30.狙撃手は律儀な男である
俺はわりと律儀な男だと自負している。
借りはすぐに返すタイプなのだ。
そういうわけでイベント2日目。
俺はリコッチにメッセージを送った。
『昨日の共闘は楽しかった。よければ今日も一緒にやらないか?』
すぐにピロン!と返事が返ってくる。
『いいですよー! どこで待ち合わせします?』
『シカ山のふもとでどうだ?』
『じゃーすぐ向かいますねっ』
俺が潜伏していると、しばらくしてリコッチが弾むような足取りで現れた。
悪く思うな、リコッチ。こいつは戦争なんだ。
俺は躊躇なく引き金を引いた。
リコッチは頭が爆散して死んだ。
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「もう逃しませんよ。せんぱぁぁぁい・・・」
ストーカーじみた執念を発揮したリコッチは、俺を氷のダンジョンまで追い詰めた。
もう逃げ場はない。
・・・とリコッチは思っているだろう。
甘いな。
追い詰められたんじゃあない。
誘導したんだ。
ここは氷のダンジョン。
アイスゴーレムがうろうろしているエリアだ。
そしてリコッチは氷系スキルに特化した魔術師。
どういうことかわかるな?
「フリージングエッジ」
氷の斬撃を、俺はアイスゴーレムを盾にして防ぐ。
リコッチが目を見開く。
「そうだ、リコッチ。お前のスキルじゃあ氷系のモンスターは倒せない。お前は猫に追い詰められたネズミのように大人しく震えているしかないんだよ。ははははは!」
俺は高笑いを上げながらライフルを構え、ゴーレムに踏み潰されて死んだ。
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俺は切り立った崖の縁に立っている。
かなりギリギリだ。
一歩前に踏み出すだけで、俺は真っ逆さまに転落して潰れたトマトのようになるだろう。
『俺たちは冷静に話し合いの場を設ける必要があると思う。もう一度会えないか?』
『でもまた狙撃するんでしょ?』
『フレンドジャンプで飛んでくればいい。それなら狙撃はできない』
『まーそれなら』
”フレンドジャンプを受理しますか?”
俺は受理を選択する。
リコッチが俺の目の前に、ぱっと現れる。
『フリージングエッジ! ・・・ひやああああああああああああああ!?』
俺はどんぶらこどんぶらこと流れてきて真っ二つにされた憐れな桃のように死に、リコッチは潰れたトマトのようになって死んだ。
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『私たち、もう会わないほうがいいと思うんです・・・』
『俺も同意見だ』
別れ話のようになっているが、今はまだイベント期間中だ。
会うと殺し合いに発展するので、イベントに専念したほうがいいということだ。
『ランキング上位になればレアアイテムがもらえますよ! がんばりましょっ』
『おう。リコッチも健闘を祈る』
『えへへー。ありがとです!』
さて、1日目は漁夫の利作戦が上手くいった。
上手くいったのであれば、その作戦を変える必要はないだろう。
リコッチには遅れを取ったが、ベテランプレイヤーはあれくらいやってくるといういい勉強になった。
とはいえシカ山に陣取るのはもうやめたほうがいいだろう。
万が一プレイヤー間で情報が広まっていて、おっさん狙撃手を殺し隊などが編成されていたら目も当てられない。
そういうわけで、大森林エリアにやってきた。
要は森なので、樹木がたくさん生えている。
ここは狼や熊、イノシシといった獣系モンスターが多く出没する。
シカ山ほどの難易度ではないので、中級以下のプレイヤーが多い。
もちろんそれを狙うPKプレイヤーと、更にそいつらを狙うPKKプレイヤーもだ。
俺は大きな木に登る。
ゲームでは木登りも比較的簡単にできるのが素晴らしい。
リアルで木登りなんて子供の頃しかやったことないからな。
かなり上のほうまで登り、頑丈な木の枝を見つけてそこに陣取る。
うん、いい塩梅だ。
森林も狙撃手にとっては、上を取りやすいという意味でいいエリアだ。
難点は遮蔽物が多いのと、発見されたときに逃げにくいことだ。
まあそれは仕方がない。
発見されなければいいのだ。
狙撃は問題なかった。
俺はイノシシとやりあっている一般プレイヤーの頭を撃ち抜き、ガンガンやりあっているPKプレイヤーとPKKプレイヤーにヘッドショットを食らわせていく。
だが初日の教訓を活かして、調子に乗らないようにする。
キルしすぎると発見されてしまうからな。
そしてたまに木を降りて、別の木へとポジションを鞍替えする。
プレイヤーが減ったら、別のプレイヤーがたむろっている場所を狙わなければならない。
そんなこんなで順調だった。
ボゴォ!!
突然、俺が照準を合わせていたプレイヤーが空高く吹き飛んだ。
な、何だ!?
何に吹き飛ばされたんだ?
凄まじく巨大なイノシシがそこにいた。
数秒前まではいなかったので突然発生したのだ。
尋常じゃあない。30mはある。下手な木よりでかい。
鼻息荒く怒り猛っている。
何だあれは・・・。
【警告:レイド級ボスモンスターが発生しました】
レイド級だと・・・!
【クエスト発生】
【レイド級ボスモンスター討伐】
【討伐対象:ジャイアントイノシシ】
ジャイアントイノシシて。
もうちょっと何かなかったのか。
ともあれレイド級。
つまりは何百人、あるいは何千人ものプレイヤーが共同で討伐する超強いボスってことだ。
それが出現したのだ。
ジャイアントイノシシ様は巨大な牙で木々をなぎ倒し、岩より硬そうな鼻でプレイヤーをまとめて吹き飛ばしていく。
ゴミのような人間風情が大自然の脅威に逆らうとどうなるのかを見事に体現していた。
俺は慌てて木から降りて、可能な限り距離を取る。
数人じゃあ相手にもならない。
さっきのワールドメッセージを見たプレイヤーが、百人単位で集結するまでは近づかないほうが賢明だろう。
俺にとって初めてのボス戦が始まった。




