38.狙撃手、理子ちゃんとお出かけする
日曜日。
俺は駅前の待ち合わせ場所に赴いた。
ロータリーにはムンクの絶叫みたいな謎のオブジェがあり、そこを待ち合わせにする人が多い。
少し早めに出たおかげで、俺は約束の時間より15分ほど前に到着した。
女の子を待たせるわけにはいけないという紳士的な思考・・・ではない。
少しでも待たされると途端に不機嫌になるヤツ、たまにいるだろう?
そういう輩とのトラブルを回避するために、俺は少し早めに到着する習慣が身についた。
面倒事は御免なのだ。
もっとも理子ちゃんがそんな人間だとは思っていないが。
「せんぱぁーい!」
明るい声に振り返ると、理子ちゃんが小走りでやってきた。
淡色系のプリーツスカートをふわふわと揺らして、俺の前でピタッと止まる。
「スミマセン、待たせちゃいました!」
「いや、まだ10分も前だ」
「センパイ、早いですよー」
「遅れるよりいいだろう」
「あははー、それはそうですねっ」
ころころと笑う理子ちゃん。
会社とは違い、薄いながらも色のついたグロスを引いている。
シンプルながらオシャレを意識しているようだ。
まあ会社で化粧に凝ると、職場で色気づきやがってと非難する人もいるだろうからな。
「センパイっ。どうですかー?」
理子ちゃんはどうやら褒めてほしいようで、俺の前でふわりと回ってみせる。
周囲の通行人が、ちらちらと理子ちゃんに注目している。
可愛いからな。気持ちはわかる。
だがその次に俺を見て、何だあのおっさんと言いたげな目つきになるのはやめろ。
「そうだな・・・」
正直なところ人を褒めるのは苦手だ。
面倒くさいのもあるし、上手い言葉が見つからないのだ。
とはいえせっかくオシャレをしてきた理子ちゃんに対し、何も言わないのは下策であろう。
ゲームで多々世話になっているので、できればいい気分で過ごしてもらいたい。
「あまり褒め言葉は得意じゃあないんだが」
「あははー、それはわかってますって」
わかっているらしい。
大変有り難い。
「率直に言って可愛い」
「・・・っ」
理子ちゃんはぱっと頬を染めた。
どうやら率直すぎたようだ。
「も、もうちょっと遠回しな言葉でもいいと思うんですよー」
「だが本心だ」
「え、えへへ・・・」
頬に手を当てて照れる理子ちゃん。
喜んでいるようで何よりだ。
「それで理子ちゃん、今日はペンタくんキーホルダーを買いに行くんだろう?」
「センパイ、ストラップです」
「あー、そうだったな」
「もおー、センパイはほんとにグッズに興味ないんですねえ」
しょうがないなあ、と笑う理子ちゃん。
うーむ、正直どんなグッズがあるのかすら知らんからなあ。
大型ショッピングモールまではバスで行く。
道中、俺は理子ちゃんにグッズのことを教えてもらった。
「えーっとですねえ、新作のストラップ以外にキーホルダーもありますけど」
クッション、ハンドタオル、ポーチ、パスケース、マグカップ、腕時計などなど・・・。
結構な種類があるようだ。
「グッズ、そんなに売れているのか?」
「それはもう。みんな大人気って言葉に弱いんですよー」
あははーと笑う理子ちゃん。
まああれだけ大掛かりで凝ったVRゲームだ、運営には金がかかるだろう。
ゲーム内だけでなく外でもいろいろ売り上げて、ぜひいつまでも良運営のままでいてほしい。
末期のスマホゲーのような廃課金ゲーになってしまうと悲惨の一言に尽きる。
大人気VRゲームなので当分は心配いらんだろうが。
「センパイはこのモールよく行くんですか?」
「用事があればな」
「あんまり行かなさそうですねえ」
「何も用事がないときは家に引きこもっていたい」
「センパイらしー」
面倒くさがりっていうのはそういうもんなんだ。
ショッピングモールは3階建てだ。
1階と2階にたくさんの店が入っており、3階がフードコート。
そして屋上が駐車場という、まあよくあるタイプのモールだ。
「とりあえず目当てのものから買うか?」
「そーします! 楽しみにしてたんで」
うきうきな理子ちゃんに引っ張られるように、俺たちはグッズショップに足を向ける。
やはり通りすがりの人たちが、ちらちらと理子ちゃんに目を遣る。
可愛いうえにキラキラと楽しそうなオーラを発しており、とても人目を引く状態だ。
横にいるのが三十路のおっさんでなけりゃ外見的なバランスもよかったんだろうがなあ。
「これこれ! センパイ、これですよー」
理子ちゃんが嬉しそうにペンタくんストラップを手に取る。
紐にぶら下がった小さなペンギンが、つぶらな目でこちらを見ている。
「どうですか? 可愛いでしょー」
「ああ。とても女性人気の高そうな商品だ」
「もおー、素直に可愛いって言ってくださいよ」
「可愛いストラップだな」
「でしょー!」
理子ちゃんは満足そうにレジに行ってストラップを購入した。
これで目的は果たしたわけだ。
ストラップの入った紙袋を胸に抱えて、理子ちゃんがトコトコと戻ってくる。
「センパイ、お待たせですっ」
「昼は食べたか?」
「いいえー、まだです」
「それならどこか入ろう。1階のイタリアンとかどうだ?」
「んー? 別に3階のフードコートとかでいいですよ? そっちのが安いですし」
首を傾げる理子ちゃん。
値段で言えば確かにそうなのだが、俺はオープンスペースのフードコートがあまり好きではない。特に休日は。
理由は単純で、やかましいからだ。
「奢ってもらうからって遠慮はしなくていい」
「そーですか? じゃー私たらこパスタがいいです!」
「おお、いい趣味をしているな」
「明太子パスタも好きですよー」
そんな話をしながらイタリアンに入る。
小洒落た店で、女性客が多い。
昼どきを過ぎているので、幸い空席があった。
理子ちゃんは一通りメニューを開いて、やはりたらこパスタを注文し、俺は明太子パスタにした。
「センパイも明太子好きなんですか?」
「さっきの理子ちゃんの話に影響された」
「あははー」
理子ちゃんは終始楽しそうだ。
表情が豊かなので見ていて悪い気はしない。
この子は周囲の人間をポジティブな気持ちにさせる素晴らしいスキルの持ち主だ。
「いただきまあす」
「いただきます」
礼儀正しく手を合わせる理子ちゃん。
子供の頃によく躾けられたんだろうな。
いい両親の元で育ったことが窺える。
「んー、美味しい」
頬に手を当てる理子ちゃん。
「ここは入るの初めてなのか?」
「そんなことないですよー。このお店、いつ入っても外れがないなあって」
「そいつはよかった」
事前にグルメサイトで悪くない評価の店を調べておいたのが功を奏したようだ。
「あっ、センパイ! ケーキもいいですか?」
「ああ」
「やったあー。何にしよっかなあ」
「まずパスタを食い終われ」
「あははー、そうでした」
パスタを食べ終えて、にこにこ顔でフルーツタルトを注文する理子ちゃん。
実に美味しそうに食べてくれるので、奢っても損をしたという気分にならないところがいい。
ふと理子ちゃんが真面目な表情になる。
「そういえばセンパイ、ちょっと話があるんですけど」
「ああ、どうした?」
「えっと、そのお・・・」
ちらちらと上目遣いに俺を見る理子ちゃん。
心なしか頬が桜色に上気しているような気がする。
言いたいのに言えない、そんなもどかしい感情が見え隠れする。
これは・・・。




