40.狙撃手と理子ちゃん、帰る
イタリアンを出た頃には、もうすっかり日没だった。
おかしい・・・遅めの昼食だったはずが、何故こんな時間になっているんだ。
理子ちゃんがメモ帳を取り出して、ギルド戦のマップの説明を始めたあたりからおかしかった。
まあ狙撃ポイントについて事細かに質問した俺も悪かったが。
「あー、もう夜になっちゃいますねえ」
「満足そうな顔をしているが?」
「あははー。あれだけセンパイとゲームの話で盛り上がって、楽しくないわけないじゃないですかー」
ころころと笑う理子ちゃん。
「で、センパイ。この後ですけど」
「いやもう用事は全部済んだし、後は帰るだけだろう」
「それはまー・・・そうなんですけど」
理子ちゃんはちょっと唇を尖らせる。
まだ帰りたくないようだ。楽しいのだろう。
しかしなあ・・・。
俺との時間を楽しんでくれるのは有り難いが、もうやることもない。
今しがた昼食を終わらせたばかりなのに、いきなりディナーというのもおかしい。
おかしいというか胃袋に入らない。
「あっ」
ふと理子ちゃんが足を止めた。
何かと思ったら、ゲームコーナーのクレーンゲームをキラキラした目で見つめている。
いや、厳密にはその中の手乗りペンタくんのぬいぐるみだ。
「センパイ、ちょっとだけ!」
「ああ」
理子ちゃんはコインを投入してクレーンを操作する。
・・・が、取れない。
「むむむ・・・。あとちょっと、あー違う、右じゃなくて左っ」
身体を右に左に揺らしながら、一生懸命クレーンを操作する理子ちゃん。
しかし取れない。
追加のコインを投入する理子ちゃん。
だが取れない。
どうも理子ちゃんは素早い判断が得意な反面、精密な作業は不得手のようだ。
「うー・・・」
段々しょんぼりしてくる理子ちゃん。
どれ。
「下がっていろ」
「センパイ・・・」
俺はジャケットを脱いで理子ちゃんに預けると、クレーンと相対した。
コインを投入して、レバーを操作する。
こいつは本体を狙っても無駄なタイプだ。
ぬいぐるみの上に飛び出している輪っかにクレーンを引っ掛けないといかん。
1mmのズレが生死を分ける狙撃の世界に比べれば、クレーンの照準など児戯に等しい。
「ほら」
受け取り口に落ちてきた手乗りペンタくんを、理子ちゃんに手渡す。
「・・・」
「・・・理子ちゃん?」
見ると理子ちゃんは、頬を染めてぽーっとした表情で俺を見上げていた。
俺が理子ちゃんの顔の前で手を振ると、はっとして手乗りペンタくんを胸に抱える。
「あ、あの、ありがとです! センパイ!」
「気にするな。ゲームで世話になっている礼だ」
「センパイ、王子様・・・」
「馬鹿を言ってないで帰るぞ」
「あっ、待ってくださいよー、センパイ!」
理子ちゃんは俺とペンタくんを交互に見比べて、それはもう嬉しそうににへーっと笑った。
******
私は家に帰ると、ベッドにダイブした。
まだ顔が火照っている気がする。
センパイ、センパイ、センパイ・・・!
ごろごろごろごろ。
手乗りペンタくんを胸に抱えたまま、ベッドの上で右に左に転がる。
センパイ、好きい・・・。
好き好き好き・・・。
今日一日で私はすっかりセンパイに惚れてしまった。
元々あった好意がぐぐんと急上昇したのだ。
チョロいのかもしれないけど、別にいい。
センパイは容姿は別に普通なんだけど、恋愛フィルターのおかげで勝手にイケメンに見えてくるのがすごい。
あの面倒くさそうな目つきも、脳内で勝手に鋭くてかっこいい目つきに変換されてる。
でも別にいい。
「はあ・・・センパイ、好きだよう・・・」
声に出すと、より自分の気持ちが強まるようで、私は吐息を漏らした。
結局ディナーも食べないで帰ってきたけど、センパイ、今日のデート楽しんでくれたかな?
いやセンパイはデートのつもりはなかったと思うけど、でも楽しんでくれてたらいいなあ・・・。
またゲームでも一緒に遊びたいなあ。
今度また誘ってみよっと。
私はデスクの隅っこに手乗りペンタくんを乗せる。
この子に名前をつけてあげよう。
どんな名前かって?
ふふー。
もちろん、”センパイ”だよっ。




