ」
「そうですねえ・・・」
リコッチが唸る。
すぐに案が出てこないのだろう。そりゃあそうだ。
地力が上回っているならば真正面から叩き潰せばいいのだが、残念ながら俺たちは実力的にあの2人に劣っている。
いや正確には、俺が劣っている。
プレイ日数も対人経験も相性も、おまけに振り分けているスキルポイントもだ。
リコッチは眉根を寄せてむむむ~と考えていたが、やがて諦めたように息をついた。
「やっぱりセンパイがクッコロさんにヘッドショットを狙うしかないと思います」
「あの大盾だ。狙わせてくれるとは思えんぞ」
「私がフリージングトラップで動きを止めるしかないですね」
「だがダンチョーならそれくらい想定して、開始直後にクッコロにカウンタースペルを使わせるんじゃないか?」
「私もそう思います・・・」
リコッチがへにょんと眉を下げる。
魔法防御をゴリゴリ上げた防御全振りのクッコロに、フリージングトラップを決める自信がないのだろう。
あれは強力なスキルだが、レジストされたらただの時間と魔力の無駄遣いだ。
「クッコロを無視して、ダンチョーにフリージングトラップをかける手はどうだ?」
「それだとダンチョーが動けない間、クッコロさんがダンチョーにべったり張り付いて守るだけだと思います」
「うーむ、そうか・・・」
防御に特化したナイトがこれほど厄介な相手だとは思わなかった。
かつてのギルド戦で俺とクッコロを相手にしていた暗ダたちは、こんな気分を味わっていたのか・・・。
結局、順当に戦うしかないのか?
だが実力差がある以上、普通に戦えば普通に負けるしかない。
とはいえあの鉄壁のナイトを相手に、順当ではなく、かつ勝率の高い戦い方なんてものがあるのか?
俺は腕を組むと、思考に沈む。
クッコロは鉄壁だが、とはいえ身体は一つだ。
2方向からの同時攻撃から、ダンチョーを守れるわけではない。
ならば・・・。
いや、ダメだ。
クッコロにはタウントがある。
2方向から同時に攻撃しようとしても、強制的にクッコロに攻撃させられるだけだ。
スナイパーライフルは攻撃するとクールダウンに入ってしまうので、次の攻撃の前にダンチョーに屠られることは想像に難くない。
そもそも仮に攻撃が通ったとして、ダンチョーに素早く避けられる可能性だってある。
ダメだ・・・勝てる方策がない。
どの選択肢を取っても負けるイメージしか湧かない。
詰みか・・・。
ふと、手に柔らかい感触があった。
目を開けると、リコッチが俺の手のひらに手を重ねていた。
「センパイ、スミマセン。私は不甲斐ないです。でも・・・」
リコッチが俺を見ている。
勝機がないことはわかっているだろうに、それでもやる気は微塵も損なわれていない。
その瞳は、俺への信頼で満ちている。
俺と2人ならやれると、そういう目だ。
自分では何も思いつかないが、センパイならきっと何か思いついてくれると言っているのだ。
・・・。
この信頼に応えずして何が男か。
俺は良い彼氏になるため最善を尽くすと誓ったのだ。
誓いは果たさねばならない。
地力で劣るなら、策でそれを埋めれば良いのだ。
・・・。
・・・。
・・・。
順当に戦えば負ける。
クッコロの大盾は抜けないし、仮にダンチョーへ射線が通ってもタウントのせいで無力化されてしまう。
俺たちの攻撃はダンチョーまで届かない。
だが。
だが・・・逆転の発想ならどうだ?
これは詰将棋だが、あまりにも細い線を辿ることになる。もはや博打に近い。
成功の保証は全くない。
しかし普通に戦えば負ける。ならばやらないで後悔するより、やるべきだ。
たとえ結果がどうであっても。
俺はリコッチに策を伝えた。




