77.狙撃手と新コンテンツ実装
いつものようにEarth World Onlineにログインすると、運営からメールが届いていた。
今日はメンテナンスが長い日だった。
もしかすると何かアップデートが入ったのだろうか?
まあ狙撃手にはあまり関係ないだろうが、一応見てみるか。
俺は公式サイトの情報なんて全く見ないからな。
『ハウジングシステム実装のお知らせ』
ハ、ハウジングだと・・・!?
俺は戦慄した。
MMORPGではわりと一般的なシステムだ。
要はゲーム内の土地に自分だけの家を建てられるのだ。
家具などのインテリアも比較的自由に配置できるものが多く、仮想世界とはいえ自分の理想の家を建てることができるとあって、多くのプレイヤーに絶大な支持を受けるシステムだ。
独り身なら自分の城。一国一城の主となれるシステム。
カップルなら彼氏彼女と2人きりの空間で甘い新婚生活の真似事が楽しめるシステム。
そのハウジングが、ついにこのゲームにもやってきた。
俺は身体を震わせる。
一見素晴らしいシステムのように思えるし、実際、人気のあるコンテンツだからこそ多くのMMORPGが取り入れている。
それは間違いない。
だが。
しかし、だ。
このハウジングは魔のコンテンツなのだ。
ライトプレイヤーには想像できないかもしれないが、血と汗と涙に塗れた地獄のコンテンツ。
それがハウジングシステムだ。
家を建てるには何が必要だ?
土地だ。
ならばわかるな?
始まるのは夢の一軒家でキャッキャウフフの甘い生活ではない。
凄惨な土地の奪い合いだ。
剣と剣が交錯し、血飛沫が飛び交い、人の醜い欲望がぶつかり合うこの世の地獄。
ハウジングとはそういうコンテンツなのだ。
そして土地の奪い合いに勝利し、見事に家の建設を成功させたとしよう。
それで終わりではないのだ。
理想のインテリアを作り上げるには何が必要だ?
他のプレイヤーにマウントを取れる豪奢なインテリアのために、何が必要だ?
生産職だよ。
主に木工スキルが高い生産職だ。
ならばわかるな?
次に始まるのは生産職の奪い合いだ。
ときにはコネを駆使し、あるいは好条件で囲い込み、それでもダメなら恫喝して脅す。
PKが許可されているゲームではそういうことが容易に起こり得る。
何しろプレイヤーの比率でいえば、非生産職よりも生産職のほうが少ない。
加えて木工スキルを持つ生産職は更に少ないだろう。
一プレイヤーの人権など、他者にマウントを取るための豪華なインテリアに比べれば塵芥に等しい。
哀れな生産職たちの意思が介在する余地などない。
モノを作るだけのマシーンとして馬車馬のごとく扱われるのだ。
そしてついに夢の一軒家が出来上がったとしよう。
例えばラブラブのカップルが居を構えてキャッキャウフフの理想を叶えたとしよう。
次に始まるのは何だ?
略奪だよ。
PK不可エリアに建てた家はいい。
だがこの大人気VRゲームにおいて、総プレイヤー人口に比べて街の面積はあまりにも小さい。
街中に土地を確保できるプレイヤーなどほんの一握りだろう。
つまり大半のプレイヤーは、街の外のPK可能エリアに家を建てることになる。
ならばわかるな?
草原にぽつんと建っている家など、強盗の格好の獲物だ。
大量のPKプレイヤーが押し入ってきて一家惨殺された後、金目のものを残らず荒らされる。
跡地に残るのはボロクズになった廃墟だけだ。
あるいはリアルが忙しくて、うっかり2、3日ログインしなかったとしよう。
次にログインしたときに家が原型を留めていれば幸運だ。
レンガの一つに至るまでハイエナのごとく奪い尽くされていることを覚悟せねばならない。
ハウジングとは、そうした人間の醜悪さを凝縮した地獄の釜なのだ。
恐ろしい・・・。
間違ってもソロプレイヤーの俺が関わっていいコンテンツではない。
修羅の道に踏み込んでいいのは、心に鬼を飼っている者だけだ。
ピロン!
『せんぱあーいっ。ハウジングですよっ! 見晴らしのいい一等地にお屋敷建ててセンパイと一緒に住みたいですっ!』
・・・。
・・・。
・・・。
『任せておけ。一緒に幸せを勝ち取るぞ、リコッチ』
『えいえいおーっ!』
可愛い彼女が幸せな同棲生活を送りたいと願っているのだ。
あのときこの身は、良い彼氏になれるよう最善を尽くすと誓った。
ならば否もない。
スナイパー・ケンタロ、行動を開始する。




