73.狙撃手、ジャッティとドラゴンの戦いを観察する
ドラゴンの咆哮に合わせて、ジャッティの10人が武器を構える。
統率の取れた動きだ。
事前にきちんと打ち合わせをしていたに違いない。
全身を覆う鱗が赤みを帯びていることから、恐らくレッドドラゴンとかファイアドラゴンという名前だろう。
上級エリアのエリアボスに相応しいモンスターといえる。
「おおおおッ! タウントッ!!」
クッコロが吼える声が、火口を覗き込む俺のところまで届く。
気合の乗った声だ。
さもありなん。相手はあの最強と名高いドラゴンだ。
士気も最高潮だろう。
ヘイトを買ったクッコロに向かって、ドラゴンがその鋭い爪を振り下ろす。
クッコロは白銀の盾でがっしりとそれを受け止める。
だがHPゲージがぐんと減る。クッコロが歯を食いしばる。
最強モンスターの名に相応しい攻撃力だ。
その横から槍を構えたダンチョーや脳筋たちが突っ込んでいく。
さて。
俺は当然、そんなジャッティの面々を援護することはない。
火口の底で繰り広げられる戦いを、上からじっと観察している。
俺が取るべき作戦は当然、漁夫の利だ。
というよりソロプレイヤーはこれしかできない。
真正面から戦えばドラゴンには勝てないし、もちろんジャッティの面々にも勝てない。
だからこれはいつも通りの行動と言える。
とはいえひとえに漁夫の利といってもそう簡単ではない。
例えば今すぐ俺が銃弾を放っても、一人はキルできるだろう。
しかしその先が続かない。
ジャッティの面々はすぐさまドラゴンとの戦闘を切り上げ、俺を袋叩きにするだろう。
だからしばらく待つ必要がある。
だがあまりギリギリまで待ちすぎるのも良くない。
ジャッティがドラゴンを倒してしまうか、あるいはジャッティが全滅してしまっては遅いのだ。
ジャッティたちの戦闘力を鑑みて、上手い具合にタイミングを計る必要がある。
今俺がやるべきことは、焦らず冷静に戦いを観察することだ。
火口での戦いは激戦を極めていた。
基本はクッコロがドラゴンの攻撃を受け止め、筋肉神官が減ったHPゲージを癒やす。
そして横からダンチョーや脳筋たちが攻撃を加えていく。
しかし物理攻撃はあまり有効ではないようで、大きなダメージを与えるに至っていない。
だから、やはりリコッチだ。
「ノーザンクロス!」
リコッチ最強の氷魔法が炸裂する。
凄まじい氷の嵐が、溶岩すらも凍てつかせる勢いでドラゴンを包み込む。
ドラゴンが苦悶の咆哮を上げ、HPゲージが着実に減る。
やはり氷系のスキルに弱いようだ。
とはいえノーザンクロスは消費が激しいようで、リコッチはMP回復ポーションをがぶ飲みしている。
いくら最強の氷魔法といえど、2発3発ではさほどの効果を上げていない。
もっとしつこく繰り返す必要がある。
不意にドラゴンが攻撃パターンを変えた。
巨躯を大きく回転させ、鱗に覆われた長い尻尾を振り回したのだ。
「ぐっ・・・!?」
クッコロが横に吹き飛ばされる。
ノックバック効果があるようだ。
邪魔なタンクを押し退けたドラゴンが、ぐっと姿勢を低くして足を踏ん張る。
ガパッと大きなアギトを開く。
あの体勢は――!
初見でもわかる。間違いなくドラゴン最強の攻撃・・・ブレスだ!
ドラゴンの獰猛な瞳が、よくもやってくれたなとばかりにリコッチを睨む。
どうやら一番ヘイトを買っているのはリコッチのようだ。
牙がずらりと並ぶアギトの奥から、赤い光がせり上がってくる。
ゴオオオオオオオオオオオオオオオ!!!
燃え盛るブレスが吐き出された。
遥か上で見ている俺のほうまで灼熱が届きそうな勢いだ。
「リコッチ!」
ダンチョーがリコッチを抱えて横っ飛びに退避する。
間一髪、2人を掠めて炎が岩肌を通過した。
それだけでダンチョーのHPゲージがガクンと減る。
「ぐわっ!」
「ぎゃああ!」
逃げ遅れた脳筋が3人ほど、紅蓮のブレスに飲まれて一瞬で消滅した。
タフネスの高そうな脳筋を一撃で葬るとは・・・とんでもない威力だ。
本音を言うと、俺はドラゴン退治ならそれこそ10人と言わず100人でも引き連れて挑めばいいんじゃないか?と思っていた。
だが彼らが少数精鋭でやってきた理由が今わかった。
100人いたところで広範囲のブレスを食らって一網打尽にされるのだ。
そして人数が多いと身動きが取れず、ブレスを回避できない。
だからきっとドラゴンに挑むなら、少数精鋭が鉄則なのだ。
3人を消し飛ばしたドラゴンだが、どうやらブレスの後には硬直があるようで、その隙にジャッティの面々が全力攻撃を加えている。
リコッチももう一度ノーザンクロスを叩き込み、着実にダメージを与えている。
俺は興奮していた。
画面の向こう側で見るだけでは決して味わえない、目の前で繰り広げられる人間とドラゴンの激闘。
VRゲームならではだ。
ゲームとわかっていても、肌に感じる気合と熱気がまるで本物の戦いだと錯覚させる。
こんな見ごたえのある世界が他にあろうか。
俺はこのゲームをやっていてよかった。
永遠に続くと思われた戦いも、いよいよ終わりが近い。
ドラゴンのHPゲージは残り1割を切っている。
牙は折れ、鱗は剥げてボロボロだ。
だがジャッティの面々も満身創痍だ。
人数は当初の半分になり、リコッチ、ダンチョー、クッコロ、脳筋、筋肉神官の5人が残るのみだ。
それもHPゲージが満タンのプレイヤーは一人もいない。
全快まで回復させる余裕がもうないのだ。
・・・頃合いだろう。
俺はライフルをゆっくりと構える。
スナイパー・ケンタロ、行動を開始する。




