144.狙撃手、寝てないコンビと会話をする
かつて武闘大会のとき、クッコロはこう言っていた。
――キリオとアスラが三次職でも不思議ではない、と。
しかしクッコロは以前こうも言っていた。
三次職は存在すると言われているが、転職条件は発見されていないと。
だからもし仮にあの二人が三次職だとするなら、転職条件を秘匿しているということだ。
それ自体は別に責められることではない。
誰だって有利な情報は隠したいものだ。
特にこのゲームにおける最強プレイヤーの一角ともなれば、下手に情報を公開して後進に追いつかれたくないと考えるのは自然なことであろう。
俺とてエルフの村でエルフNPCをぶち殺して回れば”エルフの服”が手に入るという情報は公開していないしな。
まあエルフの服は防御力がゼロなのでそこまで需要は高くないが・・・。
それはさておき、三次職。
転職システムが存在するゲームなら大抵、二次職のあとは三次職への転職が可能だ。
例えば二次職なら、ダンチョーはランサー、クッコロはナイト、リコッチはウィザード、神官はプリースト、盗賊はシーフ、俺はスナイパーだ。
これが三次職になると・・・このゲームは知らんが、他のゲームの経験則で言えば大体こんな感じの名前になると予想できる。
ランサー →知らん
ナイト →パラディン
ウィザード →ハイウィザードやアークウィザード
プリースト →ハイプリーストやビショップ
シーフ →アサシンやニンジャ
スナイパー →知らん。ホークアイとかか?
キリオは二刀流のシーフ系だ。
ならば仮に三次職だとすれば、アサシンあたりだろうか。
アスラは剣士系だ。
ならば・・・何だろう。三次職はソードマスターとか?
まあ名前はどうでもいい。
問題は転職条件だ。
あの寝てないコンビは廃人だ。
よほど大量にスキルポイントを稼いでいることだろう。
だがポイントを稼ぐだけなら、他にもたくさん稼いでいるプレイヤーはいるはずだ。
だから恐らく、二次職のときと違ってポイントだけが条件ではない。
このゲームにはレベルが存在しないから、他のゲームのようにレベルが条件というのはあり得ない。
何か・・・一般プレイヤーが見落としがちな何かが条件であろうと思われる。
俺は恐らく、まだスキルポイントさえ足りないだろう。
しかし知りたい。
三次職への転職条件を知りたい。
だがいったいどうすれば・・・。
俺が思考の海に沈んでいる間に、キリオとアスラは雪山の山頂目指して歩を進めていた。
慌てて後を追う。
ふーむ・・・。
俺は悩んだ末に、今回はあの二人をPKの標的にするのはやめた。
そんなことよりもっと大事なことがある。
転職条件を聞き出すのだ。
さも友好的なフリをしてあの二人に近づき、挨拶がてら雑談でもしながら警戒心を解く。
そして頃合いを見て三次職の話に持っていくのだ。
完璧だ。
鍛え上げられた俺の社畜トークを持ってすれば造作もないことだ。
あの二人は雪山の山頂に辿り着いたら、そのままボス戦に突入するだろう。
ボス前後は警戒心がMAXに違いない。
話しかけるなら今のうちだ。
そうと決まれば即行動である。
俺は雪を踏みしめながら、急ぎ足で二人を追う。
「おおーい! キリオ! アスラ!」
俺は二人の背中に声をかける。
二人が足を止めて振り返る。
二人とも怪訝な顔をして俺を見ている。
まあそりゃそうだ。
何だこいつ?と思っていることだろう。
俺は二人に追いつくと、両手を上げた。
敵意がないことを示すためだ。
ついでに軽く営業スマイルを浮かべる。
「突然すまん。俺はケンタロだ。覚えているか? ほら、武闘大会の決勝戦で戦った」
この二人にとって、俺はただの雑魚だった。
記憶に残っていなくても不思議ではない。
そう心配していたが・・・。
「ああ・・・」
よかった。
二人が思い出したように俺を見て――。
・・・ん? あれ?
何でそんな憎悪のこもった目つきで見てるの?
何で憎しみの炎が燃え上がってるの?
あたかも親の仇のような目だ。
俺は何もしてないぞ。
「リコッチの恋人か」
「リア充か」
「恋人がいる人間は敵」
「恋人がいる人間に死を」
「リア充は滅ぶべし」
「リア充に死を」
「イチャついてる人間に滅びを」
「イチャついてる人間に死を」
「カップルを撃滅せよ」
「カップルを殺せ」
「どうせ毎日一緒に帰ってるんだろ? 滅びよ」
「どうせ毎日お弁当作ってもらってるんだろ? 破滅しろ」
「どうせホテルとか行ってるんだろ? 滅亡せよ」
「どうせ毎週お泊りなんだろ? 死ね」
・・・。
俺は引きつった顔で、ダラダラと脂汗を流した。
こ、こいつら完全に拗らせてやがる・・・!
寝てないコンビは、その異名が示す通り廃人だ。
つまりは引きこもりの自宅警備員なのだ。
聞いた話では、世の自宅警備員たちはとにかくリア充というものを敵視しているらしい。
いや、俺は決してリア充ではないのだが・・・。
ともあれ、恋人がいる人間をこの世全ての敵として認識しているという話だ。
自宅警備員とは大体そういう生き物らしい。
俺は彼らの憎悪を甘く見ていた。
憎しみの炎を滾らせた彼らと会話が成立すると思うほど、俺の頭はお花畑ではない。
しかしどうする。
ここから背中を向けたところで、鈍足の俺が逃げ切れるはずもない。
進退窮まった俺は、どうにか良さげな提案をして彼らをなだめることにした。
「いいアイデアがある。お前たち二人で付き合ったらどうだ? 最近はジェンダーフリーともいうし・・・」
俺は念入りに五体を切り刻まれて滅亡した。




