166.狙撃手、日常に戻る
Earth World Onlineがサービス終了して一年が経った。
当初はニュースにもなっていたが、今ではもうすっかり過去のゲーム扱いだ。
まあどれほど大人気のゲームだったとしても、所詮はたくさんあるコンテンツの一つに過ぎないわけで、プレイされなくなれば忘れ去られていくのは自然の摂理だろう。
俺たちの日常は何も変わらないが、それでも時間は経過しているわけで、少しずつ変化はある。
そして俺に限っていえば、結果論ではあるがVRゲームを辞めることができて良かったと言えなくもない。
何故かというと、俺は昇進して役職持ちになった。
可もなく不可もなくの極めて平凡な働きぶりが、ミスのない堅実な仕事をするという評価になっているらしい。
まあ確かに俺の仕事ぶりといえば、飛び抜けた成果がない代わりにミスもない。
そこが評価対象になったのであれば、甘んじて受け入れるべきだろう。
そんなわけで残業と研修が増え、余暇時間が減ったので、ゲームに多くの時間を費やせなくなった。
給与が上がったのは嬉しいが・・・。
その代わりにスマホで農業系の生産ゲームをちまちまとやっている。
スマホを開くと、ちょうどリコッチのキャラである可愛い柴犬(名前:ケンケン)が俺の農地にワンワンとやってきて、春キャベツを置いていった。
そう。
知り合いとも通信ができるゲームで、俺の農地には定期的にリコッチやダンチョー、クッコロのキャラがやってくる。
俺はスマホでリコッチにメッセージを送った。
『ケンケンが春キャベツを持ってきたぞ』
『ねー。センパイのタロタロ、セミの抜け殻とか置いていったんですけどお』
『笑』
『笑』
リコッチはスマホゲーの他にも何かゲームをやっているらしいが、詳しくは知らない。
まあヘビーゲーマーだからな。
時間のあるうちにぜひともたくさん遊んでほしい。
******
夜。
自宅に帰って、夕食と風呂を済ませる。
ベッドに寝転がって一息つくと、リコッチから着信があった。
メッセージではなく通話だ。
「もしもし」
「センパイ! お疲れ様ですっ!」
「リコッチもな」
相変わらずの元気でハキハキとした声だ。
俺も元気が出てくる。
「通話とは珍しいが、どうした?」
「え、えっとですねー」
リコッチがもごもごする。
何やら照れを感じる。
どうしたんだろう。
「じ、実はその・・・うちの両親がセンパイに会いたいって」
「ああ・・・」
そういうことか。
俺はしばらく前、リコッチにプロポーズをした。
何の捻りもなく「結婚してくれ」と伝えただけだが、リコッチは大きな目に涙を溜めて、満面の笑みで「はいっ!」と返事をしてくれた。
そのときの表情がとても幸せそうだったので、伝えて良かったと思ったものだ。
リコッチは俺の両親とはすでに顔を合わせており、俺の両親は「こんな良い子がお嫁さんに来てくれるなんて」と喜んでいた。
両親は穏やかな性格なのでリコッチとも仲良くできるだろうが、万が一、リコッチと両親の間で軋轢が生まれるようなことがあれば、俺は全力でリコッチを守る所存だ。
ともあれ、次は俺がリコッチの両親と顔合わせをする番なので、日程を調整していたわけだ。
「じゃあリコッチ、顔合わせの日はそれでいいとして」
「はい」
「結婚式の大まかな日取りだが」
「け、結婚式・・・!?」
リコッチが電話の向こうであわあわしている。
照れているらしい。
大変微笑ましい。
「まだ少し気が早いが、すぐに準備ができるわけでもないし、早めに考えておいたほうが良いと思ってな」
「そ、そうですねっ」
電話の向こうで「結婚式・・・センパイと結婚・・・えへへ・・・」などと聞こえてくる。
可愛い。
「あまり大々的にはやりたくないんだよな?」
「です! センパイもですよね?」
「ああ。ただダンチョーとクッコロは呼ぼう」
「それはもちろんです!」
全力で同意するリコッチ。
そうだよな。
あの2人は今や俺たちの親友と言ってもいい。
特にクッコロからは「結婚式には必ず呼べ」と念を押されている。
「なあリコッチ」
「何ですか、センパイ?」
「結婚してからも、リコッチのことはリコッチと呼びそうだ」
「あははー。私もたぶんセンパイって呼んじゃいますよー」
リコッチが可笑しそうに笑う。
そうなんだよな。
そう考えると、Earth World Onlineが俺たちに与えた影響は大きい。
これも一つの良い思い出になっていくのだろう。
「リコッチ。ありがとう」
「いきなりどうしたんですか?」
「いや、何となくだ」
「ですか? じゃー私もありがとです!」
うむ。
感謝の気持ちを忘れてはならない。
友人関係であれ、恋人であれ、あるいは夫婦であれ、感謝を忘れた関係はいずれ破綻する。
「じゃーセンパイ、そろそろ寝ます!」
「ああ、リコッチ」
「はい?」
「愛している」
「・・・っ」
電話の向こうでリコッチが息を呑む。
「わーわーわー」と言っているのが聞こえる。
俺は口元を緩めた。
「あ、あ、あのっ」
「ああ」
「わ、私もセンパイ・・・愛してます」
・・・。
リコッチの言葉がじんわりと胸に染み渡る。
彼女を幸せにしよう。
そう思った。
「また時間が空いたら、一緒にVRゲームでもしよう」
「ですね! 知ってます? 今度サービス開始するゲームがめっちゃ面白そうで」
「ほう、どんな感じだ?」
「それがですねえ、職業に狙撃手がいて・・・」
これで完結となります。
ここまで執筆できたのは応援してくださった皆様のおかげです。
特に感想をくださった方々、とてもモチベーションに繋がりました。
誤字報告も大助かりました。
皆様、本当にありがとうございました!




