78.狙撃手と高級住宅地の権利書
さて、ハウジングに関わるとなれば必要なのは情報だ。
俺は運営からのメールをもう一度読み込む。
どうやら街に不動産NPCが実装され、そいつから土地の権利書というアイテムを購入するようだ。
するとその権利書に紐づいた土地に、建物を建てる権利を得る。
建物は元から土地に建っているものを使ってもいいし、あるいは鍛冶スキルで建て直したり、NPCショップから購入することもできる。
インテリアも同様で、木工スキルで作成するかNPCショップから購入するらしい。
そして権利書はプレイヤー同士で取引もできるようで、一度買ったからといってずっとそこに住み続けなければならないわけではないようだ。
なお土地の権利書は不動産NPCから購入する他にも、入手する方法があるようだが、その詳細は記載されていない。
このゲームの運営はそういうところがある。
全ての情報を開示するのではなく、プレイヤーたち自ら発見してほしいというスタイルなのだ。
俺は攻略サイトすら見ないタイプなので、このスタイルは好ましく思う。
ただ一から十まで説明されていないとプレイする気が起きないというプレイヤーもたくさんいるので、さじ加減が難しい。
まあこのゲームは前者のスタイルで成功しているので、今のままでいいのだろう。
何はともあれ権利書だ。
これを手に入れなければ話にならない。
俺はリコッチを誘って街の不動産屋へ赴くことにした。
「わあーっ! 人がいっぱいですねえ」
「実装初日だからな」
街の表通りに新装開店した不動産屋へ行くと、プレイヤーでごった返していた。
右も左も人混みで、まるでスーパーの値引きセールに群がる人の群れを何倍にもしたような感じだ。
まあそりゃあな。みんな家がほしいんだ。
とはいえ混んでいるからといって、現実のように順番待ちをする必要はない。
相手はNPCなので、何百人同時に話しかけても何ら問題はないのだ。
ハイスペック聖徳太子だ。
「なんか・・・いいですね、こういうの」
「何がだ?」
「その、センパイと物件を見に来るっていうのが、なんか」
俺の横でもじもじと照れるリコッチ。
なるほど。
現実でカップルが同棲する物件を探すために、一緒に不動産屋に行く感覚か。
・・・確かにそう考えると、少々むず痒い気分になる。
リコッチに告白されて以来、俺たちは恋人同士になった。
しかしリコッチは普通の若い子が彼氏に要求するようなあれこれを、全く言わない。
あれしたい、これしたい、べたべたしたい、デートしたい、寝る前に毎日電話したい等・・・全くない。
とても控えめだ。
恐らく、淡白な俺の性格を知っているから遠慮しているのだ。
20代前半といえば遊びたい盛りだろうに、ワガママも言わずに俺に配慮してくれている。
本当にいい子だ。
「・・・センパイ、どうしたんですか?」
じっと見つめている俺に気づいて、リコッチが首を傾げる。
そんな控えめに徹しているリコッチが、仮想世界で俺と一緒に住む家がほしいと言った。
このワガママとも呼べないささやかな願いを、俺はぜひとも叶えてやりたい。
俺は隣にいるリコッチの手に触れ、軽く手を繋いだ。
「え、わ・・・!?」
俺の顔と手を交互に見比べて、顔を真っ赤にするリコッチ。
確かに俺は淡白なほうだが、それでもそんな彼女を見て、愛おしいという気持ちが湧いてくる。
・・・まあ、何だ。年甲斐もなく恥ずかしいもんだな。
「とりあえず物件を見てみよう。話はそれからだ」
「あ、そ、そうですねっ」
リコッチがこくこくと頷く。
2人で一緒に不動産NPCに話しかけて、大きなパネルに不動産リストを表示してもらう。
しかし。
「た、高い・・・!?」
俺とリコッチはぽかんと口を開けて不動産リストを見つめる。
そこには文字通り、桁が違う価格がずらりと並んでいる。
とても手が出る金額ではない。
この街はいわゆる城下町だ。
中心に城があり、そこから円状に街が広がっている構造だ。
城に近い区画は高級住宅地となっており、街並みも綺麗で景色もよく、貴族が住むような屋敷が立ち並んでいる。
そして中心から離れるに従って地価が落ち、城から最も遠い端っこはゴミゴミとした貧民街のようになっている。
リコッチは屋敷を希望していたので、高級住宅地を表示したのだが、これは・・・。
「・・・リコッチ、どうだ?」
「と、とてもじゃないですけど・・・」
呆然としたまま首を振るリコッチ。
まあそうだろう。
俺は移動速度ポーションくらいしか金を使わないし、未だに布の服だから、そこそこ小金持ちだ。
しかし高級住宅地の権利書は目が飛び出るほどの金額で、所持金をかき集めても桁が2つ3つ足りない。
まして装備やHP・MPポーションに金を吸い取られるリコッチは、俺より所持金が少ないだろう。
2人の財産を合わせたところで手も足も出ない。
だが周囲を見ると、その高級住宅地の権利書を購入しているプレイヤーも少数だがいる。
すごいな・・・。
恐らく超レアアイテムなどをいくつも引き当てて、それをオークションか何かで売って稼いだのだろう。
つまり極めて運が良ければ、決して不可能な金額ではないのだ。
確かに現実でも、家というのは大変高価な買い物だ。
数千万円、下手をすれば数億円だ。
そう考えると、高級住宅地に目が飛び出るような価格が付いているのも納得といえよう。
しかしどう納得したところで、俺たちには買えない。
俺は不動産リストを安いほうへスライドさせていく。
「リコッチ、一応このあたりならどうにかなるが」
「うーん・・・」
リコッチは渋い顔をする。
まあそりゃそうだ。
俺が示したのは街の端っこの端っこ、貧民街にあるボロい掘っ建て小屋だ。
こんな物件は俺だって嫌だ。
「リコッチ、どうする? とりあえず手持ちの金で買うというのは現実的じゃなさそうだ」
「ですね・・・」
リコッチが真剣な表情で考え始める。
このゲームにおいてリコッチは俺よりベテランだ。
金策についても俺より遥かに詳しい。
「不動産リストを見てて思ったんですけど、これ、街中の物件しかないですね」
「まあこの街の不動産だからな」
「野外エリアの土地の権利書を手に入れる方法を、探したほうがいいかもです」
「・・・なるほど」
リコッチの言う通り、ここで買えるのは街中の土地だけだ。
となれば野外エリア、例えば街のすぐ近くの草原エリアなどの土地については、他の方法で権利書を入手するのだ。
「やはりモンスターからのドロップだと思うか?」
「普通に考えたらそうですね。でもそれだと生産職の人が困っちゃうんで、他の方法もあるかもです」
「だが、野外エリアということはPK可能エリアだ。本当に良いのか?」
「それは・・・」
顔を曇らせるリコッチ。
甘い同棲生活のための物件探しだ。
当然、家を入手した暁には恋人同士でキャッキャウフフを夢見ていることだろう。大変微笑ましい。
しかしPK可能エリアに家を建てると、そのキャッキャウフフにいつ邪魔が入らないとも限らない。
是が非でも街中に家がほしいはずだ。
「リコッチ、任せておけ」
「えっ?」
「俺に案がある。万事問題はない」
「そ、そうですか?」
そうなのだ。
二次職となった俺に敵はない。
なあに、所詮この世は弱肉強食。ほしいものは力で手に入れればいいのだ。
強者は弱者から搾取すればいいんだよ。