57.狙撃手とメンテナンス延長
俺は会社から自分のマンションに帰ると、部屋着に着替えて早速ベッドに横になる。
今日は昼食が遅かったので、夕食は後でもいいだろう。
もはや日課となったVRゲームにログインすべく、ヘッドギアを被る。
【ただ今メンテナンス中です】
・・・んん?
俺はヘッドギアを脱ぐと、首を傾げる。
確かに今日は定期メンテナンスの日だが、今はもう夜だ。
とっくに終わっているはず。
俺はスマホを開くと、公式サイトを確認する。
「メンテナンス延長のお知らせ」というニュースが掲載されていた。
何々・・・。
どうやらバグが発見されて、修正のためにメンテが長引いているらしい。
そういうことなら仕方がない。
そりゃあれだけスケールの大きなVRゲームだ。
バグなんていくつもあるだろう。
運営会社にはお疲れ様と言うしかない。
メンテが長引いているということは、働いている中の人は終電確実だろうからな。
ふーむ。
後回しにしていた夕食を作るとするか。
そう考えると小腹が減ってきた。
まず炊飯器に米と水を入れる。
もちろん無洗米だが? 面倒くさいんだよ。
そして早炊きボタンを押す。
小腹が減っているのに1時間も待っていられるか。
さて、おかずだが・・・卵焼きでいいか。
卵を2つ割って、牛乳を少量入れる。
水やレモン水でもいいんだが、俺の好みは牛乳だ。
シャカシャカとかき混ぜる。
次にタマネギをみじん切りにする。
俺は料理など男の一人飯程度にしかできないが、さすがに包丁でモノを切るくらいはできる。
フライパンにオリーブオイルを敷いて、タマネギをジャッジャッと炒める。
そこに溶いた卵を投入する。
じゅわじゅわと焼く。
うん、食欲をそそるいい匂いだ。
卵焼きをひっくり返す。
俺は柔らかめが好きなので、白い部分が残っている程度で火を止める。
あとは余熱でいい。
・・・野菜がないな。
俺は半玉のキャベツを野菜室から取り出すと、ジャカジャカと千切りにする。
そしてパックからミニトマトをいくつか取り出す。
次に味噌汁だが、もちろん一から作るはずがない。
面倒くさいからな。
お徳用味噌汁(24食入り・合わせ味噌タイプ)から味噌と具の小袋を取り出す。
お椀に味噌を絞り出し、具の袋を開ける。
しかしこういうお徳用は、具の量が極めて少ない。誠に遺憾である。
そこで俺は秘技を編み出した。
乾燥味噌汁の具を別途買っておいて、追加で投入する技だ。
パラパラと乾燥わかめや豆腐、ネギや薄揚げがお椀に降り注ぐ。
電気ポットからお湯を注ぐ。
湯気を立てて立派な味噌汁が完成した。
全く、便利な時代になったとつくづく実感する。
おっと、ご飯が炊けた。
しゃもじでかき混ぜて、茶碗に盛る。
これも炊きたてで美味そうだ。
俺はテーブルに夕食を並べる。
・ご飯
・味噌汁
・卵焼き(タマネギ入り)
・キャベツの千切り(ミニトマト添え)
何やら朝食のようなメニューだが、誰にご馳走するでもない。
俺が満足すればいいのだ。
キャベツにゴマドレッシングをかけて、卵焼きに醤油をかけて、いただきます。
・・・うん、悪くない。
俺が作ったんだから当たり前だが、俺好みの味だ。
いや、味を調整する余地なんて卵焼きくらいしかないが。
ともあれ食は進むので、しばらくは無言で箸を動かした。
ムーッムーッとスマホが鳴った。
このタイミングは理子ちゃんだな。
どうせメンテが長引いてヒマなのだろう。
SNSアプリを起動すると、案の定だった。
『センパイー、メンテ長引いてヒマですー!』
俺は忍び笑いを漏らすと、返信する。
『夕食でも食べたらどうだ?』
『さっき終わりましたー。センパイは?』
『今まさに食べている』
『献立はー?』
『卵焼きとキャベツの千切りだ』
『えー!? 夜にですかあ?』
放っておいてくれ。俺は満足しているんだ。
『センパイ、私作りに行ってあげましょうかー?』
・・・健康を心配されてしまったようだ。
健康診断でもA判定が並んでいるので、何も問題はない。
『今日はもう作ったからまた今度な』
『じゃーまた今度作ってあげますっ』
『気が向いたらな』
『近いうちに向いてくださいねー』
まさか本気で作りに来てくれるつもりだろうか?
