56.狙撃手は前に進みたい
俺はギルド戦で、初めてにしてはまずまずの成果を残せたように思う。
まあつまり、俺も多少は成長したということだ。
そろそろいいんじゃないか?
そろそろヤツと因縁の決着をつけるときじゃなかろうか?
そういうわけで始まりの街の正門にやってきた。
いかつい顔の門番NPCが突っ立っている。
こいつだ。
あの日に受けた屈辱を俺は忘れない。
こいつを倒さない限り、俺は一歩も前に進めないのだ。
俺は今日、過去を清算する。
とはいえ中途半端な距離で狙撃をしても前回の二の舞になろう。
俺がヘッドショットを決められる限界ギリギリの距離を取るべきだ。
加えて言うなら、100メートル3秒という人智を超越した速度で追いかけてくるこのアゴをどうにかできる地形まで誘導することが望ましい。
・・・。
・・・。
・・・。
あそこだな。
いい場所がある。
俺は街の正門から1km以上離れた場所に陣取る。
射程距離ギリギリだ。
相手が微動だにしない門番NPCだからこそ取れる距離だ。
俺はスナイパーライフルを構える。
スコープを覗くといかついアゴヒゲが映る。
その済ましたツラの風通しを良くしてやる。
トリガーを引く。
ターン。
アゴヒゲのHPゲージが1mmほど減る。
ぐっ・・・相変わらず固い。尋常じゃない。
だがいい。想定内だ。
俺はすぐさまライフルを肩に担ぐと駆け出す。
ここは正門から1km以上離れている。
つまりアゴヒゲがいかに速かろうと、30秒以上は時間の余裕があるということだ。
とはいえ急がねばならない。
俺は走った。
走りに走った。
そして木の吊り橋を渡った。
そう。
ここは深い谷だ。
落下ダメージを考える必要もないほどの深い谷。
そしてそこに掛かる細い木の吊り橋。
俺は不安定に揺れる吊り橋を渡りきると、振り返る。
はええ!
バトルアックスを振りかざしたアゴヒゲが、もう谷のすぐ向こうまで迫ってきている。
俺はすかさずライフルをぶっ放す。
あ、しまった・・・少々早すぎた。俺としたことが焦りすぎた。
アゴヒゲが渡る前に、吊り橋を落としてしまった。
まあいい。さしたる問題ではない。
すでに橋は落ちた。
アゴヒゲはこちらに渡る手段がない。
さあどうするアゴ? ん?
お前は俺を殺したいんだろう? さっさとご自慢の斧で俺を八つ裂きにしたらどうだ?
おっと、こいつは失礼。
武器が短くて谷のこちら側まで届かないんだったなあ。
俺のライフルは届くぞ? んー?
悔しいか? 悲しいか? だがどうにもならん。
お前は悶え苦しみながらじわじわと死んでいくしかないんだよ。ふははははは!
俺は意気揚々とライフルを構え、アゴがぶん投げたバトルアックスに首をはね飛ばされて死んだ。
******
「な、なあケンタロ・・・」
「何だ?」
「私は確かに一緒に狩りをしたいと言ったが、街の門番はその、想定してなかったというか・・・」
プラチナブロンドの騎士は何やらもごもごと言っていたが、俺がじろりと一睨みするとしゅんとして黙った。
そう、俺が呼び出したのだ。
一人でダメなら頼もしい味方を頼ればいい。
スキップしながらうきうきでやってきたクッコロは落ち込んでいるが、これはこれでパーティプレイだろう?
文句を言うな。
「そもそもケンタロ、あの門番NPCは倒せる相手なのか?」
「倒せる。間違いない」
俺は断言した。
このゲームは全てのNPCにHPゲージが設定されている。
つまり設計上はキルできる。
あのアゴヒゲを倒せないのは、単に実力と戦略が不足しているからだ。
「やり方は単純だ。クッコロはひたすらあのアゴの攻撃を受け止めてくれればいい」
「そ、そうか・・・。了解した」
戸惑いながらも承ってくれる女騎士。
いい奴だ。
今回はさほど距離は取っていない。
クッコロを肉壁にして真正面から戦うからな。
俺たちは門番NPCと対峙する。
通りすがりのプレイヤーが何やってんだこいつらと言いたげな視線を向けてくる。
「準備はいいか、クッコロ?」
「ああ、いつでもいい」
クッコロは自分の頬をぺちんと叩いて気合を入れ直している。
そうだ、俺が前に進むために力を貸してくれ。
お前の力が必要なんだ。
俺は銃口をアゴヒゲに向ける。
撃つ。
HPゲージが1mmほど減ったアゴヒゲが、怒りの形相で突進してくる。
「は、速いぞ!?」
「いいから受け止めろ!」
「わ、わかった!」
アゴヒゲが振るったバトルアックスを、クッコロが白銀の盾でがっしりと受け止める。
「ぐう・・・!?」
クッコロが呻く。俺は目を剥いた。
あの鉄壁を誇るクッコロのHPゲージが、たった一撃で8割ほど削られていた。
「クッコロ、防御スキルだ! 出し惜しみするな!」
「あ、ああ!」
俺は2発目をぶっ放す。
アゴのHPゲージがもう1mm減った。
「ガーディアンアーマー! ぐはっ・・・!」
アゴのバトルアックスは防御スキルの上からクッコロの盾をぶち破る。
ジャスティスウィングが誇る最強の盾は、たった二撃で電子の光となって消滅した。
・・・。
・・・。
・・・。
あの。
こいつ、設計上倒せないんじゃないですかね?
俺はガタガタ震えながら万に一つも見逃してもらえないだろうかと祈りを捧げたが、哀れな豚のように屠殺された。