うーむ、困るな。
『理子ちゃんは何を作ったんだ?』
『今日は麻婆茄子ですよー』
『おお、すごいな』
『あははー。麻婆茄子の素を使えば誰でもできますよ! 茄子だけ切ればいいんで』
なるほど、それはその通りだ。
俺も麻婆茄子は好きだし、今度茄子を買ってくるか。
『もしかしてセンパイ、麻婆茄子好きなんですか?』
『ああ、結構な』
『ほほーう。りょーかい!』
何が了解なのか。
麻婆茄子を作りに来てくれる気がひしひしとする。
俺は箸を置く。
まあ、その。
俺は別に鈍感系でも難聴系でもないので、理子ちゃんが俺に好意を持ってくれていることには気がついている。
というよりあれだけわかりやすく好意を向けてくれれば誰だって気づく。
はっきり言って理子ちゃんは可愛い。
恐らくうちの会社の女子社員の中では一番容姿がいいし、明るくポジティブで性格もいい。
そして彼氏がいないとなれば、モテないほうがおかしい。
「あの子飲ませてお持ち帰りしようぜ」とか下劣なことをほざいていた同僚がいたが、どっかの部署の新人にセクハラをしていたのがバレて北海道に飛ばされた。
のどかな大地で牝牛に好きなだけセクハラするといい。
ともあれそれだけ可愛くて人気のある理子ちゃんが、こんな社畜のおっさん(34歳)に好意を寄せてくれる理由が全くわからない。
俺は別に、理子ちゃんに好意を向けたりはしていないんだぞ?
いったい俺の何がいいんだ?
もちろん好意を寄せられて嬉しくないわけじゃあない。
ないんだが・・・困る。
理子ちゃんはまだ若い。
あれだけいい子だ、こんなおっさんではなくもっと理子ちゃんを幸せにしてくれるイケメン高収入の男はいくらでもいるはずだ。
それに俺が、特に対人関係において極度の面倒くさがりというのが問題だ。
過去に付き合った女の子もいないわけではないが、例えばSNSアプリでどうでもいい内容のメッセージが来ると、翌日まで放置してしまうことがよくある。
内容が空っぽで生産性のない会話ができない性分なのだ。
そんな風にメッセージを翌日まで、下手をすれば更にその翌日まで放置し、怒られても直らないような男がフられないはずがなく、俺は彼女ができても長続きしない。
うん、全面的に俺が悪い。
なのでもし仮に理子ちゃんと付き合ったとしても、理子ちゃんも最初は我慢してくれるかもしれないが、じきにイライラするようになり、そのうち怒り出し、最後にはフられる。
きっとそういう流れになる。
それがわかっているから、理子ちゃんの好意に応えようとはならない。
俺が悪いせいで理子ちゃんがストレスを溜め込むなど可哀想にもほどがある。
初めから付き合うべきではない。
・・・とはいえ、まだ告白もされていない段階なので、俺から行動を起こすのも難しい。
今いきなり「悪いが俺を好きにならないでくれ」などとほざこうものなら、ただの勘違いナルシストの出来上がりだ。
まあ、俺はごく平凡な社畜のおっさんだ。
理子ちゃんはいっときの迷いで俺に好意を寄せているようだが、そのうち誰か、真っ当なイケメンを好きになるだろう。
それまではあくまで、良き友人として付き合っていこうと思う。
『センパイっ、メンテ明けましたよー』
『おお、本当だ。食器を洗ったらログインする』
『私は今からしますー! どっかで会えたら覚悟してくださいねっ』
『吠え面をかく練習をしておくことだな』
『あはははー』
ただのメッセージだが、理子ちゃんが楽しそうに笑う様子が目に浮かぶようだ。
俺は口角を上げる。
さて、今日も狙撃手として出陣しよう。




